「ではっ! 続いては! 白のゴブリンズ! どうぞっ!」
「五プリンスっと言っているでおじゃろうがあぁあああ!」
モモの紹介に吠えながらイシシカアランが供を引き連れてやってくる。
「まあ、よい。そんな小馬鹿に出来るのも今のうちでおじゃる。麿たちの作品を見れば目の色変わること間違いなしでおじゃる! さあ、刮目せよ! 麿達の作品はこれでおじゃる!」
ずずずと何かを引きづるような音と共に現れたのは巨大な鉄人形だった。
「ほっほっほ! これぞ我らの『鉄人』でおじゃる!」
会場はその大きさにどよめく。ここまでで一番大きなものでも150センチ程度のものだった。しかし、この鉄人は3メートルを超える。
「ほっほっほ! この騒めきたまらぬでおじゃる!」
不死鳥の貝殻の作品に取り掛かる日、イシシカアランは共同開発の黒犬の工房にこう宣言した。
「作るべきは当然鉄人形! そして! その中でも最も巨大な鉄人形を作るでおじゃる!」
「なるほど……まあ、大きさってのはインパクトありますからね。で、どのように作ろうと?」
「気合でおじゃる!」
「……は?」
イシシカアランの組に加わった黒犬の工房の魔工技師、サメは呆気にとられる。
しかし、これがイシシカアラン。
強い意志、目標、思いはあれど、ただただその高い目標を気合で乗り越えてこようとした男であった。
気合があれば奇跡が起きる、それこそが彼のモットーなのだ。
「えーと……まあ、じゃあ、こちらにおまかせでいいですか?」
「うむ! 金に糸目はつけぬ! 大きいのを作ろう!」
作ろうじゃねえよ、とノープランのイシシカアランに対しサメは思ったが声には出さない。
それに、金に糸目はつけないといわれている。
ならば、その金を使えるだけ使うのみ。
とにかく良い金属を大量に馴染みのところから買い付ける。
そして、多めに渡した金を今後の黒犬が金属を買う時に使えるよう手配する。
元々サメは優勝する気はない。
なぜなら、同じ黒犬の工房のハウンドがいる。
ハウンドの実力は今回派遣された魔工技師の中でもピカイチだ。
ならば、狙うは優勝ではなく、儲け。
そう考えながら、サメはイシシカアランの無駄に熱い応援を受けながら巨大な鉄人形を作り続けた。
「ほっほっほ! どうでおじゃるか!?」
「ふむ……見てくれは人形だけど移動は多分車輪だね。足の裏に車輪がついていてそれが魔力で回るのかな。理屈上は正しいけど、人の動きと考えれば美しくないかな」
「デカいだけ……かわいくないな……」
「
「マエ~(マアマアデスカネ、エエ、の略)」
審査員の評価としてはそのサイズ感を含めての35点という結果となった。
「うぐぐ……ま、まあ、よい。まだ通過圏内でおじゃる! 残るは、あの軟弱者でおじゃる! 余裕でおじゃる!」
「さあ! それでは後半戦最後の組っ! 予選一位通過っ! 【小さな手】の作品どうぞっ!」
モモの掛け声に合わせて、現れたのはココルだった。
「ん……あれは、カインの助手の……すごい速さでこちらに向かってきているようだが、走っていない?」
「あれは……」
「ふ……美しいな」
「なにあれ! バエ~!!!」
ココルは風のごとき速さで会場の真ん中を目指し進んでいた。しかし、その足は動いていない。腰を少し落とし、足を軽く開き、斜めに構えたまま、地面にまるで氷が張ってあるかのように滑ってやってくる。
そして、モモの前まで来ると左右の足を前後入れ替え、左足側面で地面を踏みグンと止まる。
「こ、これは驚きました! すごい速さ! まるで風の精霊の登場ですっ! さあ、今回の作品は一体!?」
「この靴です。カイン様はコレを『静なる
ココルが自身の足元を指し示す。そこには、赤茶色で足首をしっかりを包みこんだ靴があった。
