ぎしぎし。
正面から歩いてくる
『よいか、よく聞くのだ。今から、この街は四方から襲撃される。安心しろ。私の言うとおりにすれば人死には出ない』
「ほ、本当、に……?」
『信じろという方が無理なのも百も承知。だが、目の前からやってくるアレは間違いなく、敵だ』
その瞬間、カインは身体を硬直させる。
随分先にいるエーテが身構えたからだ。
けれど、わかった。
あれは、
(バリィが斬り掛かるときと同じ……!)
急いで〔流動〕を発動させる。
前を向くと眼前にエーテ。
拳は柔らかな魔力に吸い込まれるが勢いは止まらない。
カインはアーヴェとココルを巻き込みながら滑るように後方へと流れていく。
「はあっ……! はあっ……!」
「カイン様!」
異常な程に息を切らすカインにココルは心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫……大丈夫、大丈夫」
カインは、エーテの強さをよく知っていた。
今、メメがいなくて化粧術によるドーピングも出来ない圧倒的な不利な状況。
そして、あの男の、バリィの狡猾さも。
深く刻まれた二つの恐怖が同時に襲ってくるこの状況は、カインの心を大きく揺さぶった。
「ココル! 街に逃げて状況報告、を!」
「しかし! カイン様は」
「誰かがここで止めないと……! 誰か、が……!」
『私も手伝おう。女、心配するな。この男は必ず死なせない』
「……」
『……』
「……分かりました。カイン様、すぐに態勢を整えて見せますので、五分です。五分経ったらすぐに退いてください」
「わかっ、た」
ココルが駆けだす。
エーテがそれを追おうとするが、アーヴェが棒のように細い腕を投げつける。
『じゅにそまれ、棒立ち』
すると、腕から樹が生え始め、エーテを縛り付け動けなくさせる。
「すご、い」
『長くは持たぬ! カインよ! 今の私たちには力が足りぬ! 一点集中で、核の魔石を狙う!』
「わかった!」
魔石は魔力を溜め込めるほど魔力との親和性が高く、術式も普通の物質よりも深く多く刻むことが出来る。
ココルも含め、魔導具の生物型は必ず核の魔石があり、それを破壊すれば完全に停止できることは既に明らかになっていた。
『お前、に出来るかな、カ、イン』
その声は、良く知っていた声だった。
聞きたくもない声だった。
「バリィ?」
『そうだ、バリィだ』
目の前の樹に縛られたエーテから声がする。
アーヴェと同じように。
『久しぶりだなあ、レイルの英雄様よ』
「バリィ、どういう、つもりだ?」
『どういうつもり? どういうつもり!? はっはっは! そうだな、お前のすべてをぶっ壊すつもりだ。お前を英雄とあがめる馬鹿な街のすべてを』
「そんな……!」
『止めればいいだろう、英雄様よ。てめえには【テラー】の名が、伝説をつくる勇者の家名があるんだからよ! 血も継いでねえ偽物の癖にな! さああ、やってみろよ! 偽物の英雄! 今から始まるのは偽物の化けの皮が剝がされる滑稽物語だけどなあああ!』
縛り付けていた樹がエーテから放たれた黒い炎によって、燃やされる。
真っ黒な煙を上げながらエーテが、カインに迫ろうとしていた。
一方、同じ大陸の大森林と呼ばれる
「ほ、本当に行くの?!」
「ああ、ようやく謎が解けたんだ」
「謎って……さっき話してた『あのたすの英雄』とやらと関係あるの?」
「俺様の息子だ。義理だけどな……手を貸してやらないといけねえ。あいつに危機が迫ってる」
「でも! あんたがここを離れたら……」
「おめえらならもう大丈夫だ! 俺様があんだけ鍛えてやったんだからな」
「……そう、そうだね! うん! わかった!」
男は巨大な斧をかつぎ、大きな背を向け歩き出す。
少年は勝手に下がる尻尾を踏みつけ男に向かって叫ぶ。
「ありがとう! 俺たちを救ってくれた英雄! 【獣人の勇者】キーン=テラー!!!」
「ヤツより先に会えれば、いいが……無事でいろよ、カイン」
男は大きく一歩踏み出す。
大地は揺れ、魔物が騒ぎ出す。
そして、暴風が吹き荒れ、巨大な男はその場から消えた。