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四部27話 かわいがり聖母様はほめたりおこったりしましたとさ

「え、と……子供、ですか……?」


カインは、こちらを真っすぐに微笑みを絶やさず見つめながら鼻血を出しながら胸を押さえているマァマ=ノトーモに怯えていた。


「あらあらごめんなさい、言葉足らずだったわね。私の一家クランに入らない? という意味だったのだけど……」

「あ、なる、ほど……」

「本当に、私の子になってもいいのよ」

「……!」


マァマ=ノトーモの言葉に会場がざわめき、一部で恐ろしい圧が放たれマコットの『コココココココココココ……』とタルトの『ほんぎゃああああああ!』が聞こえた。


「あ、あの……」

「まあ、今は冗談よ。けれど、それくらい評価していると思ってくれると嬉しいわ」


(今、は……?)


カインは言い知れぬ不安に襲われたが全体的にスルーすることにした。


(あぁぁあああああ! かわぃいいいい! ちょっと私に怯えてる感じもかわぃいいいいい! あれだけたどたどしかったのに、魔導具の話をし始めるとスラスラ話せるのかわぃいいい~! ちょっと不安そうな顔も、せわしなく周りを観察する視線も、なにもかもかわぃいい~!!!)


マァマ=ノトーモはこうふんしていた。


「ん? どうしました?」

「今、仲間の気配が……」


ルゥナと共にヌルド王をもてなしていたシキがふと会場の方角を見つめていた。


「さ、さあっ! 解説の続きをお願いしますっ!」

「は、はい。え、と……この構造自体は井戸、を想定したものになっています。巻き取り機で井戸から汲み上げると同時に、魔力増幅器による魔力の〔増幅〕、そして、縄に〔魔力伝達〕、繋がっている桶の方に一定量の魔力が流れた場合〔加熱〕の術式が発動し桶の中身を温めます。今回、桶に〔潤滑〕を使用した際に、偶然水に対し、様々な効果が付与されることを発見しました。このお湯をうちの優秀な鑑定士に鑑定してもらったところ、効果としては『潤い』『保湿』『回復』などが特に期待できるそうです」


カインの言葉に、観衆の女性陣の高い歓喜の声が響き渡る。

その観衆の中で一人、照れている亀人族の娘がいた。


「うちの……優秀な……鑑定士……えへへ……えへへ……えへへ」

「よかったわねぇ……優秀な鑑定士のタルトさぁん……」

「ほんぎゃああああ! 凍る! 凍りますから!」

「あらあら、なかよしさんねぇ」


タルトがシアに氷漬けにされているのをマァマが微笑ましく見守っていた。


「この縄にも何かある……」

「その、通りです。この縄は二本の術式経路を分けています。一本は先ほどの〔加熱〕、もう一本は〔軽量化〕、です。火の術式と風の術式をそれぞれ分け、さらに縄を捩じり螺旋にすることで、操作と強化を両立させています」


ダムの質問にカインは嬉々として応える。

それを見て胸を押さえるマァマ=ノトーモをカインはスルーする。


「今回のこの魔導具を製作することになった切欠などはあるのか?」

「は、はい。今回、この、神亀の器部門に作る魔導具を考えるに当たって、やはり、生活、を、知るべきだと思い、町の人たち、に、聞いて、みました。すると、一番多かったのは、『魔導具があまり使えない』と、いうこと、でした。そこで、魔力増幅器を。今回、井戸の形をとった、のは、話を聞かせてくれた人たち、の、手荒れ、が、痛そう、だった、からです」


ルマンの質問にカインはたどたどしくも答える。

そして、ルマンが頷くのを見て、一息小さく息を吐き、再び口を開く。


「水、は、人、にとって、なくてはならないもの、だと、思います。と、同時に、『生活を作る人』は社会の、水、だと思いまし、た。生活をしなければ生きていけない。けれど、いつの間にか『生活』を、『生活を作ってくれている人』、を、いつでも簡単に手に入ると思ってはいけない、と。だから、少しでもそんな人たちに感謝が伝わるように、と、作りました」

「見習うべき言葉だ。これこそがマァマ殿が仰られた『日々を暮らす者の視点』なのだろう」


ルマンの言葉にマァマ=ノトーモが鼻血をおさえながら頷いている。


「さあっ! 女性歓喜の一品! 評価はっ! 再びっ! 49点!!!!! トップ確定です!」


大歓声と少しの疑問の声の中、クグイが立ち上がる。


「9点をつけたのは私だ。この得点の意味が皆さんにわかるだろうか? ……神亀の器部門のテーマは『生活を潤す魔導具』だ。生活、とは日々を生きることであり、それはある意味当たり前のことだ。【小さな手】が今回生み出したのはただの魔導具ではない。より多くの人々に『魔導具のある生活』を生み出したんだ。潤すどころではない、変えてしまったんだ。これでは、テーマから外れている。だから、9点をつけた。また、世界を変える美しすぎるものを生み出すなんて、全く、カイン、どういうつもりだ?」


