「黒朱、影の一!」
『縫い留め』
「『っ?!』」
黒朱が影に入り込んだとたん、白狼と術師はカチンと固まった。
『今のは?一年参組の選手の影に、黒蛇が沈んだように見えましたがどうなったんでしょうか。そして、一年生は動かなくなった!白狼も動かない!そして二年伍組は動く!!』
「両方一緒に動かさなあかんから、夜天!手伝ってー!」
『はいな、どうする?』
「風で押すやつ。風の一の緩いやつやね」
『あいあい』
紅雨の頼みを受けて、夜天はひらりと羽ばたいて一年生コンビへと向けた。
すると、緩い羽ばたきから強い風へと変化し、動けない彼らを風で押した。
ぱたぱたと羽ばたくと、びゅうん!と強風が発生していく。
一年生たちはずるずると後ろに下がり、円の外まで押し出されていった。
「二年伍組の勝利!」
『ここで審判の宣言!一年参組が押し出されて勝負ありだ!!』
わぁ、っと歓声が上がった。
その声と同時に、黒朱が影からにゅるりと出てきて地面を滑り、紅雨の足に戻ってきた。
「お疲れ様。術力はほんの少しやったねぇ」
『まぁ、紅雨からしたらちょびっとやったな。紅雨もお疲れさん』
『ちょっと!アタシも頑張ったで!』
『おー、夜天もお疲れさん』
『ふふん!結構活躍したからな!黒朱もお疲れぇ』
「ふたりともありがとう!」
試合が終わって笑顔を浮かべた紅雨は、ぺこりと審判や周りの人に頭を下げてから、ゆっくりとコートの外に出た。
チーム戦としての勝負は二年伍組の勝ちとなったが、大将戦は行われた。
柿本のダイフクは音系の術を使う白黒の猫で、涼介が連れているのは黒白の猫又だ。
少し似ているが、若干猫又の方が黒い部分が多いし、尻尾も多い。
しかし契約期間が長い分、柿本の方が有利かもしれない。
涼介の猫又がどういう術を使うのかによりそうだ。
試合開始と同時に、涼介が動いた。
「大河、押し流し」
『はいにゃ』
とたんに、だばぁっと大量の水が現れて柿本たちを押し流そうとした。
「うわっ!ダイフク、水渡り!!」
『あいにゃん』
柿本たちは、跳びあがってからその水の上に落ちた。と思ったら、水の上に立っていた。
後で聞いたところによると、音波をうまく使うと水の上に立てるらしい。
本人の理解もあいまいだったので、ちょっとよくわからなかった。
大将戦は一進一退という感じで、どちらの攻撃もそれぞれが防ぐ手立てを持っており、決め手に欠ける状態が続いた。
そしてそのまま、十分が経過した。
「時間です!両者とも戦闘可能状態のため、引き分けです!」
『ここで時間になったぁ!引き分け!引き分けです!そして、チームとしては二年伍組が優勝をかっさらいました!!おめでとうございまぁす!』
そのアナウンスとともに、クラスメイト達が待機場所からグラウンドへ出てきて、紅雨たちを取り囲んだ。
きゃわきゃわと賑やかな友人たちは結果に大喜びで、いかに周りが度肝を抜かれていたか、それを見ている自分たちも同じだったことを思い出してどれだけ面白かったかと話してくれた。
こんなに喜んでくれるなら、頑張った甲斐もあったというものだ。
ゆえりはもちろん、ほかの友人たちも、あまり話していなかったクラスメイトたちからもいろんな言葉をかけられ、紅雨は笑顔で答えた。
一通りの騒ぎが収まり、点数の集計を待つために座席に戻ろうと歩き出したときに、突然紅雨の身体がふわりと浮いた。
「ぅわっ?!」
一瞬足もとが冷たかった気がしなくもないが、驚いている間に横抱きにされていた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
見上げたところにあったのは、涼介の憮然とした顔。
