目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

15 帰省と不可思議 1

「ただいまぁ!」

紅雨は、数カ月ぶりに実家の玄関をくぐった。

さすがに大っぴらに連れ歩けないので、黒朱と夜天は別行動で実家に来てもらうことになっていたから、今は一人である。


「あぁ紅、おかえりぃ。暑かったやろ。中入り。そろそろスイカ切ろう思ててん。食べる?」

出迎えてくれた母は、特に何も変わっていなかった。

お盆休みにはまだ入っていないので、父は仕事で留守にしていた。

妹の青天せいらの靴もなかったので、部活にでも行っているのだろう。


「食べるー!あ、もうちょいしたらうちの物の怪も来るけど、基本的には何も食べへんから。お菓子とか甘いやつは好きみたいやけど」

「物の怪?あぁ、手紙に書いてた契約した子ら?」

キッチンの方から聞こえる声は、いつも通りののんびりしたものだ。


「そう、黒朱と夜天。黒朱は小さくなれるし、夜天も普通の烏より小さいからそんな邪魔にもならんと思うわ。あ、お父さんもお母さんも青天も、爬虫類と鳥類大丈夫やんな?」

紅雨は靴を揃えて上がり、キッチンを覗き込んだ。

「あははは!確認が後かいな。まぁ、蛇と烏っていうても普通のんとちゃうんやろ?会話できるんやったら大丈夫ちゃうか」

母は、八等分にされたスイカをサクサクと切りながら言った。


荷物を自分の部屋に置いて、手を洗ってキッチンに戻ると、タイミングよく声が聞こえた。

『おじゃましてよろしいかぁ』

『ここの窓開けたってぇな』


紅雨は、リビングの大きな窓に向かった。

南向きの窓の外は、庭を半分使ったポーチである。

数年前に父が頑張ってDIYしたもので、春や秋などの気持ちのいい季節には外でよくBBQなどをするのだ。


鍵を開けてガラリと窓を開けると、バサバサと夜天が入ってきた。

ちなみに、黒朱はさらにミニサイズになって夜天の足に絡みついている。

そのまま、夜天はダイニングの椅子の背に停まり、黒朱はいつもの大きさになって椅子の上でとぐろを巻き、机から顔を覗かせた。


『おじゃましますぅ』

『おじゃまするでぇ』

「邪魔するんやったら帰りぃ」

母は、振り返りもせずにそう言った。


『ほな失礼しますぅ』

『いや帰るかいな!こんなに必死こいて飛んできたのに!』

「あっはっは!テレビも見てるん?面白い子ぉらやねぇ。ホンマに目の赤い黒蛇と、目の青い烏。でもしゃべれるんやねぇ。紅雨は迷惑かけとらへん?」

顔だけ振り向いた母は、楽しそうに笑った。


『子ぉゆう年やないけどな。ワシは黒朱。紅雨はよう頑張っとるし、毎日楽しいで』

『アタシは夜天いいます。アタシが二百年くらいで、それで若手やからなぁ。紅さんにも言うたけど、わりと自由にやってるからウィンウィンや』

「そうなん?見た目だけやったら年とかわからへんもんやねぇ。ようやってるなら良かったわ。スイカ食べる?」


母は、紅雨と自分の皿にスイカを盛ったところでそう言った。

残りのスイカは、大皿に並べて冷蔵庫に入れていた。


『紅雨のお母はん、ワシらはいわゆる食べ物はいらんからええわ。ありがとう』

『物の怪やからなぁ。アタシはチョコレートは好きやで!でもあえて言うんやったら紅さんの術力がご飯やね。いっつも貰ってるから、大概おなか一杯になっとるで』

「そうなんやねぇ」

母は夜天の言葉を聞いて、カウンターに置いてあるお菓子の籠を持ってきてチョコレートを取り出した。


『いやぁ、嬉しいわ。ありがとう』

「どういたしまして。ほんで、紅の術力?って美味しいん?」

紅雨もそれは気になったので、スイカの前に座りながらふたりを見た。


『美味しい?っていうか、気分が良い?ホンマに食べるわけやないから言い方難しいねんけど。黒朱はどうなん?』

先に答えた夜天が黒朱に聞いた。

黒朱は首をこてんと傾け、ぴろぴろと尻尾を振った。


『分けてもらう感じやからなぁ。ちょうどええ温度の風呂みたいな感覚やな』

