【鵞鳥の庭】
【鵞鳥の魔女】の工房がレイルの街に進出し、最近作った玩具屋兼遊技場である。
玩具屋は鵞鳥印の高価な魔導具が主であり、貴族が子供を連れてやってくる。
そして、遊戯場で遊ぶのは、大きな店の隠居等が暇つぶしに、そして、その知恵を借りたり、縁をつくって成り上がろうとする野望に燃える若者たちくらいであり、子供たちが遊んでいることはほとんどない。
そんな場所にタルトはカインを引き連れてやってきた。
しかも
「おお、タルトちゃん。今日は儂と一戦交えんか?」
「なに言ってやがる! 運び屋の! 今日はおれとだ! なあ、タルトちゃん」
「ひょっほっほ! この前鉄を融通してやったろ、鍛冶公。今日はわたしだ!」
と、タルトはレイルの街の大商人達から引っ張りだこだった。
「運送のおじいちゃんも、鍛冶屋のおじいちゃんも、鉱山のおじいちゃんもごめんなさい! 今日はカインさんと遊びに来たの!」
タルトが申し訳なさそうな顔と嬉しさこらえきれない顔の半々で謝ると、三人の大商人の視線はカインに注がれる。
「「「く……! なら、仕方ない!」」」
「へ……?」
「ウチの馬車隊もアンタの世話になったことがある」
「うちもだ! 魔導炉を直してもらったと倅が言ってた」
「ウチの者たちも山ほど世話になっていると聞いた」
と、あのたすを思う存分発揮していたらしく、百戦錬磨の商人達が引き下がっていくのをカインは顔を引き攣らせながら見守る。
「というわけで、やりましょう! 『戦盤』!」
「戦、盤……?」
『戦盤』は鵞鳥印の玩具の中でも人気のもので、剣兵、槍兵、弓兵、剣将、魔将、僧兵、魔兵、盾兵を使って相手の王を討ち取る遊戯だ。
それぞれの兵に特徴があり、その特徴をどれだけ理解し動かすか、そして、その積み重ねの結果をどれだけ読み切れるかが勝利の決め手となる。
そして、この戦盤の面白さは、少量の魔力を込めることで駒達が生命を持ったかのように動き出すところだ。
勿論、エーテのようなまるで人という動きは出来ないが盤上を滑るように進み、相手の兵を攻撃し勝利する様は見ていて楽しく気持ちいい。
魔導具であり、非常に独特な術式で作られた戦盤にカインは夢中になった。
そして、タルトや周りの老人たちに教えて貰いながら、どんどん学んでいく。
「結構、難しい、ね」
「まあ、本気でやればきりがないですよ。ワタシも漸く分かってきたところですから」
「分かってきたところって! タルトちゃんここじゃ負けなしじゃねえか」
大蛇の森で出会った頃から見せつけられたタルトの頭の回転の速さはここでも活躍しているようで、タルトのことを先生と呼ぶ老人もおり、カインはなんだかうれしくなる。
「ハッハッハ! 未熟未熟!」
「くっそう! もう一回だ!」
他でも戦盤で盛り上がってるところが何組もあるようで、カインもその楽しさ興奮が分かってきた。
「じゃあ、一度やってみましょうか」
「う、ん、お願い、します」
タルトとカインが打ち合う。
ルールは、戦盤の中でもテンポの良い短い制限時間の風戦。
更に、ハンデとしてタルトの方から剣将と魔将は外される。
一戦目は、タルトが教え導くように打ち大いに盛り上がった上でタルトの勝利。
二戦目は、カインのお願いで少し本気になったタルトが圧勝。
そして、三戦目はタルトの心理を深く読みながらカインが大いに粘っていた。
「あの、カインさん」
「う、ん?」
タルトが盤面を睨むカインに話しかける。
「例えばの話なんですけど」
「うん」
二人は打ち合いながら会話を進める。
「もし、カインさんにとって大切な人と世界どちらをとるかと言われたら、カインさんならどちらをとりますか?」
「ん、どういう、こと?」
スッっとカインの王が前へと進む。
「……例えばですよ、カインさんの大切な人が世界を滅ぼそうとしてる。でも、それはカインさんの為だった、としたらカインさんはどうします?」
横からタルトの僧兵がカインの王に詰め寄る。
「……ありきたりな答えかもしれないけど、全部うまくいく方法をまず探すよ」
王が下がる。
「ないとしたら?」
弓兵が王の退路を防ごうと回り込む。
「魔工技師、はね、絶対出来ないって、言葉、は使わないんだ。術式、っていう法則の中で、作り出す理論の塊なのにって思う、かも、しれないけど、一つの術式で出来ないものも二つかけ合わせれば、三つかけ合わせれば四つ五つ、並べ方を変えれば、形を変えれば、そうして繋げていくと無限に方法が生まれる。魔工技師はね、何十年かかっても何百回失敗しても何千と涙を流しても一つの答えを見つけられると信じてる、そういう馬鹿なんだって、俺の師匠は、言ってた、よ」
