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14 夏休みも不可思議とともに 1

期末テストは思ったよりもうまくいき、それなりに満足な結果を得た。

終業式の前日、海斗や悠真たちからお礼を言われ、彼らも少しずつ成績が上がったらしかった。


驚いたのが涼介だ。

文字を丁寧に書くようにと口を酸っぱくして言い続けたところ、なんとクラスで五番目にまで急上昇したらしい。

担任も驚いていたが、返されたテスト用紙を見てうなずいたそうだ。

もしかしなくとも、これまでも字が汚いだけで合っていたのかもしれない。



「じゃあ、また八月の末に。あたし、夏休みは普通にほぼ全部実家で過ごすから」

私服姿のゆえりが、大きなボストンバッグを肩から下げて言った。

「あたしも。まぁ、ゆえりよりちょっと短いけどな」

「つきちゃんは、帰らんでええのん?」


終業式の日、紅雨は勉強のためお盆前後にしか帰らないと言った。

すると、友人たちはほぼ全日帰省するのだと教えてくれた。

普段全寮制で会えない分、休みのときにしっかり会って過ごす生徒が多いらしい。


今は、帰省する皆を坂の下まで見送りに来た。

「うちはお盆の前後だけ帰るねん。家では弥魔術の練習できへんし。ほな、春ちゃんとはだいたい一か月後かな?ゆえちゃんと南柚ちゃんは八月三十一日?」

「さすがにぎりぎりは怖いから、八月二十九日やわ」


春乃は日傘を差していて、南柚は帽子を被っている。

紅雨も日傘だ。

かなり暑いのだが、山の上なので都会と比べると涼しいらしい。


「あたしもそれくらい」

「そっか。じゃあ、気ぃつけて帰ってね」

「うん、ありがとう。つきちゃんも、無理はせんようにね」

「わかった。またねぇ」

「また来月ぅ」

「じゃあね。お土産はお菓子買ってくるわ」

「わ、ありがとう!」


そうして、友人たちを含めた多くの生徒が帰省した。


紅雨のいる寮の建物に残っているのは数人で、その人たちも一週間ほどで帰省するのだという。

お盆前後だけ帰るという人もいないことはないが、ほんの一握りだし、友人の中にはいなかった。

三年生は、受験勉強のために残るという人もいるらしいがやはり少数だ。


数日で寮も学校も一気に人が減り、学園内はガランとなった。




夏休みで授業がなくなったからひたすら勉強していたのかというと、残念ながらそうでもない。

もちろん宿題は進めてきたし、少しは勉強もしたが、進みが遅いことは否めない。

部屋にいたらスマホを触ってしまうし、図書館に行くと関係のない本を読んでしまう。


それでも、どうにか中学二年の一学期分をこなした。

これは、黒朱と夜天の協力も大きい。

誰かに見られているというだけで進み方が違うし、実践訓練では相手をしてくれたのだ。


さすがに暑くて外ではやっていられないので、勉強は校舎の教室か図書館、実践訓練は解放されている体育館を使っていた。

どこも冷房が効いているので過ごしやすい。

黒朱はともかく、いつもなら外で自由にしている夜天まで涼むために一緒にいたくらいだ。


だからその日、屋上に行ったのはたまたまである。

体育館がメンテナンスのために使えないと言われたので、久しぶりに足を運んだ。


「あれ?涼介くん。久しぶり」

涼介は、日陰になったところにレジャーシートのようなものを敷き、その上に寝転んでいた。

夏休みに入って二週間ほど経つが、休みに入ってからは初めて会った。


制服ではないTシャツとデニム姿は新鮮に映る。

一方の紅雨も半袖のワンピースだ。


「あぁ、紅雨か」

「そこ日陰やけど、それでもめっちゃ暑ない?って、なんで涼しいのん」

何の躊躇もなく涼介のすぐそばに立つと、突然空気がひんやりとなった。

まるで冷房の効いた室内のようである。


「前に紅雨に結界の呪術札見せてもらったから。それの応用だ」

『ほぉほぉ、なかなか快適やな』

