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四部33話 親切おにいさんは戸惑いましたとさ

門番が欠伸を噛み殺しながら太陽の眩しさに目を細める朝。


昨日までの騒ぎが嘘のように静かな朝。


カインは、門の外である男と会う約束をしており、向かっていた。

腕をココルにとられながら。


「カイン様に何かあってはいけませんので」


動きにくいから今の方が危険だと思ったが、カインは黙っていた。

そして、門番に声を掛け、外へと出る。

少し歩いた木陰に彼は居た。


「すみ、ません……待ち、ましたか」

「いいや、全然! 待ってなどいないでおじゃる!」


そういいながら、男は木を殴っていた。

絶対長い間待っていたなと思ったが、カインは黙っていた。

この男にツッコミは無用だからだ。


「それで、我が主に何の御用なのですか? アーヴェ・ヌ・コーベォ様」


相変わらず細長い貴族は、木を殴り続けながら話しかけた。


「まあ、落ち着くでおじゃるぅううう!」

「あなたがね」


あべこべな行動に思わずココルが突っ込んだ。




事の始まりは、昨日のカネモッチが起こした騒ぎだった。

その時、アーヴェ以外の貴族は、レイルの街のいろんな場所で暴れていたのだが、アーヴェだけは、館に向かってきたのだ。

入ってきた瞬間、タルトの指示で待ち構えていたココルに制圧されたのだが、その時アーヴェがココルに言ったのだ。


「カインの命にかかわる話がある」と。


そして、詳しい話を聞きたければ翌朝レイルの街の門の外で会いたいと言われたのだ。






「で、カイン様の命に関わる話とはどういうことですか? とっとと話しなさい」


ココルは無表情のままアーヴェに迫る。


「ひ! ひぃいいいいいい!」


アーヴェも無表情のままココルに怯える。

なんだこの状況、とカインは思ったが、この二人の奇行に構っていたら終わるものも終わらないと話をつづけた。


「では、話、を、お聞かせいただけますか」

「うむ! わかったでおじゃる! では、最後にどぉおおおおん!」


アーヴェが、木を思い切り殴りつける。

すると、アーヴェの腕が折れる。


「え、えええええええええ!?」

「心配するな! 腕が折れた!」

「いや、心配しますよ!」

『大丈夫だ、それは人形だから』


それは別の人間の声だった。

静かで落ち着いた不思議な声だった。


「え?」

『はっはっは、驚かせてすまないな。この声、私はこの人形の持ち主だ』


アーヴェの表情もどこか穏やかな様子だった。


「あなたは、一体? 人形ということは」

『……うむ、答えよう。私の名は、アーヴェ・ヌ・セーヴェ。これの名は知っているな? アーヴェ・ヌ・コーベォ。私の作った棒人形だ。まあ、お前たちが言うところの魔導具のようなものだ』


色んな情報が流れ込んできてカインは混乱する。


『先に。誓約によって私が話すことが出来るものは限られている。答えられないものもあることを分かってもらいたい。では、ひとつずつ説明しておこう。私は、西にある国のアーヴェという家に生まれた術士だ』

「アーヴェは家名なのですか?」

『……ああ。同行したミーゴォ家の兄弟は家名が後に紹介しているが、本来私たちの国では家名が先に来るのだ。そして、私の代わりとして、私の目として彼らに同行させたのが、このアーヴェだ。まあ、彼らは私の甥だと思わされていたけどね』


アーヴェがふっと悪戯っぽく微笑む。


「彼らは……」

『……ああ、知っている。構わない。これも因果応報。行いの報い。そういうものだ。……ふむ、話を続けよう。私は、お前に助けられる予定のものだ。だから、お前を救いに来た』

「助けられる、予定?」

『私は、占いも嗜んでいてね。お前は未来で私と出会い、私を助けるのだ。だが、もし、この先お前が死んでしまえば私は助けてもらえなくなってしまう。そういうことだ』

「あなたの占いで、カイン様があなたを助ける未来が出たから、カイン様を死なせないために助けに来た、というのですか」

『……ああ、そういうことだ。……うん、どうやら道に乗ったようだ』

「み、ち……?」

『まさか、千通りも占わねばならないとは思わなかった。千回目で漸く見つかった唯一の道だ。大切にいこう』

「千、回目?」

「どういうことです?」

『ここからは時間の勝負だ。手短に言う。今から大きな戦いが始まる。女、カインを殺したくなくば私に従え』

「従うべき根拠は?」

『ない』

「なら」

『ならば従わなくてよい。失って後悔せよ。あの時のように』

「……!」


ココルはその言葉に殴りつけられたような衝撃を覚える。

セーヴェの言う『あの時』に心当たりはない。

ないにも関わらず、何故。

胸が痛む。

頭が揺れる。

何かが破裂しそうになる。


「あなたは……」

『無駄な時間を……いや、これもまた必要な時間、通るべき道だったのだろう……そして、避けられぬ……』


ココルが問いかけようとする声を遮って、セーヴェがしゃべり続ける。


『カインよ、お前に大きな別れがやってくる。心せよ。そして、信じろ。お前の歩いてきた道を』

「どういう……」


生暖かい風が頬を撫でる。


気持ち悪い。


カインは顔を顰めた。


コーベォはこちらをじっと見ていた。


ココルもこちらをじっと見ていた。


まるで、死人のように。


「カイン、様……」

『……道を、違えるな。決して、決してだ。来るぞ』

「来、る……一体、何、を……」ぎしぎし。





……ぎしぎし。






ぎしぎし。





ぎしぎし。




ぎしぎし。


ぎしぎし。


ぎしぎし。


ぎしぎし。



それは朝の澄んだ空気にはあまりにも不似合いな鈍い音だった。


それは朝日を浴びるにはあまりにも不格好な少し錆びた身体だった。


それはカインにとってあまりにも理不尽な存在だった。


鉄人形エーテがこちらに向かって歩いてきている。


「な、んで……」


耳に障る軋んだ金属音を響かせながら。

そして、『何処かの逃亡犯』そっくりの纏わりつくような黒い炎を手の中で遊ばせながら。


あの時、覆面をしてても動きの癖で気づいたのだ。

鉄人形であったとしても分かる。


『アイツ』だ。


「バリィ、が……エーテにコピーを……?」





カインのつぶやきなど決して届くはずのない遠く離れたそこは【遺物の工場】の最上階。

男は笑っていた。

傍らに、鉄人形の親玉と怯え震える女と真っ黒な影を置いて。


「あーっはっはっは! カイン! カイーン! なんて顔だ……ざまぁみろ! ここからは俺の番だ! 俺が! お前のすべてをぐっちゃぐちゃにしてやる! 全てをな!」


カインを追放し、全てを失った男、バリィは大きく顔を歪ませながら魔法の鏡に映った苦渋に歪むカインの顔を見て、嗤っていた。

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