目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

四部37話 形勢は逆転しましたとさ

ヌルド王に脇腹を貫かれた鉄人形は不自然な動きで暴れていた。


「ふむ、どうやら核に掠っていたようだな。コントロール出来ない身体では戦えまい」


不格好に踊る鉄人形の身体からバリィの舌打ちが聞こえる。


『ちい! ……まあいいさ、てめえみたいな化け物はそうそういねえだろ。むしろ、お前が街から出たのが運の尽きだ! 四方から襲うエーテたちが街の人間を……!』

「ああ、そうそう。正門にいたもう一匹だが、ワシが半身ぶっ壊したぞ」

『は?』

「流石に、無視していくわけには行かなかったのでな。思いっきり殴った。流石の性能、少し軸はずらせたようだが半分近くふっとんだから、あれはもう無理だろうなあ」


裸で仁王立ちするヌルドはさっきちょっと珍しい玩具見かけたくらいの空気でエーテを破壊したことを告げる。


「それに、四方にはワシの護衛してた奴らが向かっているだろうよ。奴らは……強いぞ」


裸で仁王立ちのヌルドがにやりと笑う。

すると、カインのスマートマホーンが揺れる。


「こちら、カイン」

『ほぎゃ! カインさんご無事ですか!? あ! タルトです! ご無事ですか!? あ! そ、そちらにヌルド王は!?』

「いるぞ! こっちの鉄人形はもう戦える状態ではない。そっちは?」


カインのスマートマホーンを奪って裸で仁王立ちのヌルド王が大声で話しかける。


『ほぎゃあ! 王! え、えーと! 森人族のディーさんダムさんのお陰で無事です! じゃなくて! 王様! は、早くお戻りを! 出来れば、カインさんも!』

「わかったわかった。ほかの状況は?」

『はい! 現在は……』


タルトが語る現状は、ヌルドの顔を曇らせるものだった。






時は少し遡り、レイルの街西側では、グレンたちが追い詰められていた。

街の人間や孤児院の子供たちを庇うことで削りに削られたグレンとレオナは魔力も枯渇状態に近く、肉弾戦でなんとか踏みとどまらせていた。


「おい! お転婆、てめえは戦うな、踊って魔力を戻せ!」

「そんなことしてるうちにアンタがやられるでしょ! それに……ぐ!」


エーテの蹴りがレオナの肩にめり込み、吹っ飛んでいく。


「おてんば! ちい!」


エーテはグレンを無視して壁に激突し座っているレオナを目指し駆け出す。


(コイツ、アタシの踊りを見てからは執拗に距離を詰めてくる……! ただのバカじゃない!)


