「そんなんわかるん?」
「五行を考えたら、風は水と火に関係するだろ。影は火と土と木。関係する属性なら物の怪の補助がきくはずだ。火はできたのか?」
「ごめん、そのへんの五行の関連は詳しくわからへん。あと火の弥魔術は、夜天が手助けしてくれて結構すんなりできたかな」
「風は火を強めるからな」
「あぁ、ちゃうねん。夜天が使える術は空気なんやって」
紅雨が手を軽く左右に振ってそう言うと、涼介はバッとこちらを見た。
「空気?なんだそのチート。厨二病で考えるつえぇワザ三選に出てくる系だろ」
「あ、それうちも思った。つええ系って言うたら空気、重力、空間やんな。あれ?でも黒朱も影ってことは闇っぽいからそっち系なんかな……?」
紅雨が黒朱を見下ろすと、涼介も一緒に見下ろした。
『ん?なんやなんや?ワシは普通の蛇の物の怪!悪い物の怪とちゃうで☆』
黒朱は、赤い目を器用にウインクしてみせた。
「いやそんな『悪いスライムじゃないよ!』的な言い方をされても。いろいろ混ざってるし。あと、蛇やなくて大蛇やし、普通の物の怪ってなんやねん」
紅雨は思わずつっこんだ。
「紅雨はそのあたりも知らねぇんだな。悪い、というか人を目の敵にしてる物の怪もいるんだ。陰陽師が妖怪退治をするとかそういう話があんだろ。あれはそういうやつだよ」
「え、妖怪ってことになってる物の怪もいるってこと?」
「いた、だな。最近は住み分けがはっきりしてて、そういう問題は起こりにくくなってるらしい」
『せやなぁ。大昔はそういうこともあった、て年寄りから聞いたことあるわ。大概が勘違いとか思い違いが重なった悲劇やな。そんで、涼介の大河は水か?川か?』
黒朱は頭をもたげて聞いた。
悪い物の怪のことが気になったものの、話題が変わったので紅雨はさらに聞くことはできなかった。
「あぁ、河だ。細かい調整ができないっつーか、やろうともしてないな」
「へぇえ。性格が猫っぽい。あ、あの尻尾ってやっぱり猫又なん?」
「そうだ。猫と猫又は違うって何度か言われたんだが、正直よくわからん。とりあえずベースは猫だが違うものらしい」
「ふぅん」
その後、あれこれ話した後でようやく金属性の弥魔術について教えてもらった。
「理科とか化学の授業で元素記号を習うだろ?あれをイメージに使うんだ。鉄ならFe、銅ならCu。重い原子ほど作るのに術力を使う。アルミとかマグネシウムは軽いだろ?だから少しの術力でいい。銅とか鉄、銀なんかはそこそこ、金やプラチナは重いから作るのが大変だ。とはいえ、無許可で大量の金属を作るのは違法だから気をつけろよ」
「それやったら、原子組成とかを想像した方が成功しやすいんかな?」
「そういうイメージでいい」
「って、金属性系は違法なん?ほな、何回もでけへんやん。どうやって訓練したらいいん?」
さすがに、授業で習うならどうにかしているのだろう。
涼介は、それもきちんと教えてくれた。
「出したものを術力に戻してやればいい。出してすぐならまだ術力を纏っているから、割と簡単に戻るぞ」
「あ、そういえばそういう系の術を術力に戻すやつ、金の術よりも先にやってたわ。どこで使うんやろって思ってたけど、わりとすぐに使うやつやってんな」
「そうだ。……って、おい」
紅雨は、躊躇なく涼介の足の間に座った。
そしてちょっと振り返った。
「だって、試してみたいけどイメージ分からへんから。やってみせて?」
「っ、わかった。じゃあ手を出せ」
「はーい」
いつものように左手と右手を取られ、涼介が後ろから覆いかぶさってきた。
いつもより少し背中が熱い気がしたが、それもきっと、夏だからだ。
次の日も、その次の日も、短時間ながら紅雨は涼介のいる屋上に通った。
座学的な勉強や宿題もあったからせいぜい一時間程度だったが、毎日行っても涼介が迷惑がらないので紅雨も気にせずにいることにした。
