泣き喚くバリィにカインは可哀そうな目を向ける。
「バリィ、お前の罰は……」
『情けないな。バリィ。だが、最後の最後で役に立った』
カインがバリィに近づくと、バリィの口とは別、バリィの影から声がした。
「ティナス!」
『カイン、不本意ではあるが、お前の身体を頂こう』
バリィの影からカインの影へティナスが移り、カインの中へ入り込もうとする。
「カイン様!」
「あやつ! いつの間に!」
『直接触れなければ記憶をいじることは出来ないが、限りなく存在を希薄に、認識阻害をかけることは出来る、それが我々、別れの影だ』
「カインをどうするつもりだ!?」
『こいつを殺すことはお前らあのたすとやらにはできないだろう? 人質としてしばらくあずかろう。まあ、それに』
カインの身体から黒魔力が奔る。
『乗り移ったものの記憶を閉じ込める秘術を使い、身体の事を考えなければ、この通り。倍以上の力が引き出せる』
「く……!」
『はっはっは! さあ、この低ステータス者の命が惜しくば、俺を通せ!』
ーー通しましょう、正しき道へ。導たちの下にーー
『は?』
黒いカインが呆気にとられた表情になると、辺りは光に包まれる。
そして、気づけば空に浮かんでいた。
『は、はああああ!? 何処だ!? ここは!』
周りの【遺物の工場】の面々も呆気に取られているのを見て、ティナスは下を見る。
瓦礫の山、そして、傷ついた人々が見え、更に、地面が見え慌ててティナスは着地する。
そこには……
「おい、影の。カインさんを返してもらおうか」
【小さな手】のメンバーがティナスを、黒いカインを囲っていた。
「カインさん、あの時助けてもらった恩、返させてもらうぜ」
ーー時は遡り、レイルの街
ルマンの館の内外で、エーテとの戦いに勝ち、喜ぶ人々。
そして、サルーンを介して、バリィの敗北を知り、【小さな手】の面々はカインの帰還を心待ちにしていた。
そんな時、タルトはふと広範囲鑑定を行った。
何故かはわからない。
何者かに導かれるように、気づけば広範囲鑑定を行っていた。
そして、中央広場に巨大な魔力が存在していることに気づく。
「【小さな手】の皆さん! 中央広場へ急いで!」
タルトのただならぬ表情に、グレン・シア・レオナ・マコットはすぐさま駆け出していた。
中央広場に辿り着くと、そこは真っ白に輝いていた。
そして、その中心には、一人の老婆が立っていた。
「ああ、来たね。待っていたよ」
「ほぎゃ、おばあさん?」
「このばあさん、ずっと待ち合わせをしてるって言ってた、あの?」
「え? じゃあ、待ってたのは僕たちってことですか?」
戸惑いを隠せないグレン達をよそに老婆は話を続ける。
「そうそう、その通り。正しき道を通れば必ずここにやってきてくれると思ったよ。いいかいよくお聞き、今から、あんたたちの大好きな男をここに呼ぶよ」
その瞬間、シア達は一斉に老婆に注目する。
「カインさんを?」
「けれど、男は今、影に憑りつかれてる。記憶に蓋をされ、操られている。正しい道へ戻せるのはあんたたち、あの男と深い絆で結ばれたものだ。あんたたちが呼んで思い出させるんだ。男がなにものかを。出来るね?」
何故? どういうことか? 詳しい説明を。
そんな言葉は出てこなかった。
ただただ、頷いていた。
そして、待ち構えた。
あの、黒髪のぼおっとした男を。
「では、導くよ」
気づけば中央広場を、あの時のジーズォ像が囲んでいた。
六芒星の形に陣取り魔力を繋いでいた。
そして、その六芒星が宙に浮かぶと、その六角形から何人もの人が落ちてきた。
その中央には、あの人がいた。
何故かレイルの街に転移し、待ち構えたように立っている【小さな手】を見回しながら黒いカイン、ティナスは口を開く。
『なぜ、こうなったかは分からないが、結果は同じだ。おい、お前ら、この男が壊されたくなければ、手を出すな、いい、な……?』
