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四部38話 レイルの街に雪、ところにより雨が降りましたとさ

エーテによる爆発の青白い光が放たれたのは三箇所だった。


レイルの街の西側、そして、東側。

レイルの街正門から少し離れた場所。


激しい爆発だったにも関わらず、死者はいなかったのは、その場にいた強者達のお陰だろう。

西側のクグイは〔引き寄せる星〕と呼ばれる魔導具を破壊するまで酷使し、出来るだけの衝撃をクグイに集めた。

東にいたインフもまた全てを使って生み出した〔流動〕の魔力により衝撃を可能な限り緩和させた。

正門から離れた場所ではヌルド王が大気の壁を作り出し正門が大破するまでに留めることに成功していた。

そして、街中心部で治癒魔法を行使していたマァマは、魔導具を用いたピンポイント治癒を諦め、全魔力を込めて範囲回復魔法を放ち、生死の境に立っていたものを無理やりたたき起こした。


重傷者多数、安全区域に避難できていたと思っていた町の人々も半数以上が軽傷を受けていた。


しかし、それでも、死者がいないことは奇跡だった。

レイルの東西の瓦礫の山を見ればそれは明らかだろう。


この奇跡を起こすことに特に貢献した者は三人だろう。

まず、裏門と呼ばれるタルト・シア側で、全員に退避・防御連絡を伝えきった森人族のダム・ディー兄弟。


二人は、エーテを拘束した後、レイルの街での連絡役を買って出た。

二人が連絡の為に広げた魔導具は、タルトもよく知るアレに似ていた。


「戦盤?」

「その通りー! けど、これは特別製なのさー!」

「ディー……繋ぐぞ……」


ダムがディーに渡したそれもまたタルトには見覚えがあるものだった。


「それって茨の冠ドルネクロネじゃあ……!」


エンジョとの戦盤対決で用いられた戦盤の状況がそのまま打ち手の痛みに代わる悪趣味な魔導具に似ていた。ただ、その冠にはそれぞれ一輪の薔薇が咲いていた。

そして、よく見ると戦盤の周りにも薔薇が巻き付いている。


薔薇の輪リング・ア・リンク・オ・ローゼス……これは、茨の冠に似てはいるが違う……戦場を体感する魔導具だ……」

「戦場を、体感……」

「戦盤とこのレイルの街を繋げるリンクさせる。そして、この冠を被ったものは同じデザインの指輪を嵌めたものの五感と繋げるリンクさせることが出来るのさー!」

「つまり、この戦盤の上に指輪を嵌めた奴らの情報を集め、小さな戦場を作る……。そして、その状況を俯瞰で見ながら、指示を出すんだ……」

「え? でも……五感を繋げるって……」

「さてさてー! 一刻を争う状況だからねー! お話はここまででー!」


ダムとディーは冠を被り、互いの手を繋ぎ、空いた手で戦盤を掴む。


「「薔薇の輪を繋ごう、この懐に他人者ひとの心を、握手を、握手を、皆で穴へ」」


ダムとディーの二重詠唱で薔薇の輪が輝きだす。

そして、いくつかの魔素で作られた駒が浮かび上がる。

大きな五つの駒のうち三つはクグイとインフとマァマだろうか。

そして、小さな駒が十数体動き回っている。


「あーあー! みんな聞こえる!? 君たちとは聴覚のみ繋いでいるけどこっちは全部繋いでいるからねー! 変なことしてたらばれちゃうよー! っぐが!」


ディーがうめき声をあげた途端、頭から血が流れる。


「デ、ディーさん!?」

「五感を繋ぐからねー! 痛みも多少肩代わりしてあげられるってわけさー! ……さあ、いこうかー!!!」


ディーの鬼気迫る表情に見向きもせずダムは黙々と指示を出し続ける。

そのダムも時折、顔を歪める。

しかし、ディーは横を見ない。

ただただ、手を繋ぎ前を見て指示を出し続ける。


そこからはタルトは一言も発さず森人の兄弟を見ていた。

膨大な魔力を使い、二人は痛みを感じながらも的確に指示を出し続けるその様子にタルトは魅せられていたのかもしれない。


「西側、クグイ勝利―!」

「東側、インフによってエーテ沈黙確認……」


ほっと胸をなでおろすタルトに二人がそろって声を掛ける。


「「カインに繋いで状況確認を」」

「は、はい!」


タルトは慌ててスマートマホーンを繋ぐ。

唇を嚙みながら、タルトは自分の頭を殴りつけたい衝動に駆られる。


(馬鹿だ! ワタシ! 出来ることがあったのに! なのに!)


