『くっそ! 弱体化だと……
バリィの命令で、エーテ達は中央広場から逃げ出そうと〈
しかし、突き抜けようとしたその先で何かにぶつかり行く手を阻まれる。
「あああああの、逃げられると思わない方がいいですよ。あの人からは」
マコットがそういいながら泥の壁を消し去ると、エーテ達の視界に現れたのは、巨大な氷の宮殿だった。
「ようこそ、氷の宮殿へ。出迎えが遅くなってごめんなさいね」
声の主は大きな階段の上で氷の椅子の一つに座りながら、エーテ達を見下ろしていた。
『白雪鬼……!』
バリィにそう呼ばれた髪も肌も恐ろしいほど美しく白いシアは儚げな微笑みを浮かべながら口を開く。
「さあ、処刑の時間よ。命乞いの暇は与えないわ。舞いなさい〈
シアが指でとんと椅子を叩くと、宮殿の床に氷の絨毯がひかれていく。
その絨毯に危険を感じ、エーテが離れようと絨毯を蹴ると、ものの見事にエーテ達は足を滑らせる。
『な……! どういうことだ?』
「カインさんの〔流動〕を混ぜ込んだ氷の絨毯よ。逃げ出そうなんて許可しないわ。さあ、精々私たちを楽しませるために踊りなさい。あの女のように」
シアは自分の母であった女が贖罪の舞を踊らされた時のことを思い出していた。
シアは幼少のころから母親に命を狙われていた。
理由は、美しいから。
ただそれだけでシアは命を狙われた。
雪のように白い肌、血のように赤い唇、夜のように黒い髪。
誰もを魅了する美しさ。
それを持って生まれたが為にシアは命を狙われ、三度命を落としかけた。
そして、シアは、髪も心も真っ白に変わり果て、凍てついた心を持った氷の姫君となった。
笑うことも泣くこともない彼女の心許せる友達は心の中にいる小人たちだけだった。
そして、母親の謀によりその小人たちと共に永遠の眠りに、心だけでなく身体を冷たく、死に向かおうとした時、現れ救ってくれたのが黒髪の魔工技師だった。
シアは彼に感謝した。
ああ、これであの女に復讐する機会を得られたと。
シアは、母親を殺すつもりだった。
シアの葬儀でわざとらしく泣き叫ぶ女を。
だが、女の企みを阻んだ黒髪の魔工技師によってシアの企みもまた阻まれる。
魔工技師は、術式により熱を帯びる靴で、熱さに泣き叫び不格好に踊るようにドタドタと暴れた。
シアが再び笑ったのは、その時だった。
大粒の涙を流しながらシアは笑った。
『あの人に、支配される、人生、は、もう、終わりだよ。君は、君の人生を、生きた方がいい』
そうだ。
幼いころから命を狙われ、死を覚悟し、心を凍てつかせ、そして、あの女の死を目的として生きる。
それは全て、あの女に縛られたままの人生だ。
あの女に踊らされる人生ではないか。
シアは笑った。
ほんのりと灯る自分のあたたかな感情を感じながら、黒髪の魔工技師を見て笑った。
それからのシアは我儘な人生を歩み始める。
父王の心からの謝罪を盾に王族でありながら冒険者として生きることを決めた。
皮肉にもあの女の毒によって手に入れた膨大な魔力で、たった一人で数々の偉業を成し遂げた。
そして、好きな人を追いかけ続けた。
我儘な人生ではあったが、その全てが許される、美しさ、威厳、気品、彼女から溢れる何かがあった。
そして、今の彼女が我儘に求めるものは『
エーテ達は氷の絨毯により、足を取られ滑りよろめき転びぶつかり、どたばたと滑稽劇のような動きをシアに披露し続けている。
「あははは! もっともっと踊りなさい! 不格好に、情けなく踊りなさい!」
狂気の宿ったその目は、いつものシアではなく恐らく心の中にいる小人の仕業だろう。
残酷に残忍に、氷の絨毯を操り少しずつ凍てつかせながら、エーテ達に死の舞を躍らせる。
『くそ! 白雪鬼! てめえ!』
「ボキャブラリーが少ないお方ね。耳を貸す価値もないですわ」
「そうそう、ほっとけ。そんな馬鹿」
「モットモットオドレクルシメワラワセロ」
「ああっ……! みっともないわね……! ふふふ……!」
「でも、もうあの子は帰ってこない」
「……」
矢継ぎ早に人が変わったように次々に言葉を紡ぎ続けたシアが突如口を噤む。
そして、冷たく凍てつくような視線でエーテ達を見下ろす。
「もう飽きた。終わり」
そう子供のように言い放つと氷の舞踏会場の柱という柱がすべて消え失せる。
『ま、まさか!?』
エーテが上を見上げれば天井にひびが入り、塔のように高くそびえたっていた宮殿の屋根全てが落ちてこようとしている。
「〈
グレンに壊され、マコットに弱体化され、シアに遊ばれたエーテ達では防げない圧倒的な暴力が彼らを踏み潰そうと迫る。
『に、逃げろ! 逃げろ!』
バリィの悲鳴のような叫びに従うようにエーテ達がシアのいる大階段に向かうが、よく見れば階段はなくなり坂、というよりも、壁がそびえたっている。
「逃げることは許さない」
『くぅ……く、くは……はっはっは! ならここまでか! てめえら全員巻き込んで……』
エーテが魔力を高め始める。レイルの街を蹂躙した自爆の技を放とうとする。
が、魔力の炎は高まることなく少しずつ薄れていく。
「自爆することも許さない」
『は?』
「この舞う吹雪と氷には大量の吸魔草の汁を混ぜ込んであるわ。だから、絶対にあんな愚かな自爆は出来ない、させない、許さないわ」
エーテ達が吹雪にさらされ徐々に凍り付き動かなくなっていく。
そして、一方で〈墓氷〉はどんどんと大きくなっていき天井は今にも崩れそうなほど巨大な罅が幾つも走り始める。
「これは、命令よ。冷たく静かに眠りなさい、永遠に」
『偉そうに……! 何様のつもりだ! お……!』
バリィがエーテを通し言葉を伝える前に、巨大な氷の墓標がエーテ達を圧し潰す。
「何様? 私は私。私は、あの女に勝って、あの人を手に入れたかったの。私の楽しみを減らした貴方達の罪は重い」
白い溜息を小さくもらし、シアは立ち上がる。
そして、エーテ達の死を確かめることも泣く去ろうとする。
「て、めええええ! 白いの! 俺とマコットが死にかけただろうがあ!」
グレンが炎を噴き上げながら氷を溶かし血みどろの顔を真っ赤にさせて怒り狂う。
「あら、その程度で死ぬならその程度ってことでしょう」
シアはふわりと微笑み再び歩き始める。
『シアさん、ありがとうございました』
「タルト、一匹でも残したら……許さないから」
『ほぎゃ!? だ、大丈夫です!』
「うん、よろしくね」
スマートマホーン越しにタルトと会話しながら崩れ去った宮殿を後に、白雪姫は颯爽と去っていく。
我が儘に、自分の向かいたい方へ歩いていく。