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第2話 レッド争奪戦

 レッド争奪戦が行われることになったのは、転校初日の放課後だ。

 聖子が柳崎に連れられて体育館の傍らに足を運ぶと、そこにはすでに三人の仲間が待っていた。

 どこか知的さを感じさせる眼鏡の男子が緑野みどりのひかる

 目つきが悪く斜に構えた印象を受けるのが、黄色おうしき章吾しょうご

 いかにも大人しそうで、どこか小動物を連想させるのが百瀬ももせ明海あけみで、彼女は聖子以外で唯一の女子だった。


「フン、こいつが最後のひとりってわけか」


 いかにも不良っぽくつぶやいたのは黄色だ。

 聖子はややカチンと来たが、すぐに柳崎がそれを取りなす。


「悪いな、聖子隊員。こいつは悪い奴じゃないんだか、性格がひん曲がってて、こんな言い方しかできねえんだ」


 こんなことを言われたら、今度は黄色が怒るのではないかと思う聖子だったが、それは間違っていた。態度はそのままにあやまってきたのだ。


「フンッ、ごめんな。その通りなんだ」


 セリフに似合わぬニヒルな笑み。

 聖子はやや引き気味にうなずく。


「え、ええ……」


 なんとなく「手強い」などと感じていた。


「とにかくこれで予定の頭数が揃ったわけですね」


 眼鏡のフレームに手を添えて知的をアピールするかのようなポーズで緑野のがつぶやく。

 柳崎は元気よくこれにうなずいた。


「ああ、今日は正義を愛する選ばれし五人が集結した記念すべき日だ! 今夜は河原に行って花火を打ち上げよう!」


 どういう発想なのかと聖子は首を傾げたが、黄色が溜息を吐いて、百瀬が肩をすくめるのを見たところ、みんなも同じように感じていたのかもしれない。

 緑野だけは唯一動じることなく、指先を眼鏡に添えながら口を挟む。


「その前に、コードネームを決めるという話だったはずですが」

「コードネーム……」


 オウム返しにつぶやきつつも、聖子にはそれが何を意味するのか、すでに見当がついていた。


「わたし、レッドがいいよ~」


 この中で最もレッドが似合いそうにない女子が幸せそうな笑顔で主張する。


「いいえ、他の色ならばいざ知らず、レッドはリーダーのカラーです。賢くなければ務まらない。そして、この中でリーダーに相応しい知性の持ち主は、全教科満点の実績を持つ、この僕を置いて他にないと思いますが?」