カインの王が斜め前に切り込む。
「あ……ちょっと、夢中に攻めすぎましたね。参りました」
タルトが手を下ろし、負けを認める。
「おおー! 将抜きとはいえ、タルトちゃんに勝つとは!」
「やるなあ! あのたすの!」
小さなどよめきがカインとタルトを囲んでいる老人たちから起き始める。
「いやー! ほんとほんとー! やるねーあのたすー!」
その中でやたらと耳に響く高音がカインの真後ろから聞こえてきた。
その声の主は、タルトよりも小柄で右目を深緑色の前髪で隠した少年だった。
「君、は……」
「あれ!? ディーさん、いつの間に?」
カインが戸惑っていると、タルトがその人物の名前を呼ぶ。
ディーと呼ばれた少年はにやーっと笑い、戦盤をのぞき込む。
「戦法とか全く無視なのに、相手の心を読み続けて勝つってーおもしろー! ねーダムー!」
ディーが今度はタルトの後ろに向かって声をかける。
そこにはディーによく似た深緑色の前髪で左目を隠した少年がじっと遠くから戦盤を眺めていた。
「ああ……そうだな……」
ディーの甲高い声とは真逆の重く低い声が少年の口から零れる。
「あの、タルト、この人たち、は……?」
「ああ、この人たちはここのお店の偉い人、っていうか、【鵞鳥の魔女】の魔工技師、
「やーやー! マコットがお世話になってるみたいでありがとー! ディーだよー!」
「ダムだ……こう見えても、マコットよりも十数歳年上だ」
森の奥深くに住むといわれる森人族を初めて見たカインは思わず二人を見つめてしまう。
ジャニィやラギと変わらないような背丈と顔立ちにも関わらず、その瞳からはそれこそ大木を思わせるようなどっしりとした何かを感じさせられる。
「そんなに見つめるー!? おもしろー!」
「ぼくたちを見てもそんなにおもしろいことはない……」
「あ、すみません」
「ああいーのいーの! 気にしないでー! それよりさー! カインほんとすごいよー! だって……」
「ヒャッハッハー!」
ディーの高い声とはまた違う厭らしさ混じる高音が違う場所から聞こえる。
見ると、青髪の男が、向かいにいる老人に勝ったようで高笑いをしているらしい。
「ザーコ! ザーコ! 生まれ変わって出直してこい!」
青髪の男は貴族なのだろう高そうな装飾品で飾り立てている。
「ああ、またアイツか……最近、入り浸っている貴族のおぼっちゃんらしくてな……とにかく相手を煽って冷静さを失わせる盤外戦術だけは凄い、まあ、つまらないやつだよ……」
ダムが重低音で呟く。
「え? お前最初になんて言った? お前みたいな卑怯者には絶対負けない? 負けてるよね? 俺様に今負けてるよね! ねえ、今どんな気持ち? どんな気持ち?」
男は、更に負けた老人を煽り続け、老人は顔を真っ赤にさせながら屈辱に耐えている。
「あーうーん、流石にちょっとひどいねー。貴族様とはいえ、つまらない奴にはおかえりいただ……」
「待ってください」
ディーが冷めた目で近づこうとしたその瞬間、タルトがディーを止める。
「おー? うん、わかったー、まつよーおもしろそー!」
タルトのその目を見てディーは先ほどまで冷めきっていた目を輝かせ始める。
そして、その目が追うのは、貴族の男に詰め寄るタルトだ。
「あの!」
「んん? なんだ? 海人族の娘?」
「ワタシにも一戦ご指導いただけませんか?」
にっこりと微笑みながらタルトはその男に話しかける。
「タ、タルトちゃん……! や、やめておきなさい」
先ほどまで男の暴言に耐えていた老人がタルトをとめようと必死に手を伸ばす。
しかし、その手は男によって遮られる。
「ふーん、ま、いいよ。やってやろう。ただ、俺の指導料は高いよー」
「どれくらいですか?」
「そうだね、一晩お前を好きにさせてくれるなら考えてもいいよ」
「なるほど。では、こうしましょう。指導するほど強ければ報酬は支払います。ワタシに指導できるほどの実力でなければ、報酬はなかったことで」
「……なるほどなるほど! いいね! 自信満々! その自信をへし折りたいよ!」
タルトの身体を嘗め回すように眺めながら、男は勝負を承諾する。
「俺の名前は、エンジョ=アオリマクリ。お前は?」
「亀人族のタルトです」
「オッケー、亀人族なら頑丈だろ。夜も沢山遊べそうだ」
バチバチと火花散らす二人にカインは思わず割って入ろうとするその時、遊技場の扉が開かれる。
「エンジョ! 遅くなってごめんなさい!」
「いや、丁度いいところに来たね。今日のペットが決まったところだよ、メエナ」
人ごみを無遠慮にかき分けエンジョの胸に飛び込んだ女は嘗ての恋人、メエナだった。