エーテの壁を砕く一撃を必死に躱すレオナ。

エーテの背後からグレンがわずかな炎を纏い殴り掛かる。

が、エーテはそれを無視し砕けた壁の破片を握り、遠くにいる子供たちに向かって投げようと構える。


「! やめろぉおお!」


拳の軌道を変え、エーテと子供たちの間に割って入ったグレンの背中にエーテの投げた石が突き刺さる。


「く……そ!」

「グレン!」


エーテは何事もなかったかのように、壁の破片を拾い、再び子供を狙い始める。

恐らく最も効率が良いと判断したのだろう。


「や、やめてぇええええ!」

「くそがぁああああ! こうなりゃ……!」

「美しくはないね」


グレンやレオナ、そして、街の人々の叫び声が飛び交う中、凛としたその声は妙に響き渡った。


それは強者の持つ何かなのかもしれない。


エーテも動きを止め、彼を見ていた。


「美しくないよ、グレン君。『それ』はね。君も分かっているはずだ。いや、方法はあった。あったけれど、君には出来なかった。その結果がこの美しくない状況だ。分かるね」


クグイ=スワンバルドが立っていた。

ただ立っていただけなのに。

誰もが目を惹かれていた。

エーテさえも。


「君がカイン君の隣に並ぶというのなら、少なくとも僕よりも美しくいてほしい。」


クグイはグレンの目をずっと見ながら静かに語るように話しかけた。


「美しい理想の為に、泥と血と屈辱を被るんだ」


エーテは駆け出していた。

クグイに向かって。

しかし、誰もそのエーテを見ることはない。

薄く金色に輝く光を纏うクグイを見ていた。


「そして、磨け。己を限界の先まで」


クグイが剣を抜く。

構える。

振る。

エーテの手足が飛んでいく。


全ては台本通りだったかのように。

人々がハッと気づいたときには頭と胴体だけのエーテが横たわっていた。


グレンだけはその時もクグイから目を離すことが出来なかった。

クグイがすべてをグレンに見せようとしていたと分かっていたから。


「〔嫌悪ヘイト〕を応用した魔導具……身体強化、カウンター、魔法で生み出した光を極限まで鋭くした魔法の剣……【魔導騎士】の二つ名にふさわしい凝縮された『技』でした」


グレンがそう言うとクグイはふっと微笑み膝をつく。


「クグイ……さん!」

「ああ、さんはいいよ、グレン君。一撃で沈める必要があったからね。流石に、魔導具二つと最上級魔法の同時行使はキツイ……!」


そういいながらもクグイは再び立ち上がり、声を上げる。


「けが人はいないか!? いれば、こちらに連れてきてくれ! 上級冒険者、もしくは、兵がいれば、四肢を奪ってはいるが念のため、鉄人形を拘束してくれ! ……さあ、グレン君、レオナ君もこれを」

