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四部26話 みんなのママはこどもを欲しがりましたとさ

「さあ! 『神亀の器』部門っ! 参りましょうっ!」


モモの衰えることのない元気な声で神亀の器部門が開始された。

前半は、カネモッチやオトモイで、それなりに盛り上がる。


「あらすじでお届けすなー! ……は! 麿はいったい……?」

「カネモッチの旦那、誰に言ってるんで?」


キョロキョロと見回すカネモッチを欠伸交じりのハウンドが問いかける。


「なんでもないでおじゃる。それより、どういうことでおじゃるか? あのカインとかいう魔工技師に負けているでおじゃるよ!」

「まあまあ、そういうこともあります。それに、新術式なんて出されたら流石に……それに、むしろ、喜ぶべきでさあ。不死鳥の貝殻が優勝者決定の部門でなくて。『竜の頸の玉』トーナメント……ここで必ず、あの組の魔導具に勝って見せます」

「う、うむでおじゃる……勝つなら大丈夫、でおじゃる。そ、それに、今は暫定一位でおじゃるし、うん」


ハウンドの獲物を見つけた獰猛な笑みにカネモッチは震えながら離れていく。

神亀の器部門でもカネモッチ組は不死鳥の貝殻部門ではないにしても高評価を得て、合計86点で前半終えて暫定一位にいた。


「あ~、やっぱりこういう『生活を潤す魔導具』ってのは難しいんですよねえ……黒犬は基本戦闘用魔導具ですから」


神亀の器部門は、水があふれ出続ける神亀の甲羅を使った器になぞらえて『生活を潤す魔導具』がテーマであり、黒犬の工房の得意分野とは大きく異なっていた。


「普通に暮らす人間の感覚ってのがどうもなくてね」

「まあ、よいでおじゃるよ~……その分、得意の戦闘でな、恐らく麿たちの進出は間違いないでおじゃろうし~」


遠くでカネモッチがハウンドに呼びかける。

が、その声はオトモイの怒声にかき消される。


「お主ら! なんだこのざまは! もっとちゃんと調べてこぬか!?」

「……ち」


オトモイは黒犬の工房の魔工技師の舌打ちを聞き逃さず睨みつける。


「今、舌打ちをしたでおじゃるか?」

「いえいえ、なんでも自分で出来ると言っていた割には、人のせいにばっかりするなあ、とか思ってないですよ」

「なんじゃと~!」

「おっと、殴り掛からない方がいいですよ。その折れた拳で」

「ぐ、ぬぬぬ……」


オトモイは現在暫定で五位。

このまま順当に後半戦の上位四組が上がればここで脱落となってしまう。


「さあっ! それでは、後半戦まいりましょうっ! の前に、ここまでの魔導具いかかでしょうか?! 神亀の器部門特別審査員、マァマ=ノトーモさん!」


モモの視線の先にいるマァマ=ノトーモは微笑みながら頷くと口を開く。


「そうですわね。皆様、いっぱい努力を重ねていらっしゃるのだなというのを感じました。でも、生活感というか、日々を暮らす者の視点が全く感じられないというのが正直なところですわね」


聖母の如き笑みを浮かべながら、コメントは努めて的確で、誰もが背筋を伸ばす。


「確かに。家事をしている側からすればぴんとこないのよねぇ」


観客席側のあのたす孤児院長マァマは同意を示す。


「そうですよねえ、マァマさんの言うこと、マァマさんもわかりますか……ってややこしいですね」

「うふふ……そうですねぇ。じゃあ、私のことはここでは院長とでも呼んでください」

「ねえねえ、マァマ、なんであの人マァマと同じ名前?」

「うふふ、そうねぇ、また、おうちに帰ったら詳しく説明するけれど、私もあの人も昔の偉い人のお名前をもらっているのよ」


この大陸には【四姫】と呼ばれる英雄的存在の女性たちが歴史上におり、女の子が生まれるとその名前を使うことが少なくなかった。

【始まりの女王】マァマは貴族・平民関係なく家という小さな国を守るという意味で着けられることが多く、監査官メメ=ツーケルは、優れた技能を持つ子に育つようにと【千里眼の魔導士】メメ=ヌト―モリからつけられた。