ティナスがカインの身体から言葉を発している途中でグレンが飛び込んできたカインの右腕を掴む。
「カインさん! あの時助けてくれた鬼のグレンだ! 俺の為に憎まれ役を買ってくれたあんたに恩を返させてもらうぜ!」
『なんのつもりだ!?』
カインの後ろからそっと首に手を回しシアが冷気を漂わせる。
「カインさん、あの時助けていただいたシアです。私を自由にしてくれたあなたに恩をかえさせていただきます」
右側から腰をタルトが掴み魔導具により右足を固定する。
「カインさん! あの時助けていただいたタルトです! ワタシを認めてくれたアナタに恩を返します!」
左腕をぎゅっと握りながらレオナが泣きそうな顔で睨みつける。
「カイン! あの時助けてくれたレオナよ! アタシの背中を押してくれたアンタに恩を返してみせるわ!」
左足に縋りついたのはマコットだった。
「カカカカインさん! あの時助けてくれたマコットです! 僕の手を引き外へ出してくれたあなたに恩をかえさせてください!」
ラッタが頭に乗ってかじりついている。
「カインヌ! あの時助けてもらったラッタだ! おむすびくれたお前に恩を返すは貴族の務めだ!」
正面からココルが抱き着く。その姿は白と黒の独特の髪色、そして、美しい女性の姿だった。
「カイン様……あの時助けていただいた
『な、なんだ!? 何をやっている!? そんなことで引き離せると……あぎ!? こ、これは……まさか!』
ティナスが影となりきょろきょろと見まわし、老婆を見つけ身体を震わす。
『お、お前は……!』
ーーカイン、あの時も助けてもらった神が恩を返しに来ましたよーー
『はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
ティナスの絶叫がレイルの街に木霊する。
ティナスの視線の先の老婆の身体から煙のように光の魔力がふわりと浮かび、それは女性の姿となる。
彼女はにこりと笑うと、手をかざした。
すると、グレンから赤い魔力が、シアから白い魔力が、それぞれの魔力が繋がり始め七色の組紐のようなものを紡ぎ、カインを抱き締めるようにぎゅっと結びつける。
その七色の光にティナスは呻きながら抵抗している。
『馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 何故、神までもコイツの味方をする!?』
ーー神の真似事をする愚か者が知る必要はありませんーー
ぴくり、と指が動き、影がゆらりと漏れ始める。
「剥がれるぞ!」
グレンの声に慌てて【小さな手】の仲間たちは離れだす。
ティナスがカインの身体から剥がされ、怒りに震えている。
『なんなんだ! ソイツは! ただの人間だろ!?』
ーーええ、ただの人間です。でも、ただの人間がここまでの奇跡を起こすから、面白いのですーー
ティナスがふと振り返ると、黒髪のぼおっとした男が迫っている。
男は右手を首元に当てている。
右手に嵌めていた指輪が輝き、呼応するように組紐のブレスレットが、そして、首にかけていたネックレスが、連なって輝いていく。
ネックレスには小さなナイフが付けられていた。
『それは!? ティーナ様の……!』
影がいうより早く男は小さな銀のナイフを振った。
ーー別れたいものの前で空を切ってみて下さい。あなたにもティーナのご加護があらんことをーー
「さよなら、ティナス」
『あ? あ……。ああああああああ! 消える! この世界から切り離される!』
斬られた影はボロボロと崩れ落ち、そして、最後には何もなくなった。
「……」
黒髪のぼおっとした男は、頬を掻くと小さく口を開いた。
「みんな、ありがとう」
こちらこそ。
ありがとう。
黒髪のぼおっとした男はその言葉に顔を真っ赤にして照れた。
レイルの英雄と呼ばれる男とは見えないほどに。
レイルの街。
ヌルド王国。
大陸。
全ての歴史を変える一つの大きな事件が幕を閉じた。