「そうや、お姉ちゃん。見るだけやったらええやろ?お姉ちゃんたまになんか術見せてぇや」
「はいはい。手紙は見せたやろ?今度声だけ届けるやつ飛ばすわ」
「ほんま?楽しみぃ」
「紅、オレにもなんか送ってや」
遅めに帰ってきたために、一人夕食を前にした父がそう言った。
紅雨と青天の会話を楽しそうに聞いてはいたが、入りたかったらしい。
「うん、わかった。お父さんにも術系音声メッセージ今度送るわ」
「それやったら、おばあちゃんにも送ったってや。うちに来た手紙は見せてるけど、大丈夫かなぁゆうて心配してくれてはったから」
母に言われて、紅雨はうなずいた。
「わかった。学校に帰ったら出すわ」
「なぁお姉ちゃん、うちからその手紙とか出したらあかんの?」
青天が不思議そうに聞いた。
それに答えたのは黒朱である。
『それな、別にええんちゃうかと思うんやけど、術を使い始めて一年間は外で
青天は、首をもたげた黒朱の言葉に頬を膨らませた。
ちなみに、青天も父も、母と同じくすんなり黒朱と夜天を受け入れていた。
謎の適応力である。
「え、暴発?むっちゃ怖いやん、どかーんって爆発とかするん?」
拗ねたものの、内容を理解した青天が聞いた。
それに黒朱はうなずいた。
『するする。紅雨やったら、この辺の町内一帯ふっとばせるで』
「え、マジで?それは初耳」
黒朱の解説に驚いたのは紅雨だ。
まさか自分がそんな威力の術を使えるなどと思いもしなかったのだ。
青天は姉に向き直った。
「お姉ちゃん!絶対安全ってなるまでは外で術使うの禁止!」
「いやうちも怖いから使えへんわ」
『それがええわ』
紅雨は、改めて自分が学んでいる術力の便利さと危険性を認識したのであった。
『小さい神社やけどな、わりと過ごしやすいところやわ。ええ物の怪ばっかりやから、アタシともちゃんとしゃべってくれたで。あと、すぐそこの公園とか、向こうの川沿いにもちょこちょこおったわ。まぁほとんど隠れとったけどな』
そう教えてくれたのは、実家の近所を一通り飛び回った夜天である。
地元はそれなりに都会だと思っていたが、公園や神社などに自然と言える場所が残っていて、そこを中心として物の怪が隠れているらしい。
気になった紅雨は、黒朱と夜天を連れて外に出た。
さすがに暑いので、日傘を装備している。
ミニ扇風機を首からぶら下げて涼を取りながら、こんなときに涼介が使っていた結界を使えたらな、とふと思い出した。
数分歩いてたどり着いたのは、ご神木っぽい大きな木があるコンパクトな公園が併設された神社だ。
実のところ紅雨はあまり来たことがない。
宮司さんがいつもいるわけではないし、少し距離はあるが別の大きな神社があるので、初詣などはそちらに行くのが常だったのだ。
『また来たでぇ。うちがちょっとだけ防音したるから、紅さんのそばに寄っといで』
「あ、先にお参りだけするわ」
紅雨はそう言って、ポケットに硬貨が数枚入っているのを確かめた。
一礼してから鳥居をくぐり、石の手水で手を洗い、鈴緒を上に持ち上げてたわませるようにしてガランガランと鳴らす。
お賽銭を入れてから、二礼二拍手一礼。
今回はただの挨拶なので、適当に『お邪魔します』と心の中で言っておく。
振り返ると、ベンチの前に夜天が立っており、そのまわりに茶色いリスや緑の雀、灰色と紫のブチ模様のネズミなどがいた。
パット見では普通の体色なので、コントラストを落としているのだろう。
ゆっくり歩いて近づくと、少しだけ身構えたようだった。
紅雨が歩いてベンチに行き、腰を下ろして黒朱が巻き付いた腕を上から押さえると、やっと彼らは安心したようだった。
