お尋ね者バリィは裏路地をひっそりと、そして、怯えながら歩いていた。
先日の魔導具盗難により冒険者資格はく奪どころか、犯罪者となってしまったのだが、まだバリィはレイルの街にいた。
勿論捕まりたくはない。
だが、外に出れば魔物との戦闘は避けられない。
他の街に行くにしても仲間や金が必要だった。
だが、うまくいかない。
いや、うまくいくいかない以前の問題に、未だにバリィはほとんど人と接触していない。
信用できないのだ。
仲間にする為にはある程度素性を明かす必要がある。
けれど、明かした途端に売られるのではないかという疑念がバリィにはあった。
そして、その疑念にとらわれ続けたまま、バリィは小さな悪事を積み重ね、細々とレイルの街で生き延び続けていた。
「……くそっ! なんでこんなことに」
理由は明確だが、バリィには認められない。
認めることで、全てがひっくりかえる。それこそバリィの人生そのものが。
バリィの人生は途中まで『勝者』と言えるものだった。
恵まれた環境、与えられた
そんな恵まれたバリィにとってカインは『弱者』であり、『敗者』だった。
バリィは同じ世代の弱者を見て、自分の位置を喜んだ。
そして、満たされた。
しかし、年を重ねていくにつれ、多くの事を知る。
世界は広いこと、自分より金を持っているものも強いものも美しいものも賢いものもいること。
そして、その不安を取り除くための弱者が自分よりも人々に慕われているようであること。
それをバリィは金や美で奪い取った。
それでも従わぬ人間もいたが、それは少数。
弱者の頭がおかしい奴なのだと思おうとした。
けれど、少しの幸せもバリィには何故か許せなかった。
その苛立ちを自身の婚約者にぶつけたりもした。
『バリィ様は、そのひとの記憶を消し去りたいほどなのですね』
『消し去りたい』
その言葉がバリィの心にすとんと落ちた。
そして、実際にカインはその日を境に『消えた』。
正確には、旅に出たらしい。
けれど、どうでもいいことだった。
バリィにとっては目の前から忌々しい存在が消え去ったことが大事だった。
何か大切なものをその時なくした気がするのだがどうでもよかった。
そして、数か月がたち、バリィはカインに苛立ち始める。
何故かは分からない。
けれど、カインが広い世界で活躍していたら、自分より金を手に入れていたら、名声を、力を、そう思うと苛立って仕方がなかった。
そして、バリィも冒険者になることを決め、飛び出した。
家の人間は何も言わなかった。なにも。
そして、旅に出ると、バリィは自身の才能に気づき満たされる。
(やはり俺は優れていたんだ!)
ティナスというバリィを心から認める親友を手に入れた。
他の仲間は逆らったものや、男女の関係が面倒になったもの、とにかく、自分より低ステータスな連中が邪魔をしようとしたので、度々捨てた。
そして、とある街で、再会する。
あの、男に。
奪った。
出来るだけ多くを、屈辱を与えられるように。弱者だと理解できるように。
なのに。
カインは駆け上がった。
バリィが捨てたら。
そして、バリィは転げ落ちた。
カインがいなく……
「……んんぐぅう!」
バリィはそこで声にならぬ声で吠える。
叫ぶわけにはいかない。
「随分痩せたな。けれど、強さはそのままのようだ」
突如響く声に慌ててバリィは飛びさがる。資格はく奪されたといっても元は有望な冒険者だ。すぐに警戒をし構えをとる。
影から現れたのは、仮面をつけた男だった。
声に聞き覚えがある。
「ティナス、か……」
「ああ、そうだ。久しぶりだな。バリィ」
ティナスだった。ティナスが生きていた。
バリィは何とも言えない感情に揺さぶられる。
「お前……」
「何故生きていたか、だろ。それはおいおい話すよ。それより、バリィ。お前、このままでいいのか?」
「は?」
「あんな低ステータス者がS級のリーダーなんて言ってるこの
「……よくないな」
「だろう? だから、正そう。正しい形に戻すんだ」
「どうやって?」
「お前の
「それは、いったい」
「我が神の秘術を使う。……そもそもあの男は自分の力でS級になったわけじゃない。ある意味伝手でなんとかなっている。くだらない、絆とかいうもので」
「たしかに」
「それを否定するんだ。別れの神に、お前の絆を捧げろ。怒りの炎をくべろ。絆を、つながりを、記憶を」
「そんなことでつよくなれるのか?」
「なれる。お前の能力は格段にあがる」
「なら、ささげよう。……勝つ為に」
黒い霧がバリィを包む。
「あ、が……が……!」
バリィの身体を霧が喰らいつくように侵食していく。
そして、バリィから何かを奪っていく。
それは、記憶だった。
その記憶の中には勿論あの男が深く刻まれていた。
再会した記憶。
出ていく前日の記憶。
奪われたことに気づいていないのか微笑んでいる記憶。
みんなに囲まれて笑っている記憶。
魔導具と紐を交換した記憶。
そして、魔物に襲われた時の―
目覚めたとき、頭の中がすっきりしていた。
そして、やることは分かっていた。
「あの時助けてくれなかったアイツへの復讐だ……」
「ああ、さあ、行こう。準備は整えている」
二人と一つの影は闇に消えていき、その日、バリィはレイルの街から消えた。
そして、夜は明け……
街はいつも以上の賑わいを見せ始める。
そして、人の群れが一つの場所に向かって移動している。
その中に、あのたすの英雄もいた。
「さあ、行きましょうカイン様」
「にににに逃げたらだめだ逃げたらだめだ逃げたら……」
「お兄様のために……!」
「みんな、頑張ろう、ね」
白黒交じりの髪の美女、震える真っ黒な青年、赤髪の拳を握った可愛い少女、そして、ぼおっとした黒髪の男。
ココル、マコット、マチネ、カインのチーム【小さな手】が会場に向かっていた。