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四部46話 のんびり亀さんは怠惰に激務をこなしましたとさ

「馬鹿な……20体のエーテが全滅……だ、と……?」


茫然とした顔でバリィは言葉を溢す。


「くそっ! くそ! くそが!!! ……はあっはあ!」


バリィが激情のままに地団駄を踏み息を切らすほどに暴れる。

その様子を見て慌てて火傷の少女はバリィから離れ、逆にフリーダはそっと近づき抱きしめる。


「フリーダ……!」

「まだ。まだ、大丈夫でしょ。まだあたしたちの策は終わってない」


フリーダがそう告げると、バリィはハッと何かに気づいたように顔を上げ、フリーダの方を振り返る。

フリーダが妖艶に微笑むと、バリィはいてもたってもいられずフリーダの唇を奪う。

深く長い口づけに火傷の少女が顔を真っ赤にさせ誰に咎められるわけでのないのに、おろおろと周りをうかがう。

首元を掻くカインと一瞬目があい、カインの口元が動く。

(だ、い、じょ、う、ぶ?)


少女は首をぶんぶんと縦にものすごい勢いで振るとカインは指を首元から口に動かし、バリィたちを刺激しないように静かにと指示を出す。

そうしている間に、漸くバリィとフリーダの長い口づけが終わり、自信を取り戻した様子を見せるバリィがフリーダの頬に手を添えささやく。


「やはりお前は最高の女だ。俺にはなくてはならない。カイン、お前にそんな女が居るか? あんな傲慢な雪女でも、壊れてしまうようなぽんこつ女でもなく、聡明で美しい女が」

「いる、よ。シアも、ココルも、素敵だけど。ウチにも居る」

「はっはっは! なら、確かめてみようか。力比べじゃなくて知恵比べでな……! 正面20体のエーテは確かにやられた。だが、エーテが正面だけとは言ってないよなあ? そうだ……エーテは、まだ、居る。10体のエーテが、な。正面に回復が間に合った主力全部ぶち込んだ馬鹿に何が出来る!?」


バリィは、愉快そうに笑いながら指を鳴らす。

すると、レイルの街が映り、そして、ぶつりという音と真っ暗になった。


「「ん?」」


フリーダとバリィが同時に目を丸くする。


『こちら、アントン! 北区蠍通りのエーテを撃退!』

「「んん?」」


真っ黒な画からその声が聞こえ、フリーダとバリィは同時に首を傾げる。


『おい! 自爆防止用の吸魔水ぶっかけるの忘れるなよ! というわけで、これで10体すべてのエーテ撃破だ! タルトの嬢ちゃん!』

「「はあああああああああ!?」」


バリィとフリーダの絶叫が響き渡る。

その一日前のこと。


【小さな手】の頭脳、タルトを中心に作戦が立てられていた。


「この作戦は……いや、しかし……」

「なあ、タルト殿、これはあまりにも無茶じゃないか」


クグイとヌルド王の右腕ハニキヌが納得できないような顔で唸っている。


「無茶ではありません。これがベストです」

「しかし……!」

「クグイ、タルト、なら、大丈夫。だよね?」


尚も食い下がろうとするクグイをカインが止め、タルトの方を見る。

そして、タルトはカインの目を見ながら大きく頷く。


「はい」

「……わかった。君に従おう。私も、皆も」


そして、一時間後、タルトたちの目の前に、レイルとマシラウの冒険者、ルマンの使用人達、ヌルド王とその護衛部隊、何割かの街の人々、総勢百人以上の面々が集められた。


「皆さん! 今から皆さんはヌルド王の名の下に私の指示で戦っていただきます! まず、入り口で渡された紙に従い、部隊を作って頂いたと思います。それが私の鑑定で皆さんの能力を調べ考えたベストの部隊です。皆さんは今から基本五部隊で一体、エーテに当たり対応していただきます」


タルトの作戦に関する説明によって不審な顔をしていた者たちも徐々に強く頷き始め、最後には彼女の作戦を成功させるべく積極的に質問さえも行い始めた。

そして、グレンが広場での戦闘を始めた頃、レイルの街各所でも戦闘が始まった。


『まず、第一部隊、これを盾兵隊とします。盾兵隊の目的はエーテの足止め、及び、脅しです』


「これでも、くらええええええ!」


【白銀の針】のリーダー、マロンマは『針竜の外套』で防御に徹していたが、突如、魔力を込め、マントについた針を伸ばしエーテを強襲した。


『エーテの模写したステータスの人間はカインさんから聞いたところ、臆病で奇襲に弱いとのことでした。なので、出来るだけ防御に専念し相手を調子づかせたところで反撃を。それが出来るメンバーを選びました』