 緑野はどこか自慢げに言ったが、この意見は誰にも感銘を与えなかった。

 まったく聞こえなかったような顔で柳崎が発言する。


「レッドに必要なのは、なんと言っても強さだ!」

「そうね、わたしもそう思うわ」


 賛同したのは他の誰でもなく聖子だ。

 女の子ではあるが、腕っ節には自信があり、前の学校では学年一の運動神経の持ち主であることを自負していた。


「いいや、強いだけじゃダメだ。レッドはなんつってもその……カ、カラスマってもんがねーとな」


 口を挟む黄色。

 緑野が溜息まじりに訂正する。


「それを言うならカリスマです」

「そう、それだ」


 うなずく黄色の前で聖子たちは首を捻る。


「そんなのどうやって比べるのよ?」


 そもそもカリスマの意味が分からなかったことは口にせずに発言すると、百瀬が控えめに手を上げた。


「じゃあ、ここはもう正々堂々、いろんな勝負をして、一番多く勝った人がレッドってことでどうかな?」


 これを聞いて緑野がフッと鼻で笑う。


「いいでしょう。国語、算数、理科、社会、どんな勝負でも僕の圧勝です」

「そんなのダメだよ。勉強はひとまとめで勉強にしないと不公平だよ」


 百瀬の言葉を聞いて聖子もようやく彼女の言いたいことが理解できてきた。


「ようするに、勉強や運動に限らず、あらゆる分野で競おうってことね」

「うん。お料理とかお裁縫とかピアノとかでね」


 さりげなく自分の得意分野を言い並べる百瀬。

 聖子が呆れて肩を落としていると、仲間たちのやりとりを聞いていた黄色が投げやりな口調で宣言する。


「勝負の方法は俺が決める。お前らに決めさせると、ぜってえ自分が勝てるものばかり選ぼうとすっからな」

「そんなのお前だって同じじゃねえのか?」


 眉根を寄せる柳崎だが、これに黄色は意外な言葉を返してくる。


「だから俺はレッドは諦めて審判をやる。これなら文句ねえだろ?」


 この言葉に聖子たちは顔を見合わせた末に、一同揃ってうなずいた。


「よし、それじゃあ決まりだ。あと、点数の低い奴から、残りの色を選んでいいことにする。その方が盛り上がるからな。なんなら途中でギブアップして他の色を選ぶのもありとしよう。とりあえず俺は最初から諦めてっからブルーをもらうぜ。いいよな?」

「ああ、レッド以外に用はないぜ」


 柳崎が不敵に笑い、他のみんなもうなずいたが、後から思えば黄色は上手くやった気がする。

 なにせ名前が黄色おうしきだけにイエローを押しつけられかねない立場だったからだ。

 ただ、その上で彼は真面目に、この争奪戦を取り仕切った。

 用意された種目は、かけっこ、竹馬、平均台、クイズ、カルタだ。それぞれがポイント制になっていて、合計点が一番高い者がレッドの称号を手にすることになった。

 勝負は思いのほか白熱して、上位三名がほとんど団子状態のレースとなった。

 唯一、総合得点八ポイントと散々な結果に終わったのが緑野だ。


「くっ……無念です。知性を競うはずのクイズが引っかけ問題ばかりとは……」

「えっへん」


 得意げな顔でVサインを出したのは百瀬だ。彼女は運動能力の低さをクイズとカルタでカバーすることで、最終得点は一五ポイントにも達していた。

 それでも聖子と柳崎の一六ポイントには一点及ばずに脱落し、緑野はグリーン、百瀬はピンクを選んだ。

 プレーオフにもつれ込んだ聖子と柳崎の勝負は双方の合意の上、かけっこによって決着をつけることになった。

 勝てばレッド、負ければイエローになることが、この時点で決定している。

 聖子は一回目のかけっこでは僅差で柳崎に敗れていたが、だからこそあえて、この種目での決着を強く望んだ。

 負けず嫌いの性格ゆえだ。

 一度目の敗因がスタートのミスにあるという自覚もあったため、今度こそ実力で勝負をもぎ取るつもりだった。

 そんな聖子に柳崎は自信満々の顔で憎まれ口を叩く。


「どうせ勝負は見えているんだし、ここでギブアップしておけばイエローを特別にオレンジに変えてやってもいいぜ」

「大した鼻息ね。あなたこそ、素直に負けを認めればイエローをゴールドに格上げしてあげてもいいわよ」

「ゴールド! それはちょっとカッコいいな!」


 一瞬嬉しそうな顔をする柳崎だが、それでもすぐにかぶりを振って言い直す。


「いや、それでもやっぱ俺に相応しいのは燃えるレッドしかない!」

「なら、負けてイエローになることね」


 聖子が不敵な笑みを返すと、柳崎はそれを面白がるように歯を輝かせた。


「なら、恨みっこなしの真剣勝負だ」

「望むところよ」


 小学校のグラウンドに引かれたラインの前に、ふたりは並んでクラウチングスタートの構えを取る。

 距離は約百メートルで、ゴール地点では百瀬が旗を持って立っている。


「聖子ちゃん、頑張って~」


 手にした旗を振りながら声援を送ってくれる百瀬の姿を見て、聖子はふと緊張がほぐれるのを感じた。

 同時に自分がこんなにもひとつのことに夢中になっていることに、今さらながらの驚きを感じる。


「集中しろよ」


 隣で柳崎がつぶやく。

 チラリと横目で見ると、彼は実にいい笑顔で聖子を見つめていた。


「どうせなら楽しい勝負にしたいからな」

「ええ……」


 うなずきはしたが、聖子の意識は目の前の勝負から、やや逸れかけていた。


(楽しい……か)


