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四部31話 金持ち貴族さまは愛を求めましたとさ

その後の授賞式は大変だった。

【小さな手】に様々な祝いの品が贈られたが彼らに笑顔はなかった。

カインは顔をずっと真っ赤にし俯き、ココルとマチネは闇属性のような何かを撒き散らし、マコットは顔を真っ青にして怯えていた。


「み、みなさんっ! 魔導具コンテストこれにて終了ですっ! また来年お会いできると嬉しいですっ!」


モモ=リアゲイルの言葉で、それなりの盛り上がりを見せコンテストは締めくくられた。


そして、コンテスト上位者や審査員達、レイルや近隣の有力者達は宴が行われる会場へ移動する。

その間も、【小さな手】の面々は声を掛けられ続けた。

カインは、そのころには漸く落ち着き、たどたどしくも魔導具の説明を、マコットはあの空気から逃げられるならと珍しく積極的に話をしに行き、マチネは自身の価値を高めるために気持ちを切り替えて笑顔で対応し、ココルはルゥナへの呪いの言葉を放ち続けた。

当のルゥナはご機嫌な足取りで会場へと向かっていた。

が、その時声をかけられる。


「ルゥナ様、よろしいでしょうか?」

「あなたは、商業ギルド副長の……」


事前の打ち合わせでも何かとルゥナを気にかけてくれた彼女が申し訳なさそうな顔で近づいてくるのを見てルゥナは何事かと首をかしげる。


「すみません、ちょっと大きな声では言えない話なのですが」

「分かりました。お話だけでも伺いましょう」


ルゥナは先ほどの【小さな手】女性陣に対する先制攻撃を成功させたことで海のように広い心になっていたこともあり、彼女の意向を汲み、少しだけ護衛を遠ざける。


「……実は、カネモッチ殿が、どうしても『蓬莱の珠の枝』の儀式で渡すはずだったものを渡したいと私に執拗に頼んできておりまして……」

「はあ、まあ良いでしょう。分かりました。それを受け取れば満足してくださるのですね。あなたの頼みです。引き受けましょう。それであの方はどこに?」

「申し訳ありません。最後尾にいらっしゃいますので……」

「分かりました。ただ、流石に護衛の者たちは連れていきますよ」

「勿論です。ルゥナ様に触れようものなら斬って捨ててよいかと」


ルゥナは、集団から少し離れ、後ろの方へと向かう。


この時、多くの者の心が浮ついていた。


新術式や四変式等、魔導具の革命が起きたこと。


それに伴い、なんとか【小さな手】と繋がろうとする者が多数いたこと。


また、ルゥナがカインにしたこと。


異常な空気と言えた。


その異常な空気が、少しばかり会場へ向かおうとする道中の人数が増えていることを隠してしまった。


「カネモッチ様」

「おお……ルゥナ殿。麿の願いを聞いてくださり感謝でおじゃる。麿は所詮敗者でおじゃる。じゃが、これだけは、麿の思いだけは見てもらいたいのじゃ」

「ありがとうございます」


ルゥナはじょうきげんだった。


「この、【小さな手】には勝てぬかもしれんが小さく輝く贈り物をみてくだされ……」


カネモッチが言う通り、【小さな手】には及ばない紫に輝く玉がルゥナの前に差し出されぼんやりと輝いた。


「……はい」

「ルゥナ殿、見ましたな」

「はい……見ました」

「では、ルゥナ殿……麿の思いを受け止めてくださるのでおじゃるな」

「はい……」

「では、参ろうか。宴など抜けて、二人で愛し合おうでおじゃる」

「はい……」

「こちらに」

「はい……」


虚ろな目でルゥナはカネモッチの後を追う。


「ああ、そうそう。ご苦労だったでおじゃるな。『浮心球』の手配から、ルゥナ殿の誘導まで。ルゥナ殿、彼女が麿たちを結び付けてくれたのでおじゃるよ。感謝の言葉を」

「はい……ありがとうございます」


ルゥナの虚ろな視線の先には、『彼女』の姿があった。


「いえいえ、お代は確かに頂きましたので……。頼まれていた西へ逃げる船も用意しております。お気をつけて」


商業ギルドの女は、小さく笑い、カネモッチに頭を下げた。


「ほっほっほ、おぬしも悪よのう」

「いえいえ、カネモッチ様ほどでは……」

「まあ、それはそうかもしれぬ」


その途端、周りにいた護衛達が崩れ落ちる。

驚いた女は慌てて見渡す。


「え……?」

「ほっほっほ、案ずるな。流石に浮心球で虚ろにするだけでは不安でおじゃったので、眠ってもらったのよ。あの女の魔法でな」


物陰から現れたのは回復術師の女。


「メエナよ、首尾はどうでおじゃる?」

「カネモッチ様、四人全員に例のものは付け終わっております」

「ご苦労ご苦労」


現れたメエナと呼ばれる回復術師に、商業ギルドの女は戸惑いを隠せない。


「カネモッチ様、この方は?」

「うむ、名をメエナと言う彼女は、麿からルゥナを奪おうとしたあのにっくき魔工技師に対し同じく恨みを持つ同志であり、そして、麿に心奪われた女でおじゃる」

「は、はあ」

「彼女は、麿の為に危険な任務をこなしてくれた。麿の仲間たちを治療するふりをして隷属の首輪をつけるという、な」

「れ、隷属の首輪!?」


隷属の首輪は、奴隷に対して使用していた魔導具で、主人の意思に反した行動をとると首輪が締まるというものだった。

ヌルドでは隷属の首輪自体今では犯罪奴隷を除いて禁止されており、国の管理が行われ、世に出回ってはいない。

それをどこで手に入れたのか、女はそんなことを考えながら平気でその言葉を発するカネモッチにどこか危うい空気を感じていた。


「そ、そんなものを使って大丈夫なのですか?」

「大丈夫でおじゃるよ。なあに、ちょっと麿の仲間たちに協力してもらうだけでおじゃるよ。麿が逃げる手助けをな。麿の、仲間たちに」


その時、女は気づく。

カネモッチの瞳が虚ろではないが、真っ黒に染まっていることに。

何かが欠如したその瞳に、女の商人としての勘が働く。


引き際を誤った、と。


その瞬間、背後に甘い匂いが漂う。

メエナと呼ばれた女が後ろから腕を回し、女の首に赤黒い首輪をかけている。


「待っ、て……!」

「お主も麿の仲間でおじゃる。お主は今から、お主が麿から搾り取った金をすべて返せ。そして、全ての元凶は自分だと手紙を書き、自死せよ。心配するな、じわじわ締められるよりも楽に死ねる」

「何を! ぁ、ぐ……!」



ぎゅっと締まる首輪に慌てて指を差し込むが意味をなさずただ苦しくなるだけだった。

耐えきれず女は駆け出した。

こっそりと金を隠し為続けていた小屋へと。


「船まで持ってくるのでおじゃるよ、ほっほっほ……メエナ、最後の首輪は?」

「こちらに」

「うむ……」


メエナが隷属の首輪をカネモッチに差し出す。


「それは、誰に……?」

「決まっておろう、虚ろな女を抱いても詰まらぬからのう。さあ、船へ参ろう、ルゥナ。そこで、お主に相応しい首飾りを贈ってやろう」

「はい……」


そこには、狂人しかいなかった。

真っ黒な光なき瞳の男。

虚ろな己なき少女。

そして、復讐に嗤う女。


「カイン……カイン……! たまらないわ……あなたの苦しむ顔がもう少しで見られるなんて……ああ、大好きよ。あなたの歪んだ顔が……!」

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