エーテは、突如伸びる針に驚き後退する。

それを見てマロンマは、ニヤリと笑い、叫ぶ。


「次、任せたぞ! 槍兵隊!」

「おうよ!」


【レイル救出隊】が隊長アントンを中心にエーテの逃げようとした道のわきから飛び出し、一突きを見舞う。

エーテも一撃食らいながらもなんとか態勢を立て直し迎撃の準備を整えるが、アントン達はすぐさま撤退をし始める。

エーテが追いかけようとするが、アントン達に追いつくことがなかなかできない。


「はっはっは! どうだい、効くだろ? 【小さな手】の黒い魔工技師の作った毒はよ」


『第二部隊、槍兵隊は奇襲に驚き逃げるエーテに、マコットさんが作り出した毒の一撃を。深追いをする必要はありません。とにかくその一撃を部隊のエースが当てるために動いてください』


自身が弱体化していることに気づいたエーテが逃げ出そうとするが、うまく動けず転んでしまう。

見れば足元に魔力が敷き詰められている。


「レイルの街婦人会参上! さあさあ、この水を喰らいなさいな!」


レイルの街の女たちが桶に入った水をエーテに向かってかけ続ける。

それは〔潤滑〕の術式が付与された水で、エーテの足を滑らせる。


『第三部隊弓兵隊は、出来るだけ距離を保ちつつエーテの進路に〔潤滑〕付与の水をとにかく撒いてください。エーテを滑らせることが出来れば理想ですが、重要なのはエーテの動きを封じることです。そして、第四部隊魔兵隊は……』


転んだエーテに影が被さる。見上げると、マシラウのトップ冒険者エフェシエ達が魔力を高め全体重をかけた攻撃を見舞おうとしている。


『ぶっ潰してください』

「うおりゃああああああああああああああ!」


魔法や投げナイフといった攻撃がエーテに次々と当てられ、エフェシエの大槌の一撃がエーテをぐしゃりと叩き潰す。

満足そうに額の汗を拭いエフェシエはタルトに話しかける。


「タルト! あんたの作戦見事にハマったね! 流石だよ!」


五部隊それぞれがたった一つの役割を果たし、繋げ、撃破する。

事前に聞かされていた作戦通りに事が進みエフェシエは驚きながらもタルトを称賛する。




「ありがとうございます。エフェシエさん。では、次の地点へと向かってください」


タルトはエフェシエの言葉を素直に受け取りながらも、その目はせわしなく動いていた。

タルトが見ているのは、複数の戦盤だった。

その様子を見ながら森人兄弟のディーとダムは口を開く。


「多面打ちってやつだねー!」

「しかし、あれは……」


本来の多面打ちはそれぞれ盤上毎の駒で勝負する。だが、


「アントンさん、西側線路通りに移動してください。エフェシエさんは東側青馬通りである程度力を貸したらそのまま北側獅子通りへ」

『『了解』』


タルトは、別の盤上から駒を移動させて勝負に参加させる。

もちろん、今現在行われているのは遊戯ではなく戦いだ。

至極真っ当なやり方ではあるが、今、彼女は64個もの盤面を見つめながら指示を出しているのだ。

目の前に8×8の盤をずらりと並べ、各所に指示を出し続けている。

その異常な光景に森人兄弟も笑うしかない。

しかも、彼女は薔薇の冠をつけていた。


薔薇の輪リング・ア・リンク・ローゼス


森人兄弟が先の戦いで身に着けた五感を共有する魔導具。

それは情報共有としては最善のものであるが、痛みも共有してしまうため、今タルトは各リーダー十数人の痛みを共有している。

タルトは、それだけの人々との痛みを共有しながらも一歩も動かなかった。

ただ、ひたすらに思考し指示し続けた。


「水とスィの実を」


タルトがそう告げると、ルマンの使用人が間髪おかずにタルトの右脇に静かに置く。

タルトは盤面からは決して目を離さず、スィの実を齧り、水を口に含む。


今、ただただじっと人を動かす為だけにタルトは生きていた。


広範囲鑑定ワイドレンジアナライズ


ぼそりとそうつぶやくと街は雷が落ちる直前のように光が一瞬奔る。

しかし、落雷の音が鳴り響くことはない。

タルトがほんの一瞬だけ街全体に広げた鑑定魔法だった。

スィの実による魔力増強によって街全体まで広げられた鑑定魔法でタルトはエーテの位置を把握し、次の配置を考え始める。


その思考は一瞬。


誰よりも動くことをせず、思考以外の行動を放棄した彼女は、誰よりも痛みを引き受け、誰も傷つかせまいと頭を動かし続けた。


「ズッハ隊、北側水瓶通り、エーテを確認次第報告を」

「ルゥナ隊、北側水瓶通りと蠍通りの交差地点で待機」

「【緑の手】、西側剣通りで待機。毒の一撃を準備」

「【白銀の針】回復完了次第、東側黒猫通りから南へ向かうエーテを足止めしてください」


誰よりも早く見つけ、誰よりも早く思考し、誰よりも早く指示を出す。


「「ニカルサの極み、だな(ねー!)……」」


森人兄弟が最大の称賛をタルトに贈る。


(あんたはやっぱりすごい奴だよ。タルト!!!)


タルトの指示を聞きながら、エフェシエは大きく笑う。


マシラウの街で鈍間と罵られていた彼女は今誰よりも早い思考で街中を駆け抜け、恐らく、誰よりも早く10体のエーテを葬ってみせるのだった。



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