「さあっ! ということで、ヌルドの聖母とも呼ばれるマァマ=ノートモさんのありがたい言葉を受けて後半戦行ってみましょうっ!」


モモの声で始まる後半戦、観衆の注目はやはり、予選同率三位、不死鳥の貝殻部門三位の好成績のイショワシ組と共に一位の【小さな手】だった。

それまでの組も多少の盛り上がりは見せるが、生活魔導具ということもあり、魔導具自体は地味なものだった。

しかし、そこはモモ=リアゲイルの腕の見せ所、どのあたりが生活に役立つかを見極め上手く例を出し、口下手が多い魔工技師を誘導する。

時には『いやいや、そんなことできるはずがっ』とか『でも、お高いんでしょ~』などと巧みに決めセリフを織り交ぜ盛り上げ、一部女性陣の歓喜の絶叫をあげさせたりしていた。


「さあっ、おまたせしましたっ! 不死鳥の貝殻部門まで三位をキープし続ける青のゴブリンズの登場ですっ! ……あれ? 青のゴブリンズ?」


『五プリンスでおじゃる!』という声もなく、モモが見回すと、イショワシがすんと立って扇で頭をたたいている。


「いや、申し訳ないのでおじゃるが、魔導具に魔力を込めるのを忘れており、少々時間をいただくことになるでおじゃる。なので、先に【小さな手】の紹介を進めてくれでおじゃる」