 聖子にとって楽しい時間というのは家族といるとき以外では、大好きなヒーロー番組を見ている時くらいしかなかった気がする。

 しかし、このとき確かに聖子は、ここにいる仲間との時間を楽しんでいた。

 まだ出会ったばかりの奴らなのに不思議と、ここにいる連中とは長くやっていけそうな気がする。


「用意――」


 黄色の声が響き、聖子は慌ててスタートに集中する。


「――どん!」


 合図とともに大地を蹴るが、やや焦りが出たようだ。わずかではあるが出遅れてしまう。

 対する柳崎は完璧なスタートを切っていた。

 猛然とダッシュするふたり。

 柳崎の背中はすぐ目の前にあるが、その僅かな差が絶望的に縮まらない。

 それでも聖子は無我夢中で手足を動かしてゴールを目指す。


(ダメだ……これは勝てない)


 短い時間の中で悟るが、それでも不思議と嫌な気持ちは込み上げなかった。


(ドジったな……わたしがイエローか……)


 やるせないはずの言葉が脳裏に浮かぶが、それに反して聖子の心は晴れやかだった。

 予感していたのだ。

 これから始まる輝かしい日々を。

 だから、結果はもうどうでもいい。

 今はただ、この瞬間を駆け抜けるのみだ。

 生まれて初めて手にした本物の仲間と共に。


「どわぁぁぁっ!」


 ふいに悲鳴が響いて柳崎がスッ転ぶ。

 聖子は慌ててブレーキをかけるが、そのまま地面を滑るようにしてゴールラインを越えていた。


「ゴ~~~~ル!」


 百瀬が元気よく叫ぶ。


「聖子ちゃんの勝ち~~~っ!」


 その声が響く中、黄色と緑野も駆け寄ってくる。


「やったな、レッド」

「認めましょう、今日からあなたがレッドです」


 口々に讃える仲間たちの後ろで柳崎が恨みがましい声を出す。


「お前ら、ちっとは俺を心配しろよ!」


 よろめきながら、なんとか立ち上がる柳崎を聖子だけは心配して駆け寄ったが、他の仲間たちは平然としたものだ。


「心配いりませんよ」

「ダンは不死身の男だもの」

「自称だけどな」


 まさか本当にそんなはずもないだろうが、事実として擦り傷ひとつ見当たらない。


「そんなことより」


 納得しかねるといった顔で柳崎が叫ぶ。


「今のは無効だ! やり直しを要求する!」

「見苦しいですよ、イエロー」


 素っ気ない緑野。

 続けて黄色が言い聞かせるように告げる。


「そうだ、イエロー。お前は正々堂々の勝負に負けたんだ」

「イエロー言うな! だいたい、ほとんど俺が勝ってたじゃねえか!」

「勝負は結果がすべてだよ。お馬さんのレースだってそうだし」

「じゃあ、せめてゴールドで!」


 柳崎は両の手の平を合わせて拝むような仕草で聖子に懇願する。


「レッド、ここで甘やかしてはいけませんよ」

「そうだな、厳しく言ってやれ。それがリーダーの務めだ」

「これが初仕事だね」


 正直なところ聖子としてはどちらでも良かったのだが、やはりここは仲間たちに合わせるべきだと思えた。だから意地悪く笑みを浮かべながら言ってやる。


「ダメよ、イエロー。男らしくイエローとしての生き様を全うしなさい」

「そんな~~~っ」


 柳崎は大げさに、この世の終わりのような顔で項垂れたのだった。


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