黒朱がしゅるんと紅雨の腕から降りた。

床を体で確かめ、満足そうにうなずいている。

夜天は、屋上に行くなら森に散歩に行ってくると言って出かけてしまったので、ここにはいない。


「なにそれずるい」

「ずるくねぇよ。賢い活用だろうが」

「札になんて書いてるん?見ていい?」

「これだ」


寝ころんだまま、ポケットから出して渡してくれた札を受け取り、紅雨は涼介の足もとに腰を下ろした。

結界の範囲は広めらしく、数歩程度なら離れても涼しい。

しかし、空気は入れ代わっているようで息苦しいことはない。


その札を見ると、効果範囲、熱の遮断、一定以上の熱の放出、空気の入れ替えなどが組み込まれていた。

五種類ほどの術を組み合わせたそれは、無駄がなくコンパクトだった。


「うわすっごい。ちょっと待って、これ自分で書いたんやろ?まだ習ってへんやんな?なんなら習ったはずのうちよりきれいにまとまってるんやけど」

「そりゃあここの差だろ」

涼介は、つんつんと自分の頭を指した。


「え?頭の良さは完全にうちやん。勉強教えてんのに。そんなこと言うやつは、こうや!」

「ちょっ?!は、はははは!やめっ!ふぅっははは!」

紅雨は涼介の両足に馬乗りになり、そのわき腹を容赦なくこしょばした。

涼介は笑いながら体を捻って逃げようとするが、紅雨が上にいるのでうまくいかない。


「うちは後からスタートで知識が足りんだけやもん!頭は悪くない!」

「わ、わぁった!ははは!ったから、もう、やめっ」

「許すまじっ!」

紅雨は、涼介を笑わせるのが楽しくなってしまった。


だから、反応が遅れたのだ。


「も、無理だっつの!」

「っわ!」

ぎゅむ、と両手首を取られ、気づいたらころんと仰向けになっていた。

涼介の肩越しに、夏の青空が見える。


その青が、やけに綺麗に見えた。


影になった涼介の目の中に見えた何かには、気づかなかったふりをした。


「ごめーん。やりすぎた。久しぶりに会ったからテンション上がってもて」

「……はぁ。ったく、ほかのやつにやんなよ?マジで嫌がられるからな」

「うん、そうするわ」


それを聞いた涼介は、ゆっくりと紅雨の上から身体をどかせた。

紅雨も続けて起き上がり、話題を変えた。


「ところでさ、中学二年の二学期の分に入ってめっちゃ躓いてんねんけど」

「あ?どこで躓く要素があんだよ」

涼介がシートに座ったので、その隣に腰を落ち着ける。


「金の属性の弥魔術がさっぱりやねん。発動しようとしても『ぷすん』って感じ」

「それか。確かに、そのあたりは皆混乱してた気がするな」

「金ってつまり金属やん?金属ってことは、土属性がわかったらわかりそうなもんやん?せやのにでけへんねん」

紅雨は、前に出した扇をぺしょりと下に向けた。


「あー、そういう考え方もあるけどな。紅雨、五行はどこまでやった?」

「どこまでって……木、火、土、金、水の五つで、自然現象を説明する原理やろ?そんでまぁ基本的な弥魔術はこの五行に沿ってできてるっていう」

陰陽五行とも呼ばれるそれは、中学一年の最初のあたりの弥魔術の教科書にちらっと書かれていたので、一応調べておいた。


「まぁそういう感じで合ってるな。ただ、土は色んなものが混ざっているんだ。で、金の弥魔術で扱う金属は基本的に単一。だから、似てるけど違うものだ。あとは、お前の契約してる物の怪が使う術は影と風だろ?金との関係が薄いから余計にやりにくいんだろうな」

「え、物の怪も関係するもんなん?」


まさかの新情報である。


「あるぞ。とはいえ、俺らは物の怪と契約する前に習ったから、考え方さえ習えば大体できるようになった。いまだに苦手なやつもいるけどな。紅雨は先に物の怪と契約したから、土と火と水あたりは物の怪の補助が勝手に入ってるんじゃねぇか」


紅雨は、思わず足もとで伸びている黒朱を見た。

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