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第10話「溝、深まり」

 ◆


 師走に入り、受験勉強が本格化する時期。


 春斗は再び一人で勉強するようになっていた。


 図書室の定位置に座りながら、隣の空席を見る。


 そこにはもう、美香の姿はない。


 ──これでいい。元に戻っただけだ


 自分に言い聞かせても、心の空虚感は消えない。


 クラスメイトたちは、二人の変化に気づいていた。


「坂登と佐伯さん、最近一緒にいないよね」


「何かあったのかな」


「まあ、坂登は元々一人が好きそうだし」


 そんな噂話が聞こえてくる。


 春斗は無視していたが、内心では苛立っていた。


 ──うるさい。俺のことなんかほっとけ


 ある日の昼休み、春斗は屋上への階段に座っていた。


 かつて美香と話した場所。


 今は一人だ。


「あの……」


 振り返ると、美香が立っていた。


 久しぶりに二人きりになった。


「何」


 春斗の冷たい声に、美香は少したじろいだが、勇気を出して言った。


「最近、避けてる?」


「別に」


「嘘。だって、全然話してくれないし……」


 美香の声が震えている。


 春斗は顔を背けた。


「俺は元々、一人が好きなんだよ」


「それも嘘」


 美香の断言に、春斗は驚いて振り返った。


「坂登君は、本当は寂しがり屋。人と関わるのが怖いだけ」


 そこまでいうと、美香は俯いて呟く。


「──そう、思いたいだけなんだけど。その、つまり……嫌われてるって思われたくない、んだけど」


「何が言いたいんだよ」


──俺は美香になんて言って欲しいんだ?


そんな思いで問い返す春斗。


「だからね……私は坂登君が好き」


 時が止まった。


 春斗は美香を見つめた。


 彼女の瞳には、涙が溜まっていた。


「でも、坂登君は私のことなんて……」


「違う」


 春斗は思わず口にしていた。


「違う、俺は……」


 でも続きが出てこない。


 今まで、感情を素直に表現したことなんてない。


 どう言えばいいのか分からない。


 美香は春斗の葛藤を見て、悲しそうに微笑んだ。


「ごめんね。困らせちゃって」


 そう言って、美香は立ち去ろうとした。


「待て!」


 春斗は手を伸ばしたが、美香は振り返らなかった。


 一人残された春斗は、拳を握りしめた。


 ──俺、何やってんだ……


 後悔と自己嫌悪が、胸を締め付ける。

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