魔雪が降る瓦礫だらけの街を歩くボロボロの冒険者がいた。
男は、多くの冒険者と同じようにエーテと戦ってボロボロになったわけではなかった。
男は逃げた。
しかし、爆発に巻き込まれボロボロになる。
一晩どこかに身を寄せようと考えたが、一夜で金をほとんど使い切る男には金がなかった。
その上、男は皮肉交じりの歌が得意で誰もかれもをこき下ろしていた。
そんな彼を助けようというものはいなかった。
いつも彼の歌を聞いて笑っていた連中もいなくなった。
薄っぺらい絆だ、と彼は自嘲気味に笑った。
魔雪が降る。
冷たくはない。
だが、長く浴びれば何かしらの良くない状態になるだろう。
腹も減った。
何故だろうか。
寒い。
彼は震えていた。
寒い、そう思っていた。
この震えは寒さではないのだろうか、と。
ふと足を止める。
ほとんど崩れかかったような家からいい匂いが漂う。
人が多く集まって食事をしているようだ。
自分も、と男はそちらに足を向けるがすぐに立ち止まる。
そこから歩いてきた大柄の男に見覚えがあったからだ。
「よお、ギリス。どうしたそんなしけた顔して」
「アントン……」
ギリスは自分が馬鹿にしたアントンの顔を見るなり背を向けて駆け出そうとした。
が、腕をアントンに掴まれて動けないことに気づく。
「アントン……!」
「まあ待てよ、ギリス……一緒に食事でもどうだ。一緒にな」
アントンは笑っていた。
ギリスは思った。
今、自分はうまく笑えているだろうかと。
食事はおいしかった。
どの酒場で食べたものよりも、魔物を殺して喜んで飲んだ祝杯よりもおいしかった。
けれど、自分のすべてを否定された気がして、ギリスは少し皆と離れたところで一人ぼそぼそと食べていた。
「おい、なんでそんなところで食ってるんだよ」
アントンが声をかけると、ギリスはただ眉間に皺を寄せて呟く。
「おれみたいのがいたらみんな、飯がまずくなるだろ」
「そんなことねえよ」
そういいながら、アントンはギリスの横に腰を下ろす。
「なんでおれに声をかけた?」
「俺の尊敬するあの人なら声かけただろうから……っていや、違うな。いや、違わなくはないけど、それだけじゃない。昔、俺が故郷のことを思い出して泣いてた時、お前が声を掛けてくれた。『しけた面するな。世の中には面白いことがいっぱいあるんだぞ』って」
「魔物ぶっころそうって話したかっただけだ。そんなやつが魔物に怯えてこのざまだ」
「でもな、俺はな、救われたよ。故郷をぶっ壊したあいつらへの復讐かもしれないけど、それでも、俺の生きる糧になった。そして、あの人と出会えて、嫁も出来た」
アントンが照れくさそうに頬を掻きながら笑うと、ギリスは辛抱たまらなくなった顔で立ち上がり、叫ぶ。
「都合いい風に切り取るなよ! おれは! お前を馬鹿にした! 先に復讐をやめたお前を! 幸せになったお前に嫉妬して! なのに! なんでだよ! おれのことなんてほっといて、忘れて、幸せに生きればいいじゃねえかよ」
いつもの歌声のような気取って、それでも、どこか気品を感じさせる声ではなく、喉がつぶれるような絞り出した声でギリスはアントンに告げる。
「忘れねえよ。助けられた記憶は忘れねえ。少なくとも俺はそうしようと思った。そして、助けられた人を助ける。もし、そうなればさ、みんながみんなを助け始めるんだ。手を取って、みんなで。俺たちみたいな自分勝手に完結させる復讐以外にもあるんだ。幸せになる方法って、俺は、それをあの人に、追放されても誰かを助けようとするカインさんに教わった」
「アントン……」
「過去は消えないんだよ。良いことも悪いことも……まあ、良いことの方が消えて、悪いことの方を都合よく消してくんだろうけどな、ギリス」
アントンはギリスの方を真っすぐ見て言った。
「あの時、俺を助けてくれてありがとう」
「……やめろよ。情けねえよっ……オレはっ……お前に……ひどいこと、言って……偉そうに言って、逃げて、格好悪くて……礼を言われるような人間じゃっ……」
ギリスは泣いていた。
嗚咽交じりにアントンへ必死に言葉を紡ぎながら。
「ギリス、聞いてくれ」
アントンは困ったように笑い、そして、すっと真剣な目で話しかける。
「また、力を貸してくれ」
「あ、ああ……ああ!」
「とりあえず、今は食え。力出ないぞ」
「ああ!」
ギリスが飯を掻き込む。途中、詰まらせたのか咳き込み、嗚咽の声が漏れる。
アントンは見ないようにしながら、水を渡す。
「あったけえ……うめえ……うめえな……」
「そりゃあ、俺自慢の嫁の飯だぞ」
「自慢かよ」
「自慢だよ」
小さな湯気と魔雪が触れ、ふわりと魔雪はどこかに消えていった。
翌日レイルの街での攻防戦。
タルトが振り分けたのは五部隊だった。
エーテを足止めする盾兵隊。
毒で能力低下させる槍兵隊。
隙を作る弓兵隊。
強力な攻撃で倒す魔兵隊。
そして、僧兵隊。
「さあっ! 皆さん! 気合い入れて戦っていきましょうっ! 歌よ、勇気ある者たちに力を与えよっ! 応援歌〔万力の勇者に捧ぐ歌〕!」
魔導具コンテストをその声、美しさ、知性で魅了したモモ=リアゲイルが拡声魔導具で歌い始める。
すると、その歌はレイルの街を守る者たちの力に変わっていく。