「これは……?」


クグイが渡してきたそれは術式が刻まれた紙だった。


「ひどい傷には赤い紙を、それ以外には青を貼るなり巻くなりしてくれ。聖母が癒してくれるってさ」





同時刻。レイルの街東側。


「はあっ……! はあっ……! は……!」


マコットは崩れ落ちた。

自身の全魔力を込めた廻龍砲カノンを外してしまった。


目の前にはアントンの頭を掴み盾にするエーテ。


「馬鹿野郎……! マコット! な、んで外した……っ!」

「ででででも、アントンさんが……!」


アントンの足元には冒険者たちが転がっていた。


「ごめんなさいごめんなさい!」

「……マコット、もう謝るな。……謝らなくていいから、逃げろ!!」


アントンは血だらけの腕でアントンの頭を掴むエーテの手に絡みつき抵抗する。


「あがああああ! い、け! マコット!」

「で、でも……!」

「ち! でもでもでもでも、言い訳いくつ集めても奇跡も何も当たらねーんだよ」


後ろで聞こえる声に、マコットが振り返ろうとするとその女は風のように横をすり抜けていった。

後姿はあのコンテストで見た騒がしい小柄な少女だった。


「が……あ、んたは……インフ!」

「おっさん! 歯ぁ喰いしばってもうちょい耐えとけ! すぐ助ける!」


インフはコンテストの時の薄紫の薄手のワンピースとは真逆の真っ黒な厚手の服。

それに刺した細長い瓶を抜き取ると地面に叩きつけ踏みつける。

すると、インフの靴が輝き始めとてつもない加速を見せ滑走する。


「ふふ……『静なる靴』の試作貰っといてよかったわ!」


一瞬で間合いを詰めたインフは迎撃の為に拳を突き出さんとするエーテに向かって何かを投げる。

そのものに危険を感じたエーテは迷わず拳を振り抜くが、パリィンという破砕音と共に液体が零れ、エーテ達にかかる。


「ぐ、あ……ああ!? た、助かった!」


頭を掴まれたアントンだったが、液体がかかるとずるりと頭と指が滑り、抜け出すことに成功し、はいずりながらもエーテから距離をとる。


「へ! 高級我慢蛙オイリーフロッグの油は最高だろう! かーらーの! 強魔薬!」


アントンがエーテの手から抜け出したその瞬間に、エーテの背後をとったインフは振り返りざまに先ほど足元に投げつけた瓶を数本エーテに向かって放り投げる。

それらはエーテに当たることなく地面へとパリンパリンと落ちていく。

すると、その地面に落ちていた黒い何かが揺れ始める。


「さっきあんたの足元に置いといたソイツはな、咬付草カミモザの種と卵土だ。強魔薬によって覚醒した卵土が一気に養分を種に送り込む! さあ、草生やせ!」


エーテの周りにある土が割れ、咬付草が急速に生え伸び始める。

そして、咬付草はエーテに葉の表面を向け、次々に咬み付き始める。

足元は何十という草に咬みつかれ罅が入り、エーテは崩れ落ちる。


「まだまだ! 焔錠フレアロック!」


インフの投げた何かから身を守ろうと腕を交差したエーテのその腕を捉える手枷が燃え始め、エーテの腕がゆっくりと熔ける。


「あっはっは! 燃え~! 我慢蛙の油はよく燃えるっしょ! とどめ! 火喰氷針チルカドット


指に挟んだ水色の針をエーテに投げつけると、針はエーテを覆う炎を吸いながら大きな白い氷となってエーテを固めていく。


針通す一指スティングレイ


禍々しい鎧指輪がつけられた人差し指がエーテの顔面を貫く。

そして、エーテはそのまま倒れこみ動かなくなる。


「すすすすごい……」

「おい、あんた」

「ははははい!」

「他人の影に隠れていたいんなら、自分の家の自分のお部屋で一人で隠れてな。他人の正義に振り回される影野郎は居ない方がマシだ。」

「ああああああの……」

「……少なくともあの人は、善悪で助けない。助けたいから助けるんだよ。ちゃあんと自分で決めて、な」

「……!」


マコットはその言葉に俯き自分の影を見つめ続ける。

揺れる影は何も答えることはなかった。

マコットのその姿にため息を吐いたインフはアントンに向けて紙の束を放る。


「……っと、これは……?」

「けが人みんなに貼ってやりな。大怪我には赤。それ以外には青。おい、あんたも手伝いな。今は見ろ。あんた達の戦いの結果を」

「は、い……」


青褪めた顔のマコットは紙を受け取り、震える手で冒険者たちの怪我に紙を貼っていく。


「おーい、ディー貼り終わったぞ。マァマによろしく」

「マァマ?」



「マァマって、マァマ=ノトーモ様ですか?」

「ああ、彼女は今、街のみんなの治療のために街の中心部にいるはずだ。」


レオナの言葉にクグイは魔法薬を飲みながら答える。


「中心部に? じゃあ、グレンたちをそこに!」

「いや、彼女は怪我人を動かすべきではないってね。レイルの街くらいなら彼女の範囲内だ」

「え? どういう?」

「【ヌルドの聖母】のお手並み拝見だ。ディー準備いいよ」


クグイがそう伝えると、グレンたちに貼られた紙が輝きだす。


「これは……治癒魔法?」

「魔導具を介して痛みを感知し、それに適切な効果の治癒魔法を送る。美しい……こんな繊細でやさしいことが出来るのはマァマ=ノトーモ、生活魔法を極めた【人生の魔女】くらいのものさ。だから、今は感じ学ぶといい元【マシラウの聖女】」


クグイの視線の先には、奥歯を噛みしめながら自身の身体を癒す光を見つめるレオナがいた。


「はは……ヌルド王は『ワシの活躍の場が減った』って怒ってるらしい……流石の自由人だね……っと、ディー急に大声出して、どうしたんだい? …………え?」




「はあああ! 嘘だろっ! くそっ間に合わねえ!」


インフが急に血相を変えて振り返る。

その鬼気迫る表情にアントンは一瞬息を吞み問いかける。


「ど、どうした! インフ、さん!」

「うるせえ! 全員! 伏せろぉおおお! エーテが、爆発するっ……!」


インフの叫び声が響き渡り、それをかき消すような……轟音。




全ての音を奪い、広がる暴力の塊。







その日、三つの強烈な青白い悪意がレイルの街を蹂躙した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?