あざやかなオレンジ色の空の下を、聖子は柳崎は並んで歩く。
アスファルトにくっきりと浮かび上がる影を見つめると、ふたりの影の長さは実際以上に違って見えた。
「ねえ、ダン。今は何センチあるの?」
「ん? 身長か? この前測ったら185になってたな」
「伸びに伸びたねえ」
呆れたように告げる聖子。
「あの時の種目に身長勝負も入れておけば良かったよな」
冗談めかした柳崎の言葉に聖子はくすくす笑った。
「わざと転んだクセして、何を言ってるんだか」
「い、いや、俺は……」
柳崎は聖子の言葉を慌てて否定しようとしたようだが、それよりも早く聖子が次の言葉を発する。
「いいのよ。手心を加えられたのは、ちょっとばかり悔しかったけど、それって結局はわたしが弱かったせいだもの」
自分が強ければ、そもそも相手もわざと負けようとは考えない。手心を加えられて相手にくってかかるのは筋違いの負け惜しみだ。聖子はそう信じている。
「まあ……確かにあれはわざとだったけど、やっぱり俺はお前がレッドで良かったと思ってるよ」
「どうして?」
「それはもちろん、お前が俺たちの中で一番真っ直ぐだったからさ」
「そうかしら?」
「ああ。先生も言ってたろ? 俺は単純で直情的だから、やっぱりお前みたいな奴が締めてくれねえとまとまらねえんだよ」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「いや、世辞じゃねえし」
どこか照れくさそうに鼻の頭をかく柳崎。
「でも、わたし、本当は知ってるの」
「何を?」
「ダンがわたしたちみんなのヒーローだってことを」
「俺が?」
「うん」
聖子は柳崎の前に回り込むと、後ろ向きに歩き続けながら、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
「わたしは初めて出会ったその日に、あなたに救われたわ」
「いや、俺はそんな大層なことをした覚えは……」
「してくれたのよ」
明るい声で遮ると、聖子はそのままの調子で続けた。
「もちろんそれはわたしだけじゃないわ。緑野くんは不正を許さない生真面目さゆえに周囲から煙たがられ、黄色くんは悪ガキを返り討ちにしたことで逆に乱暴者扱いされて、明海は級友たちのいじめに荷担しなかったことで、自分がいじめられる羽目になっていた」
それぞれに仲間たちから聞かされた話だ。
「そんな昏い日々を吹き飛ばして、みんなを光の中に連れ出してくれたのは、ダン――あなたなんだよ」
「…………」
柳崎は笑みを消して神妙な顔で聖子を見つめる。何かを言いたげな顔だが、それを口にするのを躊躇っているようだった。
構わず聖子は自分が言いたいことを伝える。
「みんな口にはしないけど、ダンには本当に感謝しているの」
「それは……」
言いかけたところで言葉を切ると、彼はしばしうつむいた。
しかし、すぐに顔を上げると、いつもどおりの頼もしい笑みを浮かべる。
「それはまあ、お互い様ってもんだぜ。なんてったってヒーローをヒーローたらしめるのは、頼もしい仲間たちなんだからよ」
「つまり、わたしたちはダンの仲間として合格ってことかしら?」
「合格も何も俺たちは五人でひとつのアークヒーローズだろ。これまでも、そしてこれからもずっとな」
柳崎の言葉に今度は聖子がうつむいた。熱い想いが込み上げて思わず涙がこぼれそうになる。それでも拳を握りしめて、なんとか堪えると、聖子は顔を上げてわずかに潤んだ瞳を大好きなヒーローに向けた。
「うん、そうだよね。わたしたちって無敵だし!」
過去最高だと信じられるような笑顔を浮かべて告げる。
「おうよ」
力強くうなずく柳崎。その笑顔もまた聖子にとって最高の贈り物だった。
ふたりはそのまま、しばらくの間声を立てて笑い合った。
駅が近いのか、どこかで警笛の音が響き、踏切の音が響いてくる。遠くの空でカラスが鳴いて、傍らを車がゆっくりと通り抜けると、自然と笑い声が途切れた。
それでも笑みは消さないまま、聖子は肩の力を抜いて、自然な動作で柳崎の横を歩く。
すれ違うようにしてそのまま背を向けると、柳崎もふり返ることなく、声のトーンを落として名前を呼んだ。
「聖子……」
「そろそろ行くわ。わたしはこっちだから」
聖子は背中合わせのまま穏やかな声で告げた。
「ああ」
応える柳崎の声は少しだけ強ばっていたが、それでも呼び止めようとはしてこない。
その気づかいが素直に嬉しかった。
涙腺が決壊し、涙が溢れて止まらなくなる。街の風景が涙と西日で滲む中、聖子はかつては毎日のように別れ際に交わした言葉を口にした。
「さようなら、ダン」
どうしても声が震えるのを抑えきれない。それは明日の朝「おはようと」言い合うための当たり前の儀式に過ぎず、聖子たちにとっては決して寂しい言葉ではなかったはずなのに……少なくとも、あの頃はまだ。
「さようなら、聖子」
返ってきた柳崎の言葉は以前と変わることがなかった。お互いに背中合わせでは、どんな顔をしているのか分かるはずもないが、その言葉はじゅうぶんすぎるほどにやさしく響いた。
だからこそ、聖子も立ち止まることなく、いつものように歩き出せる。
背後では柳崎の足音もまた、ゆっくりと遠ざかっていた。彼もまた自分が進むべき道へと歩き出したのだ。
(本当に……バカみたいにタフな奴)
一抹の切なさが聖子の胸を締めつける。
結局、胸に秘めた想いは最後まで口にしなかった。
これが最後の機会だと分かりきっていたが、だからこそ今さら彼の心を煩わせたくはない。
いや、それは嘘だ。
本当はただ自分が臆病なだけだと聖子は静かに認めた。
女だてらにヒーローを気取ったところで、やはり色恋沙汰は勝手が違う。
(でも、これでいい。この未練がある限り、わたしはきっと忘れない。忘れずにいられるはずだから)
ゆっくりと世界が白み始める中、聖子は声に出すことなくひとりごちる。
(たとえ、生まれ変わったとしても)
その想いを最後にすべてが黄昏の光に包まれて、誰にも気づかれることなく消えていった。