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7月、期末テストが終わり、夏休みが目前に迫っていた。
「坂登君、夏休みどうする?」
美香が春斗に聞く。
二人は相変わらず図書室にいた。
もはやここが二人の定位置になっている。
「別に。勉強」
「それだけ?」
「それだけ」
美香は少し寂しそうな顔をした。
「私ね、夏祭り行きたいんだ」
「……で?」
「一緒に行かない?」
春斗の動きが止まった。
それって、デートの誘いじゃないか。
「なんで俺と」
「だって、他に誰と行くの?」
美香の真っ直ぐな言葉に、春斗は返答に困った。
確かに、美香に他の友達はあまりいない。
去年のいじめ騒動以降、クラスメイトとは普通に接しているが、親しい友人と呼べる存在はいなかった。
そして春斗も──
「……面倒くさい」
「じゃあ、面倒くさくない範囲で付き合って」
美香の粘り強さに、春斗は根負けした。
「……分かったよ」
「本当? やった!」
美香の弾けるような笑顔を見て、春斗は顔を背けた。
頬が熱い。
──なんで俺、こんなに……
夏祭りの当日。
春斗は約束の場所で美香を待っていた。
普段の制服姿しか知らない美香が、浴衣でやってくるかもしれない。
そう思うと、なぜか緊張した。
「お待たせ!」
振り返ると、予想通り浴衣姿の美香がいた。
薄い青色の浴衣に、紫陽花の模様。
髪も普段とは違ってアップにしている。
「……なんで浴衣」
「夏祭りだもん。変?」
「別に」
春斗はぶっきらぼうに答えたが、内心では動揺していた。
──可愛い……
そんな感想を抱いた自分に驚く。
──いつから俺は、こんなことを考えるようになったんだ
そんな事を思う春斗。
祭りの会場は多くの人で賑わっていた。
「わあ、すごい人!」
美香がはしゃぐ。
春斗は人混みが苦手だったが、美香の楽しそうな様子を見ていると、不思議と苛立ちは感じなかった。
「何か食べる?」
「うん! たこ焼き食べたい!」
二人は屋台を回り、たこ焼きや焼きそばを買った。
美香は本当に楽しそうで、春斗もつられて口元が緩む。
「坂登君、笑ってる」
「笑ってない」
「笑ってるよ。可愛い」
「は?」
美香の爆弾発言に、春斗は固まった。
「男に可愛いとか言うな」
「でも、可愛いもん」
美香は悪戯っぽく笑う。
春斗はげんなりして何も言い返せなかった。
なぜげんなりしたのか。
自分が可愛いなどとは断じて思っていなかったが、笑った美香が可愛くてならなかったから──ではない。
そう思った自分が余りにも情けない──からでもない。
可愛いものは素直に可愛いでいいのに、そう思う事自体が情けないと思う自分の性根にげんなりしたのだ。
この期に及んでなお、といった所である。
ともかくもそうして夜が更けて、花火の時間になった。
二人は少し離れた場所から、打ち上げ花火を見上げていた。
「きれい……」
美香が呟く。
春斗は花火よりも、花火に照らされる美香の横顔を見ていた。
──俺、何なんだよ
自分でも分からない感情に戸惑う春斗。
そんな時、美香が口を開いた。
「坂登君、私ね……」
だが、その言葉は花火の音にかき消された。
「え?」
「ううん、なんでもない」
美香は微笑んだ。
その笑顔を見て、春斗は再び「可愛い」と思ってしまうのだった。