「負傷者の方は、すぐ後方に下がって私たちの回復魔導具による治療を受けてください!」
マチネが孤児院の子供たちと一緒に回復魔導具を持ちながら声をかけて回る。
魔力増幅器を接続した回復魔導具を抱えながら子供たちは素早く適切な処置を施していく。
「す、すまん!」
「ううん! わたしたちこそ戦えなくてごめん! おじちゃん、がんばって!」
子供たちに声を掛けられ、冒険者たちは再びエーテに立ち向かっていく。
「ジャニィ! 向こうからエーテが、多分三分もしないうちにくる!! タルトねえちゃんに」
「分かったラギ! タルトねえちゃん! 西側からエーテ接近中!」
第五部隊は、補助、回復、索敵・現場指揮をメインとした部隊だった。
これにより、ほかの四部隊の連携が流れるように取れていく。
そして、この第五部隊で特に活躍を見せたのが、まず、あのたす孤児院の子供たち。
『おいかけっこ』で鍛えた機動力とカイン達から学んだ魔導具の知識で各部隊を支えた。
なにより、一生懸命援護、応援するその姿に大人たちは奮起した。
そして、二人の歌うたいだろう。
一人は、『勇者』のと同じ名を持つモモ=リアゲイル。
「みんなありがとうっ! 次の歌っ! ギリスさんっ!」
「ああ! 届け! 〔あのたす〕!!」
ギリスは自身の即興で歌える力を活かし、その場に合った補助の力を持つ歌を歌った。
そして、今回エーテと戦うための鍵となるモモの声、それを生み出す喉や体力を戻すつなぎとして十二分に活躍した。
「よしっ! ありがとう! ギリスさんっ! その歌いいねっ! 私も歌う! あの人への感謝を込めて! 〔あのたす〕!!」
(はは、やっぱり本物はすげえな。おれみたいな酒場で歌う人間とは違う……でも、でも、きっとおれの歌は誰かの力になってるんだ。そうだろ)
ギリスは自分を救ってくれたアントンへと視線を向ける。
「あ……!」
その時、アントンは味方をかばってエーテに追い詰められ、首を掴まれていた。
「アントン!!!!」
身体が勝手に動いた。
ギリスは今まで誰にも見せたことのない必死の形相で駆け抜け、エーテの腕に剣での一撃を見舞った。
しかし、エーテは動じない。
ギリスの首をも掴み、縊り殺そうとしている。
それでも、ギリスは顔を青くさせながらもアントンを追い詰める腕を叩き続ける。
「ば、か……なんで、ギリス」
「あ、の、時助けてくれた礼を、しない、と死んでも、死に、きれるかぁああ!」
叩く。叩く。何度でも。叩く。
あの日、冷めきった自分の心を温めてくれた友人の命を守るために。
全力で、叩く!
一瞬エーテの力が緩み、アントンがせき込み必死で息を吸い込む。
しかし、ギリスがほっとしたのも一瞬、アントンもギリスも首を掴まれ、どんどん呼吸が出来なくなっていく。
その瞬間だった。
「二人ともっ! 耐えて!」
頭上から聞こえたその声に反応し、ギリスは身を固くする。
次にやってきたのは衝撃だった。
エーテから伝わってくる三つの激しい衝撃。
そして、視界に映る金髪の少女。
緩められ、慌てて空気を吸い込み咳き込む二人が癒しの光に包まれる。
「二人とも大丈夫! まだいける!?」
【小さな手】のレオナがギリスたちを見ながら問いかける。
「あ、ああ! いけるよな! ギリス!」
「も、勿論だ!」
アントンが立ち上がり、それに負けじとギリスも立ち上がる。
「よし! じゃあ、私が隙を作る。二人は一撃に全力を込めて!」
レオナがそう告げるとエーテに向かって駆け出していく。
ギリスはアントンと目を合わせ、ふっと笑う。
あれだけ偉そうにして酒場で若者に説教垂れていた自分たちが、自分と十は離れているであろう女の子に引っ張られている。
でも、二人にも意地がある。
手に力を込め、武器を握りなおす。
レオナがエーテの防御を崩し、こちらに向かって蹴り飛ばす。
「今っ!」
「「うおぉおおおおおおおお!!」」
アントンとギリスは笑っていた。
こんな非常時に、なぜか、笑いが込み上げてきた。
喜び、感謝、興奮。
なんだろうか。
ただ、力が湧いてくる。
アントンの声がギリスの力に。
ギリスの声がアントンの力に変わる。
アントンとギリスの二人の全力が飛び込んできたエーテを破壊する。
腹部が音を立てて壊れ、上半身と下半身が分かれ、エーテが崩れ落ちる。
「おつかれさまっ! さ、怪我を治すわ。だから、もっとがんばりましょう!」
屈託のない笑顔でレオナは笑う。
その笑顔を見て、またアントンとギリスは顔を合わせ笑う。
『その必要はありません。これでレイルの街のエーテの魔力反応は消えました』
歓声があがる。
ソロA級と近しいステータスを持つエーテ10体を撃破するというS級依頼にも等しい高難度の戦いをタルト、そして、レオナ、レイルの街の戦士たちは死者0人という奇跡のような結果を残し、終える。
「ん……歌?」
その声はモモ=リアゲイルが勝利を祝う歌。
そして、人々が覆うように歌う。
「って、これは……」
その歌の名は『あのたす』。
平和に暮らす人々を馬鹿にし歌っていた男が、馬鹿にしていた蟻のように働く男に助けられ厳しい雪の夜を超え、人に助けられた喜び・感謝を込めた歌。
その歌を誰もが歌っていた。