クグイがにやりと笑いながら語ったマイナス一点の理由はとても壮大で聴く者の心を震わせ、意味を理解させた。


マイナス一点如きで崩れるような評価ではないし、次元が違うのだと、もしテーマが『世界を変える魔導具』であれば、クグイは20点でも30点でもつけたということだと。


「ではっ! 続きまして! 青のゴブリンズっ! お願いいたします!」

「青の五プリンスでおじゃる……! 【小さな手】よ、見事な魔導具でおじゃった……民の声をしかと聞いた……。しかし! 麿もまた民の声を聞いたもの! お主なら知っておるでおじゃろう?」

「は、はい」


イショワシに見つめられたカインはゆっくりと頷く。





五プリンスと会った次の日、カインは早速街で情報収集をしようと宿を出た先で、街の人から話を聞いているイショワシに会ったのだ。


「お主は……ほう、お主も民の声を聞きに?」

「は、い……イショワシ、様も、ですか?」

「うむ! 神亀の器は幾千人の民を救ったと聞く。であれば、麿は万の民の声を聞き、願いを叶える。まあ、お主も精々頑張るがよいでおじゃる……!」


イショワシはそう言いながら、去っていく。

カインは、負けていられないなと気合いを新たにその時はしていた。だが、




「麿の魔導具はこれでおじゃる! 生活の基盤、洗濯の革命! 爆落王! 汚れを爆破させる画期的魔導具でおじゃる」


民の声を聞くと言った日以降、カインはイショワシを街で見かけることがなかった。


あの日、イショワシは第一民の声を聞いた自分へのご褒美を食べ、明日以降にやればいいと満足し、帰った。

二日目、なんだかおなかが痛い気がして休んだ。

三日目、他にやることあるし休んだ。

四日目、明日からやれば大丈夫と休んだ。

五日目、逆に休んだ方がいいと休んだ。


それを繰り返し、結局イショワシは一人にしか聞かなかった。

その時聞いた願いはこうだった。


「しあわせそうな人たちの洗濯物を爆破して綺麗にしてやりたい……!」


イショワシは、洗濯をしたことがない。

なので、汚れを爆破するという話も新しく、画期的に聞こえた。

イショワシは、早速汚れを爆破する魔導具に取りかかった。

一日目は『汚れを爆破する魔導具を作る!』と目標を綺麗に書き満足し、終えた。

二日目、なんだかおなかが痛い気がして休んだ。

三日目、他にやることあるし休んだ。

四日目、明日からやれば大丈夫と休んだ。

五日目、逆に休んだ方がいいと休んだ。


そして、イショワシ担当の黒犬魔工技師イーナリーに丸投げした。

イーナリーは優れた魔工技師だった。

作るだけなら。


汚れを探し、その汚れと融合し爆破する魔導具を作り出した。

何も考えずに。


こうして洗濯を知らずに任せきりにしたイショワシと、何も考えずにただ作ったイーナリーの魔導具『爆落王』が生まれた。


「爆、破……それが民の声だったのですか?」

「その通りでおじゃる! まあ、まずはごらんあれ! この背中についた汚れ! 消えそうにない汚れでおじゃる! でもほれ、この通りでおじゃる! さあやるでおじゃる!」

「へいへーい」


ちなみに、試運転はしていない。

イショワシは一日目に試運転を明日しようと決め、二日目なんだかおなかが痛い気がして……としなかった。


イショワシの背中にあった汚れに魔導具を当て魔力を込めるとぼん! という音を響かせてイショワシの身体がぶるりと震える。

そして、魔導具が外されると、確かに先ほどあった汚れはない。いや、汚れどころか、焦げ付きふっとび跡形もない。

イショワシは背中の衝撃にふらつき、ごろごろと転がる。

顔を上げると、そこにはニコニコ笑顔のマァマ=ノトーモがいた。

イショワシが輝く笑顔を向け返すと、マァマ=ノトーモは、少しも顔を動かさず


「これのどこが生活を潤す魔導具なんですか? 生活を台無しにするではなくて?」

「いや、でも、民衆はばくはしろ! と……」

「そんなことをみんな言ってたのですか? ねえ? みんなが?」

「あ、いや、その……」

「ねえ?」

「……あ、実は最近忙しくてあまり聞くこと出来ず……一人、そう言っていたのでおじゃるので……」

「一人の言葉を全員の言葉だと決め込んで作るその姿勢……」


微動だにしない笑顔からすっと冷たい目に変わる。


「よくないわね」


マァマ=ノトーモが、冷たく睨みつけるとイショワシは、身体を震わせ項垂れる。


「採っ点っ! 青のゴブリンズ! 9点っ! なんとっ! 八位以内にも入れず! 青のゴブリンズっ! ここでっ脱っ落っ!!」


イショワシは明日からまた頑張ろうと心に決めた。

その頑張る明日は来ないままイショワシは一生を終えることをまだ知らない。

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