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四部32話 夜の女王様があらわれましたとさ

パァン! と破裂したような音が鳴り響きルゥナはハッと意識を取り戻す。

目の前には手を合わしてこちらを見ているカネモッチの下卑た笑顔。


「こ、ここは……?」


そして、ぼんやりと夢の中のような感覚で見たすべてを思い出す。

宴に向かう途中で商業ギルド副長に呼ばれ、カネモッチと引き合わされたこと。

カネモッチから紫に光る球を見せられた途端、周りの護衛がぼんやりと虚ろになったこと。

カネモッチ、商業ギルド副長、そして、メエナと呼ばれた女性の会話。

姿を隠されながらカネモッチに館から連れ出されたこと。

興奮冷めやらぬ様子のカネモッチが我慢ならぬと宿に引っ張り込んだこと。

そして……


ルゥナは首に巻かれた何かに気づく。


「ほっほっほ……ぼんやりとではあるが聞こえてはいたでおじゃろう。それは『隷属の首輪』。主は麿でおじゃる。麿のいうことを聞かねば、その首輪を締める」

「何を……!」


ルゥナがカネモッチに詰め寄ろうとすると、カネモッチがルゥナに手をかざす。

指に嵌めた指輪が妖しく輝く。

ギュッと首が締まるのを感じ、ルゥナは座り込む。


「く……か、はっ」

「ほっほっほ、意味が分かったでおじゃるか? ルゥナ、お主は麿の言いなり人形とこれからなる……安心するでおじゃる。可愛がってやろうぞ」


カネモッチは大きく口を端を歪め、舌なめずりをした。




違和感に気づいたのは、合流しようと館にやってきたタルトだった。

彼女は、先ほど許されざる行為をした小娘は何処にと広範囲鑑定を行い、彼女が付近にいないことに気づく。

そして、更に薄く鑑定を広げることで館を離れる彼女を発見した。

彼女は何故かカネモッチと、そして、魔力が高めの女性と三人でどこかへ向かっていた。

タルトの動きは早かった。

敏捷性自体は低いが、思考の速度は【小さな手】随一の彼女は、近くにいたシアの服の裾を引っ張る。


「何、よ……タルト?」

「シアさん、グレンさんに連絡を」


タルトの表情を見てシアは疑問を呈することなくグレンへと連絡をつなごうとスマートマホーンを手に取る。

タルトもまた、【小さな手】に入った際に渡されたスマートマホーンを手にする。


『こちら、カイン。どうした、の? タルト』

「タルトです。カインさん、ルゥナ様がカネモッチに連れ出されています。恐らく、誘拐です」


隣にいたシアは表情を変えずカインに話しかけるタルトの言葉をかみ砕き、グレンに伝える。


「タルト」

「位置は先ほどカインさんに伝えた場所です。けれど、何故宿に……? 逃げるなら恐らく、海。マシラウまで馬車を飛ばしてすぐ逃げるべきなのに」


タルトは首を傾げながらも、全ての可能性を考慮しつつ、【小さな手】の面々へと指示を出し始める。


「カインさんが離れると恐らく場が混乱します。クグイさんに事情を話しさりげなく領主様に伝えてください」

「ラッタさん、貴方が頼りです。ワタシが伝えた宿にすぐに向かってください」

「レオナさん、今、救護室ですよね。すぐにレオナさんも宿へお願いします」

「マコットさんはまずグレンさんと合流し、暴れているあの貴族たちの魔導具を無力化して回ってください」

「グレンさんはマコットさんと合流後、あの貴族たちの鎮圧を。場所は随時お伝えするので連絡を」

「ココルさんは館に向かってきている黄色の貴族を」

「シアさんは、ワタシを連れて宿までお願いします」

「「「「「「「了解」」」」」」」


全員、タルトの言葉に即座に反応し、動き出す。


「……! ラッタさん! 急いで! 宿にあの人たちが」


タルトの広範囲鑑定で見えたのは、あの男たちがカネモッチの宿に近づく様子だった。


「どおも、カネモッチ様」

「ハウンド……? どうして、ここに?」


カネモッチの部屋のドアがガチャリと開き、そこに現れたのは黒犬の工房のハウンド達だった。


「いやあ、残りの料金を貰ってもないのに、旦那がどこかへ消えたんで、探しましたよ。しかしまあ、いい趣味してますねえ」


ハウンドはちらりと奥で首輪を押さえているルゥナを見て顔を歪める。


「なんでおじゃる? お主も欲しいのか? 麿が飽きたら貸してやっても……」

「いやあ、俺達って嫌われ者じゃないですかあ? けどね、嫌われ者でも倫理観ってのは少しばかりはあるんですよ……!」


ハウンドが拳を振り下ろそうとカネモッチを見る。

それを見るカネモッチの瞳は真っ黒だった。

今、ハウンドの言った『倫理観』つまり『善』の意識など微塵も見当たらないような瞳。