『こちら、カイン』

「ほぎゃ! カインさんご無事ですか!? あ! タルトです! ご無事ですか!? あ! そ、そちらにヌルド王は!?」

『いるぞ! こっちの鉄人形はもう戦える状態ではない。そっちは?』


突然のヌルド王の大声に思わず後ずさるココルだが、慌てて返す。


「ほぎゃあ! 王! え、えーと! 森人族のディーさんダムさんのお陰で無事です! じゃなくて! 王様! は、早くお戻りを! 出来れば、カインさんも!」

『わかったわかった。ほかの状況は?』

「はい! 現在は……」


タルトのスマートマホーンから漏れるというより飛び出してくるヌルド王の大声にダムとディーは苦笑いを浮かべる。


「流石、ヌルド王だねー!」

「伊達にこの自由なる国をまとめていないか……」


その声を聞き俯く雪の国の姫は自分の手の平を見つめた。


「シアさん」


気づけば、タルトが近くにいた。


「タルト?」

「強くなりましょう、ワタシ達、もっともっと」

「……うん!」


シアとタルトは、痛みに耐えながら、勝利を伝え士気を上げ続ける深緑色の髪の兄弟の背中を見つめていた。


「っと、また、連絡だ。正門付近の……どうした……? 【小さな手】のココルが……?」





この戦いの功労者、そして、大惨事となる爆発から救った恩人といえるのは間違いなくすべてを繋いだこの兄弟だろう。

そして、正門内部のエーテと戦った魔工具ツールの美女だ。


爆発の兆候が最も早かったのは正門内部のココルのところだった。

ヌルド王が走り抜け、エーテの半身が砕けた。


「もう大丈夫だろう! あとはまかせたああああぁぁぁぁぁぁ……」


と、走り去っていく裸の男に誰もが驚いていたが、すぐさま壊れたエーテに意識を向ける。


右足も破壊され、まともに立つことも出来ない。

右腕もない為、戦闘もままならないだろう。


兵たちが取り囲み長槍でエーテをけん制する。

エーテは先ほどまでの暴れっぷりが嘘だったかのようにおとなしかった。


ココルは首を傾げた。


(諦めた? そんなはずは……これは!)


ココルが魔工具であったこともあるのだろう。

エーテが不自然な振動・発熱、そして、何より魔力の増大を見せていた。

距離を取りながらも即座に〔精査スキャン〕の術式を接続させ、エーテの状況を見つめる。


「これは……〔遮断〕の術式。強制的に術式経路が切られている……。成程、行き場を失った魔力が暴走して爆発するという寸法ですか」


エーテの魔力は魔臓炉と呼ばれる機関で作られていることは国の【遺物の工場】調査で明らかになっている。

その魔臓炉で作られた魔力はエーテが動くために各場所へと術式経路を通り送られる。

しかし、突然、エーテの術式経路が遮断され、堰き止められた魔力が魔臓炉で膨らみ始めたのだ。

そして、それはほかの人々の目にも映る。


「ココルさん! これは!」

「爆発の可能性があります! これが暴発すれば、この街は……すぐに退避を!」


ココルは無表情のまま、素早い動きで鍵盤に指を走らせる。

エーテの状態を見極め、遮断の術式を少しずつ取り除いていく。


(早く終わらせてカイン様の元に行かねば)


エーテを動かすほどの異常な魔力量が爆発すればカインであればひとたまりもないだろう。

ココルは今までにないほど焦っていた。


その焦るココルの傍で魔導具を構える門番たちがいた。


「あなたたち……!」

「わ、我々が魔防布で囲みます! ココルさんは続けてください!」


ココルのやっていることが爆発を止めることにつながるのだろうと判断した門番たちは、魔防布でココルを守りながら、爆発の影響を最小にすべくエーテを囲む。


ココルは無表情で驚きながらも、鍵盤を叩く。


(これが、きっと、カイン様の……)


ココルは鍵盤を叩きながらも、自分の中心にある核に何かが溢れていくのを感じていた。

そして、その何かがエーテの術式もまた自分の中に流れ込み、より深く正確に理解できているように感じた。


(これは……一体……?)


誰かに背中を押されながら走るような感覚で、ココルは鍵盤を叩き続けた。

そして、エーテの暴走はゆっくりと終わりをつげる。


「こ、ココル、さん……?」

「もう、大丈夫、です……」


熱を持つ身体を冷まそうと大きく息を吐くココルだがはっと気づき、門番の男に声をかける。


「各所に連絡を! エーテは自爆の可能性があると!」


その声に殴られたように慌てて振り向いた門番たちは急いで連絡を繋ぎ始める。

途中からやってきていた王の護衛も誰かと話している様子だから恐らく、すぐに伝わるだろう。


(カイン様にも連絡を……!)