「いやいやっ! この順番も、成績を踏まえてなんですからっ! ちゃんとやってもらえないと失格に……!」

「うるさいでおじゃるっ! 麿たちが魔導具出さなくてもよいのでおじゃるか? 盛り下がるかもしれぬでおじゃるよ~」


いじわるそうな目でイショワシがモモを見る。

イショワシのトラブルはわざとであった。モモも言った通り、順番は上位になればなるほど後ろになる。

後ろになれば、審査員たちが他の魔導具を基準に考え正確に判断することが出来るし、十分にあったまった会場で出せる、そして、何より印象に残る。

順番さえ変わればカイン達に勝てるとイショワシは考えた。

そして、モモが人気者とはいえただの冒険者の言うことを聞かせるなど簡単だとイショワシは考えていた。

だが、モモは引かない。


「別にかまいませんっ!」

「へ?」

「司会は臨機応変に対応するのが務め。けれど、それはルールがあって、その範疇の話です。よってっ!」

「ま、まったでおじゃる! で、では! 【小さな手】が良いといえば、良いのでおじゃろう!?」

「……まあ、確かにそうでは、ありますが」

「ど、どうじゃろうか!? お願いできぬか?」


さっきまでの態度とは打って変わって懇願する姿に、カインは苦笑しながらも了承する。


「俺たちは、かまいません」

「なあ! ほらなあ! でおじゃろう! では、麿たちが最後で、おぬしらが先じゃ!」

「……分かりましたっ! では、【小さな手】お願いしますっ!」

「はい。では、俺たちの、魔導具は、あれです」


カインが示した先には車輪のようなものがついた桶が縄でつながれ、その先に縄を巻き付けるリールのようなものがあった。


「ぶふっ! なんでおじゃるか、このお粗末な魔導具は」


急に馬鹿にし始めるイショワシを無視してモモがカインに話しかける。


「おおっと、これは一体、かなりシンプルな魔導具のようですが」

「まずは、実際、に、動かしてみましょう。では、モモ、さん、お願い、できますか?」

「へ? わたし、何も知らないんですけど……」

「この、巻き付け機、を回して、巻いてもらう、だけで大丈夫、です」


カインの合図で、桶に水が注がれる。

そして、モモはカインにうながされながら巻き付け機を回し始める。

すると、当然縄が巻かれ、車輪のついた桶が近づいてくる。

そして、金属が高速で擦れるような音を鳴らしながら、巻いて巻いて……モモの前で桶が止まる。モモが桶を持つ。


「ありがとう、ございます」

「えっと、こ、れはっ……?」

「ほーっほっほ! ほーっほっほ! 片腹どころか両腹いたし! 子供の玩具ではないか。いやいや、よ~く頑張ってつくったでおじゃるなあ、麿もよ~く見せてもらおう」

「あ、あの、あぶなっ」


イショワシが笑いながらモモの持つ桶を奪う。

その瞬間、雫が零れ、イショワシの鼻にぴととついてしまう。


「う、う、うわっちゃああああああああああ! な、な、なんでおじゃる! お、お湯!? って、うぎゃあああああああ!」


鼻についたお湯の熱さに驚き離した桶が倒れお湯が零れる。

そして、そのお湯を諸にイショワシは浴びてしまい暴れまわる。


「お、お湯なので、どなた、か、着替えを……」

「カインさんっ、これは一体……」

「見てのとおり、これは、お湯を作る魔導具です。そして……」

「く、くだらぬでおじゃる!」


びしょ濡れで顔を真っ赤にしたイショワシが叫ぶ。


「湯を作る魔導具などいくらでもあろう! それのどこが……」

「あ、でも、わたし、ほとんど魔力を込めていないんですが……」

「はい、この魔導具、の、この部分、『魔力増幅器』こそが、今回、特に紹介したい部分、です」


カインは、モモが触っていた巻き付け機の部分を持って、説明し始める。


「この従来の『魔力増幅器』の込められた魔力を強大化するというものとは違い、『わずかに込められた魔力を増幅させることができる』のがポイント、です。従来の魔力増幅器は〔増幅〕の術式に込める為のそれなりの魔力が必要で、しかし、そのかけた魔力の数倍の効果が得られ、ます。えと、つまり、30を100にしたり200にしたりします。ですが、これは100や200という大きな魔力を生み出さない代わりに、3を30にすることが可能、です」

「だから、それが……ぶべえええ!」

「美しい~!!!!!」


クグイから光魔法が放たれイショワシを吹っ飛ばす。


「それはつまりそれはつまり、マァマさん、どういうことかわかりますか?」

「ええ、魔力が生まれつき少ない者でも魔導具を使用できるということ、つまり、魔導具がより生活に身近になるということですね」


魔導具を使用するには魔力が必要だ。

魔法が使えないものでも魔力はある。

なので、魔導具は魔法を使える道具として人気となった。

だが、その魔導具を起動させる魔力が少ない者も勿論いる。

そういったものは、使える魔導具が限られるか、魔石を買わなければならない。

だが、生活を便利にするためとはいえ、魔石を買って家計を苦しめては本末転倒であり、魔導具が欲しいが手に入れることを諦める家庭は多数あった。

その小さな魔力をあえて増幅させるという考えはなくはなかった。

が、魔導具は基本的に貴族や戦いの幅を広げたい冒険者のもの。

態々それを作ろうという者は少なかった。

そして、それを作るほどの技術があるものはたいてい貴族や国に雇われていた。

まさしく【小さな手】にふさわしい魔導具に歓声が贈られる。


「ねえ、カインさん、それに、何か……そのお湯にも秘密があるのでは?」


微笑みながらマァマ=ノトーモはちらりとびしょ濡れのイショワシを見ながらカインに問いかける。


「あ、これは、かなり制限された効果、なん、ですが、〔潤滑〕の応用術式を込めたことで、水を使ったお仕事、が、お湯で出来る上に、手荒れを防ぎ、むしろ、美肌が、でき、ます」

「…………………………………カインちゃん、うちの子にならない?」

「……え?」


カインを真っすぐに見据えながら、微笑みながら、マァマ=ノトーモは鼻血を流しながら胸を押さえていた。


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