「え?涼介くん?どうしたん、なんでこうなってんの」
「お前、さっき足ひねっただろうが」
「あ、うん?確かに、でも」
最後の試合で影を踏んだときに、力が入りすぎて少し痛かった。
しかし、歩けないほどではない。
「医療スペースはあっちだ。大人しくしとけ」
紅雨を抱き上げて悠々と歩く涼介の前から、どんどん人がはけていく。
すごく見られて恥ずかしい気もするが、それよりも道ができていく状態が面白すぎた。
「すご。え、涼介くんモーゼ的なスキルでも持ってんのん?」
「そんなわけあるか。ただの術師だぞ。どうせ紅雨の蛇にでもびびってんだろ」
「それは否定でけへん」
そう言っていると、紅雨の右足から黒朱がもにょりと首を上げた。
『そこまで脅かしてへんって。涼介の顔面が怖いだけちゃうか』
「はぁ?」
『ヒテイできませんにゃあ』
涼介の足もとからそう言ったのは黒白の猫又、大河だ。
四本の尻尾は、真っ黒の尻尾が二本と黒白の尻尾が二本。
ふわふわと動く尻尾が可愛らしい。
むぅっとぶすくれた涼介を見上げて、紅雨は首をかしげた。
「涼介くん、別に怖い顔してへんで。綺麗な顔してるやん。いかつい寄りかもしらんけど、どっちかってゆうとカッコええ方やろ?」
『そうかぁ?』
『ねえさんおもしろいめをしてるにゃあ』
「だって、左右のバランスが整っているのは綺麗やろ?上下の配置も等分やし、パーツの大きさもほどほどやで。釣り目で三白眼気味やけど、それはうち個人としては好きかなぁ」
何かを言おうとしかけた涼介は、じっと顔を見上げて紅雨がそんなことを当たり前のように言うので口を閉じた。
「一年生やけど円術争で決勝までこれる実力やで。ほんでまだこれから成長期やのに、もううちより背ぇ高いし。上級生をお姫様抱っこできるとかも素敵ポイント加算やろ?」
「もう黙れうるさい」
「え?褒めてんのになんか怒られた。理不尽」
『あーうん。紅雨、黙っといたれ』
黒朱が、無表情のはずなのにどこか気の毒そうな雰囲気を漂わせてそう言った。
紅雨の至近距離にいる涼介は、ぐっと唇を噛んでいるようだった。
視線が鋭くなったまま前を見ているが、その耳は赤い。
(照れたんか。そういえば普通にグラウンドで注目の的やったな)
ちらりと周りを見た紅雨は、それ以上は言わずに黙ってあげることにした。
「腫れてないし、ひねっただけやね。湿布貼っとくし、あと四枚持っていって。毎日取り換えて五日後にまた保健室来てちょうだい」
「はーい。ありがとうございます」
多少痛んだものの誤魔化していたのに、涼介に気づかれるとは思ってもいなかった。
「はい、終わり。ゆっくりやったら歩いてもいいから、一応付き添いだけして席に連れて行ってあげてくれる?」
「はい」
保険の先生は、後半は涼介に向かって言った。
テントの下に整えられていた治療スペースを出て、手を引かれながらゆっくりと二年伍組の座席に向かう。
「涼介くん、うち一人で大丈夫やで?そろそろ点数発表やし、自分の席戻ってくれたら」
「いい。送っていく」
「そう?ありがとう」
引きそうにない涼介を見て、紅雨はぱちくりと瞬きしてから笑顔で答えた。
どうやら心配してくれているらしい。
そういう優しさも良いところだと思うが、多分これを言ったらまた拗ねるようにして照れるのだろう。
紅雨は賢く心の中でだけ思うことにした。
座席まで送った涼介はさっさと立ち去った。
その後、すぐに全クラスの点数一覧が発表された。
その結果、二年伍組は準優勝となった。
「やったー!」
「アップグレード三日分!!」
「デザート三回分!」
クラスメイト達は大喜びし、紅雨も嬉しくてゆえりやクラスメイトとハイタッチした。