『アタシらの契約主、紅雨や。近所に住んどったから知ってるやろ?』
『ワカル』
『アッチ、スンデル』
小さな物の怪たちは、どうやら言葉があまり得意ではないらしい。
しかし、よく見たらカラフルに見える目をこちらに向けて話す様子は、どう見ても知性がある。
そして、近所だからか彼らは紅雨を知っているらしかった。
『術師、ヒサシブリ』
『オカエリ、オカエリ』
『クロイノ、ツヨイ、コワイ』
「お邪魔します。ちょっとだけ話を聞きたくて来たんよ。あと、黒朱は強いけど怖くないよ。うちが押さえてるから大丈夫。夜天は怖くないん?」
『クロイトリ、ツヨイ、ヤサシイ』
『術力、ワケテクレタ』
『術師ノチカラ、モラッタ』
どうやら、夜天は紅雨から受け取った術力を賄賂にして彼らを懐柔したらしい。
「そっか。君らは、ずっとここに住んでるん?」
『ズット?キヅイタラココ、ウゴイテナイ』
『トンデキタ。マエハ、アッチ、ヤマ』
『ムコウ、ジンジャ。モノノケ、オオイ、ヒッコシタ』
リスはずっとこの神社にいて、雀は山から来て、鼠は向こうというので多分大きな神社から引っ越してきたのだろう。
小さい彼らがピルピルと鼻を動かしたり小さな指を握ったりするさまが非常に可愛らしい。
「そうなんや、色々あったんやねぇ。術師と契約とかせぇへんの?」
『マダヨワイ、ケイヤク、シナイ』
『ヒト、オオイ。術力、モラウ。ツヨクナル、ソノアト』
『ケイヤク、イラナイ。ココデ、ミテル』
どうやら、雀と鼠は強くなりたいらしいが、リスはずっとここにいるつもりらしい。
物の怪それぞれに好みがあって、思うとおりに存在しているのだろう。
「人って、誰でも術力あるもんなん?」
『まぁ、ほんの少しはな。使えるほどなんはほとんどおらん。せやから、使わへん術力をほんの少しずつもらって成長するんや』
紅雨に押さえられた黒朱が、身体を動かさずに言った。
小さい物の怪たちを驚かさないように気を使ったらしいが、それでも彼らはぴょこんと身体をひくつかせていた。
「黒朱と夜天も、そうやって成長したん?」
『アタシは、最初羽も青やってん。そっから頑張って術師を見つけては分けてもらったりして赤から白、ほんで黒まできたんや。二百年でこれはかなり優秀やねんで』
夜天が、胸元の羽根をぶわっと膨らませて自慢げに言った。
可愛らしい。
「そうやったんや。青い夜天も見てみたかったなぁ」
『あのときは、隠すのが一番大変やったわ。青を黒っぽく見せるのって意外と難しいねんで』
「へぇ。そういう悩みもあるんやね。ほな、黒朱は?」
『ワシは最初っからこの色や。目の色だけ黄色から順番にきて赤に変わったくらいやな』
『ケッ!アタシかてエリートやのに。このスーパーエリートが!』
夜天の言葉からするに、最初から黒い物の怪というのは珍しいらしい。
『はいはい。しゃあないやん、発生場所は選べるもんちゃうねんし』
その後、雨の日はどうしているのか、ほかの物の怪と交流はあるのかなど色々聞いた。
帰る前とき、お礼代わりに夜天を介して紅雨の術力を少しだけ分けた。
「なぁなぁ、うちからたくさん術力受け取ったら急成長したりせぇへんの?」
それを聞いた夜天は、呆れたように羽を広げた。
『紅さん。紅さんは、ぎょうさん食べたらすぐ身長伸びるん?』
「いや、それはない。ちょっと太るくらいちゃうかな」
『おんなじやで。術力貰いすぎても、取り込めずに流れ出ていくねん。余分にため込むなんてことでけへんから、太ることはないけどな』
なるほど、と紅雨はうなずいた。
小さな物の怪たちは、最後の方には黒朱にもほんの少しは慣れたようだった。