しばらく通っていると、金の術を必死に練習する紅雨を見ながら涼介が聞いた。
「なぁ紅雨、なんでそんなに必死に頑張れるんだ?」
問われた紅雨は、必死にやっているという自覚がなかったため首をかしげた。
「さすがに、ずぅっとやってるわけちゃうで。ちょこちょこスマホとか本とかでサボってるし。でもあれやわ、今まで術とかそういうのが身近になかった分、魔法みたいで面白いんやもん。自分がファンタジーやで?めっちゃ
「そういうもんなのか。俺はずっとこっち側だからよくわからん」
紅雨が語気を強めて言うと、涼介は納得したようなよくわからないような反応をした。
「そっか、涼介くんは本島の施設で育ったんやっけ。弥魔拾学園って小学校から一応あるやんね。もしかして、そんな小さいときからずっと弥魔術を習ってたん?」
「いや。小学生のうちは身体が未熟で危険の方が多いってことで、術力を抑える札を常に持たされてたな。それに、小学生は限界集落並みの人数しかいないからな。隠れて学ぶこともできなかった」
「子どもが無茶せぇへんように、常に見守られてたんや」
「あれは見張りだな。万が一にも弥魔術を早期に使うことがないように、小学校だけ敷地も別なんだ」
「そういや、ここは中高大しかあらへんね。そういう理由やったんか。ん?ほな、なんで涼介くんは慣れてる感じなん?」
「あぁ、そこは頭のでき――」
紅雨は両手を肩まで上げてわきわきと手を動かした。
それを見た涼介は、話の流れをくるりと変えた。
「もあるけど、ちょっと俺の術力が多すぎてな。制御しきれない可能性もあるからって俺だけ先に座学を習ってたんだ」
「そうなんや。危ないことはなかったん?」
「あぁ、一応はな。術力を抑える呪術札、多いときは十枚くらい持たされてた。それがめんどくさくて制御方法はきちんと勉強したんだ。弥魔術もそれの延長だな」
そう言いながら、涼介はさっきから紅雨が四苦八苦していたアルミ箔を作る術をさらりと成功させてみせた。
ちなみに、紅雨はアルミの塊はすんなり出せたのだが、箔になったとたんできなくなった。
そしてまた、くっついて実例を体験させてもらうことになった。
「何回もありがとう。そうや!今日はご飯一緒に食べよ。追加分奢るから!」
「は?いや、俺は自分の寮で食べるから」
紅雨は、そう言う涼介の腕を取って引っ張った。夏休み期間の人が少ない間は、開いている食堂が限られている。
だから、女子が男子寮の食堂に行ってもかまわないのだ。
ちなみに、休み期間の食費は別徴収となる。
メニューは減るものの、提供されること自体がありがたいことである。
涼介は、躊躇しながらも引っ張る腕を振り払うことはなかった。
「ええやん。大丈夫、追加分のやつは体育祭の報酬やから!別に元のご飯が多すぎて使われへんわけちゃうけど、なかなか使い切られへんくてさぁ。貰ったん三枚でな、黒朱と夜天に一枚ずつ使ったら一枚残って」
「使い切れないのか」
「そう。で、量増やしといて残すのも良くないやん?せやけど、そもそもが多いねん」
「それで俺に」
「そう!日頃のお礼に。元手タダやけど」
悪びれずに言った紅雨に、涼介は仕方なさそうに口角を上げた。
「わかった。でもそれ以上はやめてくれよ。金使って奢られるとか、俺はそういうつもりでお前に教えてるわけじゃねぇから」
「はーい。じゃあ、奢らへんから一緒に食べるんはいいやんな?」
「まぁそれくらいは。って待て」
「よかったぁ。友達みんな帰省しててな。別に一人で食べられへんことはないけど、黒朱は見てるだけやし、やっぱ味気ないやん?涼介くんいてくれたら嬉しいわぁ」
「……そうかよ」
ぐいぐいと涼介の腕を引っ張っていた紅雨は、そのときの彼の表情を見ていなかった。
黒朱は、紅雨を見上げて仕方なさそうに首を左右に振っていた。