「私に、も、王様は、裸、に、見えます」
黒髪のぼおっとした男は、震える兄妹の前で傅き、王に告げた。
「ほお……もう一度聞くぞ。お前には、ワシが何も着ていないように見えるのか?」
「はい」
この日、ヌルド王国で新たな王が生まれた。
ベアル=ラタイ=ヌルド。
王族でありながら国を飛び出し、冒険者として名を馳せたその男は、故郷で起きた内乱を一気に収め、そのまま王となった。
その王のお披露目、めでたい日に事件は起きた。
「王様! お召し物は……」
「んん? なんだ、もしかして、お前には見えないのか? これはな、馬鹿には見えない服なのだ」
王のご機嫌取りに伺った貴族は顎が外れるのではないかというくらい口をあんぐり開けていた。
男には、王が何も着ていないように見えたのだ。
しかし、王は言った。『馬鹿には見えない服だ』と。
ならば、見えないと言えない。
そう考えた男は、目をこすり、つとめて大きな声で褒めたたえた。
「王様! わたくしは、お召し物は、と言っただけです。これはまた……良い服ですなあ! 似合っております! なあ、みなそう思うだろう」
男は、自分についてきていた貴族たちにも同意を求める。
そして、貴族たちも慌てて首を縦に振る。
「はっはっは! そうか! お前たちは馬鹿ではないようだ」
多くの者が見えないその服を褒めたたえ、部屋の隅で正直で有名な宰相が気まずそうに目をそらしていた。
そして、お披露目のパレードへと向かう道すがら、王は『馬鹿には見えない服だ!』と宣伝して回った。
誰も王様の服が見えていなかったが、ある者は褒めたたえ、ある者は目をそらし、ある者は鼻息荒く王の身体を凝視していた。
パレードが始まる。王は裸に見える。
貴族の多くがこう思っていた。
『やれやれ、冒険者になるような王族はやはり馬鹿だ。次の候補に唾をつけておかねば』と。
パレードで噂の王様を見た人々は首を傾げた。
けれど、誰も口には出さず、ただただ騒いだ。
まるで何も見ていないかのように。
そんな時だった。
「王様が裸だ!」
そう叫んだのは少年だった。
様々な偶然が重なったのだろう。
その声はとても響き、時が止まったかのように、場は静まり返った。
「こ、この! 無礼者は、何をぬかすか! 衛兵! やつを切って捨てろ!」
最初に王を褒めたたえた貴族が、慌てて兵に少年を斬るように命じる。
少年はまさかそんなことになるとは思っていなかったのだろう。
震えて腰を抜かしていた。
そして、その少年に兵が斬りかかろうとしたその時、男は現れた。
黒髪のぼおっとした男だった。
男の後を少女がついて飛び出してくる。
そして、少女は、少年をおにいちゃんと呼び抱き着く。
騒然とする場で、王はすっと手を挙げ静寂を呼ぶ。
「男よ、そやつらはお前の兄妹か?」
「いえ、さっき、知り、合ったばかりの、たぶん、友人、です」
「そうか、男よ。これはな、馬鹿には見えない服なのだ。さて、問おう。男よ、ワシは裸か?」
ただならぬ圧に民衆は膝をつく。
いや、王以外の誰もが膝をついていた。
黒髪の男も例外ではない。
けれど、男は汗を垂れ流しながらもはっきりと答えた。
「私に、も、王様は、裸、に、見えます」
黒髪のぼおっとした男は、震える兄妹の前で傅き、王に告げた。
「ほお……もう一度聞くぞ。お前には、ワシが何も着ていないように見えるのか?」
「はい」
「お前は、馬鹿なのだな」
「かも、しれません」
「ふふ……ふはははははは! おい! 宰相! 賭けはワシの勝ちのようだな!」
王は高らかに笑い、傍らで頭を抱える宰相に話しかけた。
「あーあー、そうでございますね。私の負けでございます。どうぞご自由に」
宰相は大きなため息を吐きながらもどこか楽しそうに呟いた。
「民よ! ワシは裸だ! 何もない! 裸の王だ! だが! ワシにはお前たちがいる! ワシは馬鹿だ! 馬鹿なワシの国は、馬鹿な国でありたい! 堅苦しい規則のない自由な国を作りたい! だから、皆の者、夢を見ろ! 人を笑わせるような大きな夢を! 馬鹿な夢を! ワシはお前たちの夢をかなえる国を作るっ!!!!」
裸の王は都全てに聞こえるのではないかという空気を震わせる大きな声で叫んだ。
そして、ニカっと笑うと、黒髪の男の方を向き、口を開いた。
「礼を言う! このまま賢い振りをした奴らばかりだったらワシはアイツに堅苦しい国作りを無理やりさせられるところだった。……お前は、王となって初めてのワシの馬鹿友達だ! 馬鹿正直な命を惜しまん馬鹿者よ、お前の名は?」
「カイン、です」
その日からヌルド王国の歴史を塗り替える日々が始まった。
馬鹿で裸の王によって。
「ヌ、ヌルド、王……」
「うむ! あの時助けてもらった裸の王、ヌルドが助太刀するぞ! カイーン!」
カインの目の前にはあの人同じように無邪気にニカっと笑う裸の王がいた。
『ヌルド、王だと……この変態が?!』
殴りつけたにも関わらず腕の方が折れたエーテからバリィの声が聞こえる。
「その通り! ワシこそが今のヌルドの王、ベアル=ラタイ=ヌルドである!」
『なんで、王がこんなところに?!』
その疑問はカインも同じだった。
王とは国の命。
その命が今、街を飛び出して、裸で戦うとしているのだ。
「カイン達が絶体絶命だと聞いてな! 護衛共が止めるのを振り払って飛び出してきたわ! はっはっは!」
ヌルドは笑っていた。
が、カインは頭を抱えた。
ヌルド王はこういう人間だ。
服を着ているときは、宰相がコントロールしているのだが、こうなると誰も止められない。
『はっ! のこのこ来てくれてありがとうよ! てめえのお陰で国盗りまで見えてきたぜ!』
「ほう……ワシの国を、とれるかなあ、貴様のような臆病者に」
『裸の馬鹿よりはマシだろ! どういう絡繰りで防いだかしらねえが、所詮裸! すぐに種明かして吠えづらかかしてやらあ!』
バリィの叫びと同時にエーテがとびかかる。
ヌルド王はゆらりと構える。
その動きに空気が揺らぐ。
そして、エーテの拳はヌルドの顔からはるかに離れた場所で止まる。
『なっ!』
「さあ! しっかり受け止めろ我が異能の力を!」
ヌルド王が拳を引絞り、振り抜く。
すると、メギヤアアという音が鳴り、その拳よりも少し大きく空いた穴がエーテの脇腹に生まれる。
『はあ!? どういうこと……って、ちょっと、待て……今、異能って』
それは、スキルや魔法とはまた異なる固有の
それを持つ者は善悪問わず歴史に名を残すと言われている。
「ワシの
包み隠さず己の力のすべてを語る裸の王は見えない鎧を身に纏い笑っていた。