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第4話 怒りの咆哮

 柳崎が、この世に怪異と呼ばれるものが存在することを知ったのは、中学二年の夏だ。

 世間では巧妙に隠されているが、この世には神秘の力が存在していて、それが魔法や異能の力の源になるとともに、不可思議な現象や危険な怪物さえ生じさせていた。

 この手のことに携わる人々の集まりを裏社会と呼ぶようだが、その垣根は曖昧で、表社会の人間であっても各国の首脳部や一部資産家には公然の秘密として認知されている。

 そして現在の柳崎の顧客の半数はその手の人々だった。

 高校時代に私立陽楠学園で奇妙な部活に入部した柳崎は、そこで魔法の武器と出会い、頼もしい仲間とともに怪異と戦う青春時代を過ごした。

 卒業後は普通に進学し、一時その世界から離れはしたが、やがて仲間の力を借りて、その手の事件を専門に扱う「柳崎探偵事務所」を開設。再び怪異に対処する生活を送るようになった。

 一口に怪異と言っても、その顕れ方は様々だ。

 分かりやすく怪物が現出することもあれば、科学では説明のつかない奇妙な現象が生じることもある。

 多くの場合それは危険なものだが、稀に人々に害を為さない、不思議なだけの現象も確認されていた。

 そのひとつが、この坂道だ。

 噂を聞いて足を運んでみたところ、そこは本当に変哲もない長いだけの坂道で、寂れた場所にあるのでもなければ、極端に人通りが少ない場所でもない。

 俗に言われる霊感の強い人間でさえ、ここには何も感じないように思える。

 実際、柳崎もたまたま近くに来たから歩いてみただけで、噂話を鵜呑みにしたわけではない。むしろ、ただの都市伝説だと高をくくっていたのだ。

 なにせ、その噂というものが裏社会の人間でさえ、バカバカしく思えるような内容で、それは『良く晴れた日暮れ時に、すでに死んだ人間と一度だけ再会できる』というものだった。

 長い坂道を登りきった柳崎は、ようやく足を止めると振り向くことなく追懐する。

 聖子たち四人と、子供の遊びのように結成されたアークヒーローズは、実際に数々の正義活動を行った。

 校内のイジメ撲滅、飼育小屋のウサギを殺傷した犯人の特定、深夜に騒音を立てて暴走するバイク乗りを懲らしめ、畑を荒らす猪を撃退し、火災現場に取り残された子犬を救出したりもした。

 とくに最後のは散々お説教をくらったが、飼い主のオバサンの嬉し涙を思えば、じゅうぶんに報われる思いだった。

 その時、火災現場に飛び込んだのは柳崎ひとりで、いつものことではあるが彼の不死身っぷりには、みんな目を丸くしていたものだ。

 あるいは本当に不死身なのではないか――なんて噂されたりもしたが、もちろんそんなはずはなく、柳崎はただ他人よりも少しばかり丈夫な身体を持っていただけだ。

 それが、ある日を境に現実のものに変わる。

 裏社会において幻想能力ファンタジアと呼ばれる本物の異能力を手に入れたのだ。

 現在の柳崎の身体は、いかなる衝撃を受けても傷ひとつつくことがない。

 銃弾も、炎も、魔力を秘めた攻撃でさえも例外ではなく、文字どおりの不死身の男となっていた。

 痛みだけは感じるが、それも一瞬のことだ。

 柳崎はこの力を「ザ・ヒーロー」と名付け、その時以来、いかなる危険も顧みず、正義の味方として戦い続けてきた。

 かつては存在すら知らなかった怪物にも、怯むことなく立ち向かい、いくつもの事件を実際に解決してきたのだ。

 もちろん、ひとりではなく、頼もしい仲間を得てのことだが、彼の原点は少年時代のアークヒーローズにあった。

 しかし、彼らはもういない。

 中学二年の夏休みに、仲間の一人の実家に皆で遊びに行くために乗った、国内線の旅客機が、空を飛ぶ巨大な怪物に襲撃されたのだ。



 何が起きたかなど分かるはずもなかった。

 誰かがバケモノと叫んだ気もするが、最初に感じた異常事態は強すぎる衝撃だった。

 何かが砕け散る音ともに爆発が生じ、一瞬意識を失う。

 次に気がついた時、その目に映ったのは、鮮やかすぎるほどの青一面の世界で、柳崎はそこを為す術もなく落ちていた。

 それでも視線を巡らせて仲間の姿を捜すが、目に入ったのは原形を留めないほどに破壊された旅客機の残骸を、やたらと長い手で抱え込んだ巨大な怪物だった。

 形状は黒々としたドラゴンの出来損ないといった感じだが、そんなものがこの世に実在するなど聞いたこともない。

 悪い夢だと思いたいところだが、現実感はぬぐえず、そもそも夢であればもう目覚めても良いはずだった。

 しかし、その願いが叶う兆候はなく、それどころか巨大な怪物は、やたらと大きなギョロリとした瞳を柳崎に向けていた。


(なぜだ……?)


 言葉にならない疑問が胸に浮かぶ。

 視線の先で巨大な怪物は旅客機の残骸を放り出すと柳崎に向けて翼をはためかせた。

 聖子、百瀬、緑野、黄色――

 仲間たちの無事を祈りたいが、この状況で生存者などいるはずもない。

 だからこそ、納得ができなかった。


(なぜ俺だけが生きている……!?)


 どのみち、この状況では、あと数秒の命かもしれないが、それでも確かな事実として、今も彼だけが生き続けている。まるで本当に不死身であるかのように。

 しかし、残された命の灯火を吹き消そうとするかのように、怪物が竜のごとき顎を開いて、猛スピードで襲いかかって来ていた。

 恐怖を感じなかったわけではない。

 巨大な怪物に対して自分にできることがあると思い上がったわけでもない。

 それでも柳崎は拳を握りしめると、空中で器用に回転して頭を上にした。

 呼吸すらままならない高高度でありながら、それでも彼は怒りの形相で叫ぶ。


「俺は――俺たちアークヒーローズは無敵だぁぁぁっ!」


 渾身の力を込めて拳を繰り出した。


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