そして、妖しく嗤うと、懐から紫に輝く魔導具をとりだす。


「浮心球? ンなもんが俺たちに聞くとで、も」

「限界を捨てていたらどうでおじゃるかなあ?」


大きく輝くその光は、ハウンド達の想像を超えた光で浴びた彼らは一瞬意識を失う。

が、すぐさま強烈な痛みによって覚醒する。

その痛みは、カネモッチの振り回した『黒の三叉』だ。

力任せに振り回されたそれはカネモッチの細腕からは信じられない程の威力だった。


「いい魔導具でおじゃるなあ! これも金で買った! 浮心球も隷属の首輪も人男も女も心も金で買った! げに浅ましき人の心よ!」

「カネモッチ様、あまり騒ぎを起こすと、邪魔が入って、このあとが楽しめませんよ」

「おお、そうであった。では、メエナ。きゃつらを眠らせておいてくれ……もう、日も沈んだ。たっぷり愛し合おうではないか」


その場では誰もが異常だった。

傷つき血を流し眠る男たちを無視して血走った目で少女を抱こうとする男。

男たちを椅子にしながら、少女が無残に散らされるのを眺めようとする女。


その場では誰もが異常だった。


「ふう……夜がやってきたか。良い月だ。妖しく美しい、良い月だ」


その場では誰もが異常だった。


それは、少女も例外ではなかった。

いや、少女ではなかった。

少女は女だった。

いや、女に姿を変えていた。


金色のくりんとした可愛らしい髪は、紫黒の艶ある真っすぐな髪に変わり、姿は一気に十年はたったかのような成熟した女の身体に、そして、瞳は淡く白く輝き、妖艶に嗤っていた。


「な……」


カネモッチは驚愕して目を見開く。

その目の、文字通り目の前に女が近づいていた。

じいっとカネモッチの瞳を見つめていた。


「ふむ……欲を立たせる略式か、術式を消したり変えたりしたわけではない、か。小物が妾達の真似事をしようと……哀れ哀れ。さあ、返してやろうぞ。お前の捨てたつもりになった『心』を」


女が手をかざすと、淡く白く輝く文字が宙に浮かび上がる。

そして、カネモッチの瞳に吞み込まれるように消えていく。


「これは、これは、なんじゃ……おぬし、麿に、何をしたぁああああ!?」

「ふふふ……臆病なお前を返してやったのだ。感謝するがよい」


カネモッチの瞳が揺れる。

そこには先ほどまでの迷いなき漆黒の瞳は見る影もなかった。


「『心』をしっかりと味わうがよい」


カネモッチの視界が歪む。

己の手を見ると、蚯蚓が指に巻かれ、ケタケタと笑っている。


「う、うわあああああ!」


慌てて蚯蚓を投げ捨てる。

すると、懐の中で目玉がぎょろりと蠢いていることに気づき、慌ててそれも捨てるとガシャンという音を立てて目玉が紫の光を失って動かなくなる。

体中を這いずり回る何かが、袋の中からこぼれる金色の虫たちが、どこを見てもおぞましい光景が広がる。


「ふふふ……どうした?」

「お主……麿に、何をした?!」

「昼が夜に。夜が昼に。ひっくり返しただけよ……お前の目をぐるんとな」

「ひっくりかえした?」

「お前の大好きな金という価値で、高ければ高いほどお前の忌み嫌うものに見えてくるのよ。ふふふふふ……ふふふふふふふ……あははははははははは!!!!」

「うわあああああ! 来るな! 来るなでおじゃる!」


カネモッチは手当たり次第に掴んだものを女へと投げつける。

しかし、そのどれもが女の手前でふわりと止まり、傅くように地面に降りる。

カネモッチは顔を真っ青にし、部屋に置いてあった金や宝石を撒き散らし、外へと飛び出していく。


「哀れ、外に出れば只の狂人。奪われ、壊され、捕らえられる。月夜は心を狂わせるなあ」


女が薄く笑う。

その瞬間、メエナが駆けだしカネモッチの捨てた指輪を拾う。


「ほう……お前はより深く沈んでいるのか」

「はあっはあ……こ、これは、隷属の首輪と繋がる指輪……! あ、あなたは、私に従うしかないの……従わなければ……」

「何を妾にさせるつもりかな?」

「傷物にしてくれる予定の馬鹿がどこかに行ったしね……表で裸踊りでもしてもらおうかしら? それで鼻の穴膨らませた男に使われてきなさいな! あっはっは! 助けた女が、ぼろぼろにされたら、アイツは、カインは、どうなるかしら? さあ、さらけ出しな……」

「断る」


女が一言そう呟くと、隷属の首輪が壊される。

メエナがハッと気づくと、指輪も砕け散ってしまっていた。


「ふむ……成程な。小さき影が愚かにも刃を向けたか。それもまた一興。『テラー』の血には必要なのかもしれん。しかし、その筋書きの中でもお前はもう要らぬ様子。ふふ……では、精々、愚者の結末に殉ずるがよい」


