次の日は、暑いものの屋上で弥魔術の練習をすることにした。
後輩たちは実技と呪術札を使ったものの両方、紅雨は呪術札を使ったものだ。
「“結界”!っと、じゃあ夜天、風弾緩めでお願い!」
紅雨の課題は、いくつかの弥魔術を組み合わせた物理結界だった。
地面に接する半球の形で結界が作られるので、一人か二人なら身を守るのにちょうどいいらしい。
『ほないくでぇ。ほいっと』
夜天が、紅雨の結界に向けて小さな風弾を向けた。
なかなかのスピードで飛んできた野球ボール大の風の塊は結界にぶつかり、ふわっと消えた。
「……。お?いけた!じゃあもう少し強めで」
『あいな』
次に夜天が用意したのは、バレーボールほどの大きさの風弾だ。
それが結界にバチンと当たり、同時に結界も消えてしまった。
「消えてもたかぁ。うーん、まだまだやな。全力の風弾を弾けるくらいやから」
『先生が言うとったんは、二階から辞書が落ちてきても弾けるくらい、やで』
「大体でええやん。風弾防ぐ方が楽しいし」
『わかる。アタシも楽しい方が好きやわぁ』
紅雨がもう一度呪術札に術力を込めようとすると、見ていたらしい涼介が近寄ってきた。
「紅雨、俺もそれやってみたい」
「これやってみる?あ、そしたら涼介くんにひっついてていい?」
「あぁ、来いよ」
涼介は札の文字を読みながら、いつものように術力の流れを見たいという紅雨の頼みを受け入れた。
少し離れて練習していた海斗たちは、顔を見合わせた。
「ちょ、今のセリフ聞いた?」
「聞いた聞いた。すげぇな、あの二人」
「くっそ、試験前にいちゃつきやがってぇ。勉強しろ」
「あれがリア充というやつか」
『ほぉ、ああいうのがリア充ゆうん?』
「そうそう」
『爆発しろっていうやつな』
夜天も混ざってそんな会話をしているのを尻目に、涼介は呪術札を発動させた。
「えぇ?そこにそんな力入れるん?ほんでこっちは少なめでいいんか……。じゃあ試してみよ。夜天!こっちに風弾お願いしていい?」
『はーい!んじゃ、ちょい強めな』
夜天は、バレーボール大の風弾を結界に放った。
ぶつかった風弾は、ぼふん、と消えた。
『お?やるやん』
「もっと強くてもいけるな」
『言うなぁ。ほな、マックスでいくでぇ』
「あ?そんな急にっ」
涼介の言葉を受けて、夜天は楽しそうに空へ舞った。
そして、少し力を溜めるようなしぐさをしてから大きく羽ばたいて一メートルほどの風弾を飛ばしてきた。
「ちっ!くそっ」
涼介は、とっさに腕にくっついていた紅雨を抱き込んだ。
「わっ」
大きな風弾は、『ドガン!』と鈍い音を立てて結界に当たり、しばらく結界に食い込んだあとでしゅるるる、と霧散した。
結界は、無傷だった。
「急に威力上げてくんなよ危ねぇな」
『えぇ~?自信あったんちゃうん?』
ゆるりと下りてきた夜天は、全く悪びれることなく言った。
「自信があるのと確信があるのは別なんだよ!人に当たったらどうすんだよ」
『大丈夫やって。アタシも大丈夫やと踏んだからやったし』
「ったく」
そこまで言ってから、涼介は自分が腕に抱いている紅雨のことを思い出した。
布越しの身体は柔らかく、なんとなくいい匂いまでしている。
不埒な思考へと変わりそうな自分を内心で叱責し、さり気なさを装って紅雨を腕から解放した。
「悪かったな、突然」
「ううん、全然。庇ってもらったし。居心地よかったで!」
そんな風に言われた涼介は、先ほどの感触を思い出しそうになって眉間にしわを寄せた。
「は、あ?だっ、お前なぁ」
「なぁなぁ、うちも結界やってみたいからコレ解除してくれる?」
「……ほらよ」
「ありがとう!大体わかったから多分できるわ、めっちゃ助かった!」
「あぁ」
涼介から呪術札を受け取った紅雨は、先ほどの術力の流れを思い出しながら結界を展開した。
そこから涼介は動かなかったので、またしても二人が結界の中である。
「っふぅ。できた?これいけてるんちゃう?なんか硬そうやで」
紅雨は、結界をコココンと叩いてみた。
なんとなく、分厚さを感じる。
「夜天、もっかいやってみてー!」
『ほい、八割くらいでいくで!一応端の方狙うわ』
ばさり、と飛んだ夜天は、バランスボールくらいの大きさの風弾を作った。そのまま飛ばされた風弾は、結界の端の方にぶつかってほどけていった。
「やっぱし、できたんちゃう?じゃあ次は全力で!」
『まかしときっ!でも何回もやってちょっと足らんから、紅さん術力分けてぇや』
「うん、どうぞぉ」
契約している物の怪に術力を分けるのは、習ったわけでもないのにイメージだけでできる。
謎の仕様だが、紅雨は非接触充電だと理解していた。
多分大体合っている。
術力を分けてもらった夜天は、一メートル大の風弾を作り出し、先ほどと同じように結界に投げつけてきた。
そして、風弾はバチンと破裂した。
「ん?涼介くんのときとちょっと違う感じやったね」
『あぁ、それは紅さんの結界の方が硬いからやわ。えらい術力込めたんやねぇ』
「調整があんましでけへんから多なってん。術力の量で硬さが変わってくるんやね。まぁこれくらいできたらええか」
『せやねぇ』
「紅雨、あちぃからそろそろ解除してくれ」
「あ、そういや暑なってきたなぁ。もしかしてこの結界、空気も遮断してるんかな」
『せやで。やからさっきから声がガラス越しみたいになってるやん』
「確かに」
結界を解除すると、すぅっと風が通って涼しくなった気がした。
実際には初夏の暑さなので、結界の中が蒸し風呂のようになっていたのだろう。
本当に身を守るために結界を使うときには、選べるなら場所を考えた方が良いのかもしれない。
紅雨の腕に巻き付いていた黒朱は、風を感じたのか身体を震わせた。
『ん?終わったんか?』
「まだもう少し練習するで。え、もしかして黒朱寝てたん?」
『はははは、そんなわけあらへんやろ。結界頑張りぃや』
「いやできたし。夜天の全力風弾もはじいたし。やっぱり寝てたやろ!」
『ははははは。なんのことかな?』
『このジジィ、適当なこと言いよってからに』
「はいはい、じゃあもう一回やるからちゃんと見といてや。うち成長してるで!」
『ちゃんと見るちゃんと見る』
初夏の日差しは、屋上にいる試験前の生徒たちに降り注いでいた。