『ほかの子ぉも悪くはないけど、紅さんのはちょうどやわ』

『紅雨は割と物の怪に好かれる術力持っとると思うで』

『確かに!三輪さんのとこでも、黒朱あんたがおったのに近づこうとしとる奴らが結構おったからなぁ。大概ビビって遠巻きに見とるだけやったけど』


それは初耳だったので、紅雨はスイカの種をプッと出してから言った。

「あのとき?ほかにも物の怪おったんや。全然知らんかったわ」

『アタシは平気やったから近づけたで。黒朱はでかすぎるねん。そら普通の物の怪はビビるわ』


『ワシらは術力の塊みたいなもんやからな。強さが序列やからそんなもんやろ』

「細かいことはよぅわからんけど、蛇さんは強いんやね。そんで怯まへん烏さんもまぁ強いと。紅、えらい強い子ぉと仲良ぉなったんやなぁ」

母は嬉しそうにうなずいた。


「仲良くってゆうよりは契約な。いや仲良くできそうやから契約したんか。まぁどっちでもええわ。とりあえず、こっちにおる間は黒朱と夜天も一緒やから。あ、でも夜天はちょくちょく外に出るから、べったりってわけでもないなぁ」

紅雨が聞くと、夜天は片羽を広げてひらひらと振ってみせた。


『せや、せっかくやから、夜にでもこのへん色々見てくるわ。隠れとるお仲間を見つけるのんおもろいし』

『脅かさんとけよ?なんぼいうても夜天も黒や。突然来られたら向こうもびっくりするで』

『なるべくそうするわぁ』

そういった方面にやる気がなさそうな夜天に、黒朱は重ねて注意した。


『気難しいやつも中にはおるんやで。下手にして迷惑かかるんは紅雨の家族や。せやから遊ばんときって言うとんねん』

『んもぉ。わかった!こっそり遠くから覗くだけにしとくから大丈夫』

『絶対やで?』

『絶対!アタシかて別に紅さん困らせたいわけちゃうもん。それくらいでけるわ』


プイ、と顔を横に向けた夜天は可愛らしい。

紅雨は母と顔を見合わせて目を細めた。




夕方に青天が、夜には父が帰ってきた。

会社で働く父は、明日の十三日まで仕事があるらしい。

青天は、今年高校受験のため塾で勉強していたという。


「青、結局どこ受験するん?旭ヶ岡?」

夕食で、紅雨が聞いた。

春の時点ではまだ決めかねていたが、そろそろ決定しているだろうと思ったのだ。


青天は、咀嚼しながら首を左右に振った。

「ううん。見学したけどちょっとちゃうなって。でもあんまり遠いのも嫌やし、色々考えて星の影高校にしてん。友達も行くって言うてたし、進学率も高いし」


「うぐぅっ!妹がナチュラルに姉を超えてくる」

『将来のことちゃんと考えてる、ええ妹さんやん』

黒朱は、紅雨の椅子の背にくるりと巻き付いていた。


「そうやんな!あ、そういえば聞きたかってん。お姉ちゃんは術師やったけど、あたしはどう?あたしも術師になれそう?」

『あー……。いや、ちゃんと将来考えてたらそれで十分ちゃうか』

黒朱は、キラキラした青天の瞳を直視できずにふいっと顔を逸らした。


誤魔化された青天は、今度は夜天を見た。

ちなみに、紅雨も見られたがにっこり笑ったらスルーされた。

『もう!こういうことはちゃんと教えるのが親切ってもんやで?あのな、青天ちゃん。あんたには術力ほとんどないわ。残念やけど、ごく普通の一般人やね』


「はぁあ。やっぱりそうかぁ。お姉ちゃんみたいに運が悪いってこともなかったし、突然良くなったりもせぇへんかったもん。違うんやろなって思ってた。あぁあ。残念」

青天は、机に肘をついて両手に顔を伏せた。

それを見た母は、首をひねった。


「何言うてんのん。紅が書いて寄こした術の勉強の内容チラッと見て、『めっちゃ理系っぽいから無理』って速攻投げとったがな。残念っていうよりはほっとしたんやろ」

「それな。いやほんま、万が一あたしも術が使えるから学校に、ってなったらどうしようかって思ってた。あたしは理系ちゃうねん。でけへんことはないけど、論理で殴る系の学問は好きちゃうねん」


青天は文系なのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?