その時ココルがいつも通りだったかと言われればそうではないだろう。


もたもたしていれば、カインに何かあるかもしれないという焦り。


停止したエーテ。


沢山のレイルの兵達。


自身の損壊具合。


それらが重なり絡まり普段であればあり得ない状況を作り出してしまう。


ココルが行ったことは体内にある魔素の流れ、魔力を遮断し、暴発させようとした魔臓炉に対し遮断された道を繋ぎ再び魔力が逃げ出すことが出来るようにすることだった。


いつも通りならこんなことはしなかった。


魔力が流れれば、エーテが動き出すなんて当たり前なのに。


『巻き込むことは出来なかったが、てめえが死ねばアイツは泣くだろうな』


忌々しい男の声が聞こえた。


エーテの中から。


スマートマホーンを持ったココルが視線を動かす。


エーテが視界から外れていく。


背後に回り、腕を軋ませながら絞る音がする。


(カイン様『は』……か。そして、人死に『は』……必ず、守ってくださいよ、ぽんこつ棒人形の主)


兵たちの叫び声と金属の不協和音がレイルの街正門で木霊し、続くように、レイルの街の西、東、そして、遠くから近づいてくる爆発の音が鳴り響いた。


「ココル……?」


カインはヌルド王の大気の壁で爆発の直撃は避けられたものの、そのままレイルの街の外壁に叩きつけられ、レイルの街に放り投げられるように飛び込んだ。


うつ伏せに倒れたカインの手元にはスマートマホーン。


一瞬、震えたカインのスマートマホーンからの彼女の声が聞こえた気がして顔を上げ、


「ココル……? ……ねえ、ココ、ル……?」







その日、レイルの街では雪が降った。


三体のエーテの魔力暴発や激しい戦闘と空の魔力の流れが偶然に嚙み合ったのだろう。

明日には止むだろうその魔雪がレイルの街に降り注ぐ。


魔雪を直接浴びぬよう人々は肩を寄せ合い、瓦礫の下で眠れぬ夜を過ごす。


レイルの街にとって恐怖の存在、死神に等しい存在である鉄人形が現れた。


そして、レイルの街を破壊しつくし、悪夢は終わったかに思われた。


が、その後、赤く染まる大地に並び立つ死神の姿を見て、人々は泣き叫ぶ。


『いいか! レイルの人間! そして、ヌルド王! こちらにはまだ20以上の鉄人形がいる! 抵抗しても無駄だ』


少し前まではレイルの街のお尋ね者だったはずの男の声が響いている。


『だが、優しい俺はお前らに猶予をやろう。お前らが英雄とあがめる馬鹿、カインを俺に差し出せ。そうすれば、お前らの命だけは助けてやる』


レイルの冒険者ギルドで異例の降格を受けた男の声が響いている。


『差し出さなければ、命はない。ああ、ホワイトスノーの姫は助けてやる。俺を楽しませてくれるのなら、な』


レイルの街で英雄の恋人を奪った男の声が響いている。


『さあ! カイン! お前のせいで街は危機だ! 街の人間共よ、カインのせいでお前らは命を脅かされている! 疫病神だな、その男は。低ステータスの弱者、何があのたす! 誰も助けられねえじゃねえかよなあ!』


レイルの街で一人の魔工技師の力のなさを笑った男の声が響いている。


『お前の大切な大切な道具さえも、お前は守れなかった。お前は、弱者だ。そんな奴を庇うべきかどうか、ゆっくり考えてくれ、レイルの人々。そして、ヌルド王よ』


レイルの街でパーティーから黒髪のぼおっとした男を追放した男の声が響いている。



『その男を、追放しろ』



死者はゼロ。

しかし、傷跡は深く大きい。



降り注ぐ赤に染まった魔雪を身体に浴びながら、カインは聞いていた。

バリィの言葉を。



白と黒に染め直された夜、魔導灯ではない松明の薄暗い光に照らされながら、カインは見ていた。

動かなくなったエーテと、胸に大きな穴を空けて何を話しかけても答えない魔導具ツールを。



いつも、彼女は無表情だった。


でも、カインには分かった気がしていた。


彼女が何を伝えたかったかを。


今も彼女は無表情だった。


でも、今はカインには分からなかった。


彼女が何故今応えてくれないのか。


分かりたくなかった。


何故。


何故。


何故。


世界はこんなにもやさしくないのか。


カインは泣いた。


彼女が助けてくれた『あの日』よりもずっとずっとカインは泣いた。


魔の雪がふる。


レイルの街に。


魔雪は魔力の残滓だ。


雪のように解けて水には変わらない。


でも。


壊れた魔導具の冷たい頬は濡れていた。


守りたかった男の涙で濡れていた。


明日にはやむだろうか。


明日には。


明日には。

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