「靴!? 靴でおじゃるか!? ほっほっほ! 今の流行を分かっておらぬのか!? 人形でおじゃる! それを靴とは……なめるなあああ!」
イシシカアランが大声で笑い、責め立てる。
しかし、ココルは興味なさげに一瞥し説明を続ける。
「この靴は、『走らない靴』です」
「は、走らない靴でおじゃると~? ほっほっほ! 矛盾矛盾!」
「この靴は走るのではなく滑るように進んでいきます」
ココルが屈んで靴に魔力を送ると、靴の底が僅かに輝き始める。
そして、少し地面を蹴ると、すーっと滑るように進んでいく。
すると、会場が小さくおーっと沸く。
「だ、だから、なんでおじゃる! 大したことないでおじゃるぶべっ!」
戻ってきたココルがイシシカアランにぶつかって吹っ飛ばす。
「ああ、すみませんー、全然とまらなくてー」
折り返して、イシシカアランの上を滑っていく。
「や、やめるでおじゃる! そんな玩具で麿に触れるでない!」
イシシカアランが振り払おうとして勢いよく立ち上がる。
が、ココルはスーッと去っていく。
「こんのっ!」
「待て! イシシカアラン、君、痛みはないのかい?」
クグイが何かに気づき、イシシカアランに話しかける。
「痛み? そんなもんないでおじゃるよ」
「……ココル君、その靴はどうやって滑っている?」
「この靴の底には〔流動〕という術式が設置されています」
「〔流動〕……もしかして……!」
「新術式となると私は考えています」
審査員席がざわつく。
会場は、そのざわつきを見て続くようにざわつき始める。
「新しい、術式? それがどうしたでおじゃる?」
「本気で言ってるのか……。新術式は、魔工技師にとって栄誉だ……」
「バエ~!」
「ど、どういう術式なんだ?」
審査員が食いつき始め、どんどんと会場の熱が上がり始める。
「みなさまっ! 司会を置いていかないでっ! ということで、改めまして、この靴に設置された新術式という内容を」
モモがココルに詰め寄ると、ココルは無表情ながら胸を張り説明し始める。
「〔流動〕はカイン様が得意とする〔潤滑〕を改良した術式です。まず、そもそも〔潤滑〕という術式は、術式としては衝撃を受け流す等が出来る滑り気に近い魔力を作り出すもので、
クグイやダムが真剣な目をしながら頷く。
「この〔流動〕は、まず術式としては、ごらんのとおり、滑り気と柔らかさを両立させた魔力を放出し、その状況に合わせ魔力が変化し、文字通りより柔軟な変化でどんなデコボコでも滑れる移動や多様な攻撃に対応出来る防御を可能にします。魔力量によっては魔法さえも受け流すことが可能」
この発言にはさすがに、会場も大きく騒ぎ始める。
魔法を受け流す。
火魔法を風魔法で、水魔法を土魔法で、など属性相性によって受け流すことは出来ても、それら全体に対応できるものは限られている。
「待ってくれ! まさか!」
「……術式設置では、四大属性を含む反発しあう属性であっても、これを使えば、柔軟に変化し、中和、接続を可能とします。その効果は〔潤滑〕の、三倍です」
「う、う、う、美しい~!!!!」
クグイが光を放ちながら立ち上がる。
「まぶし! というか、それがどうしたでおじゃる!」
「はあはあっ、分からないのかい、本当にわからないのかい? これまで火系統の魔力を持つものは魔石の力を借りなければとても弱い水の魔導具しか動かせなかった。水系統の者は火の魔導具ではうまく明かりを灯せなかった。土系統は微風しか起こせなかった。風系統は小さな砂山しか作れなかった。全ての者が属性に縛られず魔導具を使えるようになるんだ! 魔石に頼らずに! 世界が変わる術式だ!」
クグイの言葉に、会場中の人々が立ち上がり、レイルの街全体に響き渡るほどの歓声が轟いた。