あるところに、親切なおにいさんがおりましたとさ。
親切なおにいさんがまだ小さいころ、親切なおにいさんのおとうさんからいろんなお話をききました。
そのなかには、たのしいはなし、こわいはなし、かなしいはなし、いろんなはなしがありました。
けれど、親切おにいさんが一番好きだったのは、いいおはなしでした。
いいことをした人にはいいことが起きる。そんなおはなしでした。
それと、親切おにいさんがおとうさんのお話以外ですきだったのが、ばんにんのゆうしゃさまのおはなしでした。
どちらもひとをたすけていてかっこいいと思ったからです。
それから親切おにいさんはひとにいいことをしようとこころがけました。
いじわるおにいさんにいじわるをされてもいいことを続けました。
そして、それは旅に出たあともつづきました。
ゆきのくにをたすけ、おにをたすけ、おおかみにおそわれたおうこくをたすけ、親切おにいさんはいろんな人を助けました。
こいびともできました。
ある日のこと、親切おにいさんはいじわるおにいさんに再び出会います。
いじわるおにいさんが困っている様子なので親切おにいさんは助けてあげることにしました。
しかし、なんということでしょう。
いじわるおにいさんは親切おにいさんを騙していたのです。
そして、親切おにいさんから、こいびとを奪い、なぐったりけったりして、追い出してしまいました。
親切おにいさんはわんわんと泣いてしまいました。
そのあとも親切おにいさんはわるいひとからいじわるをされて困っていましたが、ツールや白いおひめさまやおにに助けられてげんきになりました。
親切おにいさんはみんなと一緒に旅に出ます。
すると、親切おにいさんにやさしくしてもらったおてんばな女の子やかめの女の子
白いねずみや黒い男の子が仲間にいれてほしいといいました。
親切おにいさんには、たくさんのなかまができました。
そして、街の人たちも親切おにいさんが大好きでした。
そんなみんなといっしょにずっといじわるをしていたいじわるおにいさんをこらしめました。
親切おにいさんはたくさんのひとたちの笑顔と、それはそれはそれはそれはうつくしいツールのおよめさんと一緒にしあわせに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」。
「……」
「と、いうわけです」
手に持っていた絵と文が映された魔導具を下ろしながら、それはそれはそれはそれはうつくしいツールは微かに口を緩ませ満足そうにつぶやいた。
それを傍らで聞いていたカインは少しの間逡巡し、彼女をちらりと見つめ、意を決したように口を開いた。
「何が!?」
「何が『何が!?』なのでしょうか?」
こてんと首を傾げ無表情に見つめてくる彼女を見ながらカインはため息をついた。
「っていうか、あなたとカインさん結婚してないんですけど、あそこを私に変えなさい白クソ女」
「ほんぎゃあああ! シアさん、凍ってます! ワタシ今凍ってます!」
「ググググレンさん! どうしましょう!」
「ほっとけ、付き合ってたら身体がもたん」
「あの、おてんばっていうの変えてもらえない、かしら?」
「うまい! おかわり!」
「儂、出番がなかったんじゃが……」
レイルの街のあのたす孤児院で【小さな手】が集まっていた。
子供たちに魔導具の映像機を使って物語を見せるとココルが提案し、その確認の為に集まっていた。
ココルは、白と黒の混じった髪を揺らしながらカインにそっと近づいてくる。
ココルの身体は元に戻っていた。
元々核付近の胸以外の損傷は少なかった為、すぐにとはいかなかったが、そこまで時間はかからなかった。
「どうされましたか? カイン様」
いや、正確には元に戻ってはいなかった。
ココルは時折、表情が生まれるようになった。
基本は無表情なのだが、稀に感情が見えるようになったのだ。
鉄人形の術式に触れた影響ではないかとココルは話していたが、理由は明らかではない。
未だに古代文明の術式と、現代の術式には違いが大きすぎて理解不能な部分が多いのだ。
「いや、なんでもない、よ。ココル。いや、なんでもなくない、よ。ココル。なんで、腕に抱き着いて、るの?」
「カイン様が大好きだからです」
バリィとの戦いを経て、ココルのアピールが過剰によりなり始め、カインは困り果てていた。
「あの、でもね、その」
「カイン様も私が大好きですものね、ふふふ」
無表情のままココルが笑う。
「いつ結婚しますか?」
「いや、あの大好きはそういうのでは、なくて……大切だってことを伝えたくて」
「がーん」
無表情にココルはショックを受け項垂れる。
「あの、ココル……」
「まあ、予想通りです。これからどんどん攻めればいいだけです、ふふふ」
あれから、ココルは、本当に片時も離れずカインの傍でカインの助手を務めていた。
魔工技師としての依頼を受けた時は、二人の息の合った術式設置により早く正確で評判が良い。
「白クソ女、どうでもいいからさっさと離れなさい。暑苦しいあなたのせいでカインさんが辛そうだから、私が冷やしてあげますよ、ねえ、カインさん」