女の瞳が淡く白い輝きから真っ黒な輝きへと変わる。

その瞳を見た瞬間メエナは、光も音も匂いも何もかも失った。


「さてと、帰るとしよう。しかし、まだ月は満ちぬのか……まあ良い、あの男はまだ死なぬ。それは確かだ」


ふわりと女は飛び上がり、風に乗って領主の館へと流れていった。

ラッタたちが宿にたどり着いたとき、倒れ眠っている黒犬の工房の人間以外いなかった。


ルゥナは『何故か』タルトの広範囲鑑定から逃れ、いつの間にか自室の部屋で眠っていた。

目を覚ましたルゥナは事の次第を説明したが、カネモッチに迫られた後何が起きて何故無事に帰ってこられたのかという質問には首を傾げた。

レイルの街で暴れていた貴族は、グレンやマコットに制圧された。

メエナに隷属の首輪をつけられたこと、カネモッチに騙されたこと等自分たちが知りうる限りの情報を話し連れていかれた。

一時騒然となったが、結果として全員が無事であり、僅かな時間の出来事であったこともあり、宴は小さいながらも無事に執り行われた。

そして、夜は更け、人々は眠りにつき、また、朝がやってくる。


カネモッチが目を覚ますとそこは牢屋であった。


「な、なんじゃあこれはぁああああ!?」

「おはよう、目が覚めたか? 露出狂の変態貴族様」

「お、おい! 出せ! ここから出すでおじゃる! 金なら出すぞ!」

「はっはっは! 貴族様、それはたぶん無理ですぜ。あんた、金なんてどこにもないだろう。だって、あんた全裸で暴れまわっていたんだから」

「は?」


聞くと、カネモッチは夜に来ているものをすべて脱ぎ捨て暴れまわっていたらしい。

しかも、何故か高価なものに只ならぬ憎悪の目を向け壊して回ったそうだ。

同じ国から来たはずの貴族たちはカネモッチのことを知らぬと言い放った。

手持ちもなく、頼れるものも居なく、カネモッチには金がなかった。

彼の唯一の長所と言わざるを得ない金が。


「まあ、力も技術もなさそうだし、犯罪奴隷として地道に稼いで返すことだな」

「ま、麿が奴隷じゃとぉおお!?」

「おっと、言葉遣いは気をつけろよ。偉そうな奴隷なんて貰い手がつかねえぞ。尻を狙うあんたに負けない変態貴族様くらいしか」


漸く状況の呑み込めたカネモッチが口に手を当て震える。

その手は下に降りていき、首に、首に巻かれたものに触れる。


「あ、ああああああああ!」


それは隷属の首輪。カネモッチのよく知る魔導具だった。

ただし、今度は付けられる側としてカネモッチは働かねばならない。

僅かな給金を得るために。




時を同じくして、メエナも朝を迎えていた。

メエナは、何者かから説明を受けたが、現実味のない話で、ぼんやりと聞いていた。

そして、馬車に乗せられ、どこかへ連れていかれる。


(馬車……そういえば、バリィ元気かしら……バリィ……バリィ!!!)


ハッと何かに気づいたメエナは慌てて立ち上がろうとするが馬車が止まり、バランスを崩し転ぶ。


「おい、降りろ」


男に命じられるがそんなことも構わずメエナは詰め寄る。


「お願い! 私をこの街から逃がして!」

「何を馬鹿なことを……」

「お願い! なんでもするなんでもするから」


男の後を追いながら必死でメエナは懇願する。


「そうか、なんでもするか……いい心意気だ。じゃあ、街から逃がしてやろう」

「本当に!?」

「ああ、なんでもするなら直ぐに出られるさ。まあ、精々頑張りな」

「え……?」


男は大声で誰かを呼ぶ。


「おい! 新人だ! ちゃんと教えてやれよ!」

「はい……って、あんた……」


メエナは目を見開いた。

そこには服とは言えない薄い布だけを纏ったボロボロに汚れ傷つき瞳を濁したあのギルドの受付嬢がいた。


「あ、あなた……」

「わあああ、メエナさんじゃないですかあ~? 覚えてますか~、ピコです。あなたも捨てられてここに来たんですね、うふ、いいですよ、わたしが教えてあげますよ、この地獄を、なかよくしましょうね」

「い、いや、いやああ! 私は! この街からでなきゃ! 死ぬ! 死んじゃうから!」

「死んだ方がマシと思うかもしれませんが、すぐに慣れますからねえ、うふふ」


ピコに連れられて、怯えるメエナは甘ったるい、そして、欲深い匂い沸き立つ館の奥に消えていく。男は、それを眺めながら、飴玉を口に運ぶ。


「うるせえ女だったな。死ぬ死ぬって、何にそんなに怯えてたんだか……」


ガリっと飴玉をかみ砕き、やってしまったというような顔をして男は頭を掻く。

まだ朝は明けたばかりで、夜の住人はこれから眠りにつく時間であり、昼の住人が動き出すには早すぎる。

全てが洗い流されたかのような澄んだ空気が館の外には漂っていた。


男は、未だ知らない。

あの五月蠅い女が言ったことの意味を。


日が昇り、影が生まれる。

足元にそっと影が。

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