紅雨たち二年伍組は、二年生の円術争の予選で順当に勝ち抜いた。
予選は、学年の五クラスが総当たり戦スタイルだった。
全部で二十試合ある中の四試合に出るわけだが、グラウンドには円術争の丸いコートが三つ用意されているので複数試合が同時に行われ、授業の二時間分を綺麗に使い切った。
結果は、五クラス中一位。
全勝という素晴らしい成績で予選を通過した。
こう言ってはなんだが、本当に今年の円術争の優勝候補の一チームだろう。
ちなみに、紅雨は全試合黒朱の巨大化のみで勝ち抜いた。
途中から相手は色々対策を講じようとしたのだが、どうやら巨大化を術の一つだと考えたらしく、その対策が見当違いだったのだ。
実際には術というよりは身体能力に近い方法で小さくなっている黒朱は、巨大化するとノリノリで相手を円の外にはたき出していた。
一回目の巨大化で伍組以外の学生たちは恐怖にさいなまれ、その次は腰の引けた相手を鼓舞するような声掛けが出て、しかしすぐ諦めと慰めの声に変わり、最後は健闘を称える拍手になった。
少し居心地が悪かったものの、手を抜かなかった紅雨には惜しみない賛辞がかけられた。
なんなら、「優勝してー!」といった声もあったので、笑顔で応えておいた。
数日後、運動会本番。
当日は快晴だった。
もう六月なので普通に暑いが、雨が降るよりもありがたい。
天気予報は微妙だったと思うので、やはり弥魔術をちょろっと使っているのだと思う。
クラスの女子たちは、それぞれに日焼け止めをしっかり持ち出している。
紅雨たち二年伍組の面々は、背中に白い羽か黒い羽をつけてグラウンドの指定場所に集まっていた。
各クラスの待機場所の前には、それぞれポールを立てて旗を掲げている。
担任の顔を大きく描いていたり、浮世絵を模したものだったり、大漁旗のようなデザインだったりと自由だ。
そして、紅雨たちの旗を支える二本のポールの上端には、白い烏と黒い烏が一羽ずつ停まっていた。
夜天も、白烏の
どうやら鳥系の物の怪はお祭りが好きらしく、上から眺められるのは嬉しいらしい。
時間になり、体育委員長からの声かけで体育祭が始まった。
宣誓、準備体操、短距離走、玉入れとプログラムが順調に消化されていく。
紅雨たちは自分のクラスを必死に応援していたが、それは物の怪たちも似たようなものだった。
自分の契約者が所属しているクラスを応援しているらしい。
生徒は教室で使っている椅子を持ち出しているが、その前にシートを敷いた場所があり、物の怪たちが思い思いに陣取って応援していた。正直、めちゃくちゃ可愛い。
夜天はポールの上だが、黒朱は紅雨の腕に巻き付いたままである。
シートの方に行かなくていいのかと聞いたのだが。
『ワシ、ほとんどの物の怪にびびられるねん』
「あ、そうやったね……」
というわけで、黒朱は紅雨の腕に収まっていた。
クラスメイトと賑やかに応援している中で、海斗や陸たちが出場しているのも確認し、目が合えば手を振っておいた。
午前の競技で一番盛り上がったのは、障害物競走である。
前半は網をくぐったり平均台を歩いたりと普通の障害物なのだが、最後はなぜか借り物競争だった。
そして、借り物はほとんどが物の怪関連。
犬系や猫系、赤を持っている、青と白など、物の怪そのもののほか、爬虫類の物の怪と契約している人、という生徒の指定もあった。
そして、ピンポイントに個人を狙うような指示もいくつかあり、ここでは紅雨が狙い撃ちされた。
『えー、あ!これは探すまでもない指定です!“ふたり契約している人”!校長先生もふたり契約ですが、今日は残念ながら出張でいません!ということで狙いは一人だー!!』
マイクを通して指名札の内容を伝えたのは、体育委員の一人だ。
「げっ」