「いや、あの、シアも気持ちだけで……」
「がーん!」
「じゃあ、ワタシ達も今は遠慮しておいた方がいいかもですよ、レオナさん」
「な!? アタシは別に!」
シアがうなだれるのを見ていたタルトがそう言うとレオナは慌てて否定する。
シアは、王族ということもあり持ち前のカリスマ性で【小さな手】の交渉役として活躍している。また、シアの氷の微笑を向けられたいという変わった人たちが男女問わず『雪の従者』と名乗り日々シアに贈り物をしているらしい。
タルトは、相変わらず【小さな手】の頭脳担当として、パーティー管理から作戦立案まで幅広くカインを助けていた。海人族達との交流も少しずつ増え始め、そちらの仲介役としても頼りにされていた。そして、街の子供たちから天才タルトおねーさんと呼ばれ、慕われている。
レオナは、レイルでの戦いで『戦女神』と称えられ、冒険者達のファンも多く、彼らによるあのたす孤児院への多額の募金が後を絶たない。また、あのたす孤児院の子供たちの人気や評価もあり、レイルの街の教育機関での意見役を院長のマァマと共に務めるようになった。
「ところで、お前はこの前の依頼終わらせたのか?」
「ほっほっほ、大先輩殿。マコット先輩殿と共にすぐに終わらせましたぞ」
「ササササルーンさん、すごかったです。身軽で木に飛び移りながら大蛇を何匹も……」
グレンに尋ねられ、鉄人形サルーンはマコットの肩を持ちながら笑っていた。
サルーンは、あの後、カインに仕えることを懇願し、ヌルド王の適当な「まあ、いいんじゃないか」という発言でカイン預かりとなった。
古代文明に関する記憶は、ココルと同じように虫食いの状態ではあるが、あまり気にしていないようだ。カインが目覚めさせてからはサルーン本来のステータスにしっかり戻ったらしく、一部のステータスはグレンを超えるほどで依頼達成件数で活躍している。
グレンはサルーンが仲間に入ったこともあり、全体の管理、というより、お目付け役としてみんなをまとめるようになった。レイルでの戦い以降『燃える魂』と自称する暑苦しい男たちが修行を付けてほしいとやってきては困っている。
マコットは、変わらず魔導列車の管理を含めたレイルの街の大型魔導具の管理・修繕などを受け持っている。最近は、タルトに負けず子供に人気で、マコットも子供なら平気でよく一緒になって遊んでいる。ただ、一番慕っているジャニィが最近片目を隠しながら難しい単語を並べた不思議な事を言い始めていることに頭を抱えていた。
「うまいうまい!」
ラッタは幸せそうだった。
いや、ラッタだけではなく、【小さな手】の仲間たちは、今、多くの人に囲まれ慕われ、幸せそうに暮らしていて、カインにとってそれが何よりのしあわせだった。
(よかった、今まで頑張ってきて)
気づけば、カインは鍵盤を叩いていた。
映像機に繋ぎ、術式を打ち込み、物語を描き始める。
魔力反響でやさしい音が流れる。
やさしい音が。
誰かを支える音が。
誰かの背中を押す音が。
誰かの手を引く音が。
誰かと手をつなぐ音が。
差し出した手が繋がれて、離れて、そして、差し伸べられて繋がって。
そうして、やさしい音に包まれて、ココルは微笑んでいた。
いや、誰もが微笑み、カインを見つめていた。
自分たちを助けてくれた恩返ししてもし足りないやさしい人を。
カインがとんと鍵盤を叩き終える。
丁度その時、足音が聞こえる。
誰かがこちらへ向かっている。
扉が開かれる。
赤髪の少女が息を切らしてやってきた。
「どう、したの? マチネ」
「カインお兄様、この子のお願いを聞いてもらえませんか?」
マチネに促され涙目の少年が前に出る。
「どう、したの、かな?」
「あの……ぼくの、友達の、犬の、ドクがいなくなって……」
少年は泣きながらも必死にカインに助けを求める。
その少年の頭にぽんと手が置かれる。
少年が見上げると、カインはやさしく微笑む。
「わかった。俺、に、君の友達を、探す、お手伝いを、させて、くれないかな」
カインは頭に置いていた手を、少年の目の前に差し出す。
「……うん!」
少年はカインの手をとり、一緒に街へと飛び出していく。
「S級パーティー【小さな手】にふさわしい依頼だな」
「私が一番に見つけ出してみせるわ。そして、カインさんに褒められて……」
「ほんぎゃああ! シアさん、魔力が漏れてワタシ凍ってますから!」
「あああああああ、僕には何もできません。ごめんなさい、タルトさん」
「全く! 勝手に飛び出して、アタシ達も連れて行きなさいよ!」
「よし! 腹ごなしだ! 行こう!」
「ほっほっほ、主様の周りには笑顔が溢れておるのう」
「ええ、私達は世界で一番の幸せ者です」
【小さな手】の面々が駆けだす。
黒髪のぼおっとした自分たちを助けてくれた男に恩を返すためにも。
あるところに黒髪のぼおっとした親切なおにいさんがおりましたとさ。
恋人を奪われパーティーを追放された親切おにいさんは「あの時助けていただいた〇〇です」が揃って恩を返しに来て気付けば前パーティーを追い抜いてざまぁしていましたとさめでたしめでたし。