指名札を読み上げられた生徒が、紅雨に向かって走ってきた。
そもそも各学年百人ほどしかいないので、紅雨のことを知っている人も多い。
そしてこの回のレースには、紅雨のクラスメイトも同時に参加していた。
「星無さん、逃げろー!!」
「マジかぁ」
学年入り乱れたクラス対抗なので、全学年の全クラスがライバルなのだ。
一つでも勝ちを増やしたい。
あまり運動は得意ではないが、そんな長時間でないなら鬼ごっこは得意だ。
紅雨は、少し相手を引き付けてからくるりと踵をかえして走りだした。
「瀬川さんがゴールしたら教えてー!」
「おっけー!」
今障害物競走に出ているのは
ちらりと見たところ、ちょうど借り物の札を拾って読み上げに行くところだった。
『えー、青い目!青い目の物の怪でーす!体の色はなんでもかまいません!』
それを聞いた瞬間、紅雨は叫んだ。
「夜天!瀬川さんと一緒にゴールして!!」
『はいよー!瀬川ちゃん、ゴールに走ってや!』
夜天は、ポールの上から飛び立ってゴールへ向かった。
「りょうかいっ!」
「あー!ずるい!!」
抗議の声を上げたのは、紅雨を追いかける生徒だ。
同じ二年生男子らしいが、別のクラスなので名前は知らない。
「こういうのは、個人戦じゃなくてチーム戦っ!っと、すみませーん!」
走り回りながら、紅雨は観客席の間をすり抜けた。
そして、莉名が一位でゴールしたのを横目で確認してスピードを緩めた。
「つっ!捕まえたぁ!」
『おーおー、お疲れさん』
振り回される腕の付け根にしがみついていた黒朱が、にょろりと頭をもたげた。
「うぁ、蛇?っと、一緒に来てもらうで!」
さすがに驚いたらしい彼は、逆の手を掴んで引いた。
「はぁ、ふぅ。つっかれたぁ。ほな、行こか」
「あ、三位になるやん!はよ行こ」
「なるべく走るから引っ張ってー」
「あーもう!」
どうにかヘロヘロと走った紅雨たちは、なんとか二位に滑り込んだ。
その後、クラス対抗リレーやムカデ競争でも、紅雨たちのクラスはかなり健闘した。
三年に交じって上位に食い込んでおり、応援合戦をしている間に集計された結果を見ると、円術争での結果次第では上位入賞を目指せるところまできていた。
「星無さん、頑張ってな!」
「つきちゃん!クラス全員のお昼がかかってるで。めっちゃ応援してるから!」
なんと、体育祭の一位から三位には、学食で使えるランクアップ用の食券が商品として用意されているのだ。
一位ならクラス全員に七回分、二位は三回分、三位は一回分。
基本の昼食は全員授業料に含まれているのだが、量が足りないという人もいる。
そんな成長期の人のために、品数を増やすランクアップやデザートをつけるオプションなどが別料金で用意されていた。
商品の食券は、そのランクアップやデザートを無料で貰えるものだ。
主に男子から、ものすごい熱量を感じる。
「星無さん、頑張ろうな!」
「食券!食券!」
『ワシの分はないんか』
「物の怪の分はないなぁ。貰ったら、デザートとか分けよか?」
『それええなぁ』
『アタシも欲しいでー!』
ポールの上から、夜天が叫んだ。
それを聞いた空穴やダイフクも似たような要求をしているようだった。
夜天はチョコレートが好きだが、黒朱もデザート系なら美味しくいただけるらしい。
「わかった。頑張るわ」
『やったー!応援しとるでぇ』
夜天は他人事のようにそう言った。
そしてその声は、グラウンドにいる人の多くが聞いていたのだった。
『わざとか?』
黒朱が紅雨にそっと聞いた。
あの言い方では、夜天は一切戦わないように聞こえる。
「ううん。多分すっかり忘れてるんやと思う」
『そうか。まぁええか。呼んだら来るやろうし』
「ちょうどええブラフやねぇ」
ふふふふ、と笑い合って、円術争のためにグラウンドの中央へと出た。