紅雨は、妹の青天と両親、そして事情を知っている祖母に音声の呪術札を使ってメッセージを送った。
返事は今のところ手紙一択である。
ちなみに、手紙は専用の呪術札があり、往復してくれる。
購買部で売られていて、一往復あたり百円程度とお手軽だ。
最初に紅雨に届いたような和紙の手紙はもちろん、普通の封筒でも届けられる。
返事は用意した封筒に入れて封をしてもらうだけなので簡単だ。
メッセージを送った次の日に手紙を出してみると、それぞれきちんとメッセージが届いたらしい。
祖母からは、自分の兄も同じような声を届けてくれた覚えがある、という手紙が来た。
近年は、科学が弥魔術に追いついてきているので、こういった連絡手段などの術は衰退していくだろうと言われているそうだ。
確かに、スマホと電波とアプリがあれば、声どころか文字も映像も送れるのだ。
もちろん、スマホがない、電波がないといった場合には弥魔術が有用だが、現代日本の生活ではこういう弥魔術を使う利点は特にない。
あえて言うなら、資源を使わないから環境問題的にエコというくらいだろうか。
「そっか、それで大学。ええんちゃうかな。あたしは、結構歴史が好きやからそっち系行きたいねん。特に最近、弥魔術使って年代測定する方法が開発されたらしくってさ。表には出されへんけど、恐竜の化石とか測定して色々わかるようになったんやって。ロマンやんなぁ」
そう言ったのは、お土産を渡してくれたゆえりだ。
春乃と南柚もそれぞれにお土産をくれたので、紅雨からも三人に渡していた。
今日は夏休み最終日で、寮の食堂には同じように友人とお土産の交換会をしている生徒たちが賑やかにおしゃべりを楽しんでいた。
「あたしは就職するつもり。そんなに勉強したいわけでもないし、地元に帰ろうかと思って」
「地元?三重やったっけ」
「そうそう。伊勢神宮関係の術師の募集が毎年あってな。高校からの就職やとちょっと有利やねん。表向きは巫女やりつつ裏で術師って、面白そうやん」
伊勢海老のエビせんべいというお土産を渡しながら言ったのは春乃だ。
「えぇー、知らんかった。そんなんあるんや」
「あるある。まぁあたしは地元やから知ってたとこあるけど。大きい神社系はあると思うで。出雲大社とか春日大社とか、そういう総本社ってやつ。弥魔国的には地方公務員的な扱いやから、まぁ仕事としても安定してるし」
「堅実派!でもそういうの大事やんな。私は進学予定やけど、弥魔拾学園やなくて普通の方の学校行きたいねん。昔から看護師になりたくてな、先生に聞いたらちゃんと受験できるって言われたから」
そう言ったのは南柚だ。
聞くところによると、弥魔術関係ではない普通の大学や専門学校に進学したり、一般の会社などに就職する生徒も一定数いるらしい。
将来のことを色々と話しているうちに、流れで弥魔国の本島の話になった。
「あ、そういえば、大伯父さん……えっと、おばあちゃんのお兄さんかな。その人がなんか弥魔国の役所的なとこで仕事してて、今は引退して本島にいてるとか聞いた気がする。うちが使ってる扇もその大伯父さんからもらってん」
「え、退職したのにそのまま本島に残ってるってこと?」
「マ?それめっちゃエリートやん!えーすごい。そっちの血筋で隔世遺伝やから、つきちゃんは術力の量がやたらめったら多いんやねぇ」
春乃とゆえりがそれぞれに反応した。
ゆえりは歴史を調べるついでに、弥魔術師についても読んだり聞いたりして知っていることが多いのだ。
「へ?隠居して本島にいてたらエリートなん?え、本島って住めるだけでエリート的な感じの、選ばれし者しかいてへんところなん?」
「あはは!いや大きく違うわけちゃうねんけどな。弥魔国の本島って、そこそこの大きさあるから弥魔術で隠蔽してんねん。飛行機とか人工衛星から見つからへんように」
そういえば、ちらっと聞いた記憶がある。
紅雨は、思わず腕に巻き付いている黒朱を見下ろした。
『うん、前にちょっと言うたな。場所は、四国から南の方に下りたあたりにあるわ。大きさはどんくらいやったかな。淡路島よりは大きかったと思うで。ほんで、隠居して本島に住んでるジジババは、その隠蔽を担当しとるんや。せやから、術力の多い人が呼ばれるねん』
そんな当たり前とばかりに言われても、知らないのだから仕方がない。
その隠蔽の術は、学園を隠すのにも使われているそうだ。
だから、学園のあるあたりをGogleの地図で見ても、ただの山があるだけなのだ。
大伯父がエリートかもしれなかったり、本島が術で世界から隠されていたり、学園も同じように隠されていたり、情報が多すぎる。
紅雨は、今度祖母を通じて大伯父に話を聞いてみてもいいかもしれない、と思った。
二学期はいたって普通に始まった。相変わらず午前は学科、午後は弥魔術、そして放課後は紅雨が一人で弥魔術を勉強する。
というつもりだったのだが、放課後の予定は早々に変更を余儀なくされた。
「発表します!二年伍組の出し物はコンセプトカフェで決まりです!くじ引きでカフェを勝ち取ってくれた
教壇の前に立ってそう言ったのは、湯谷
九月の末に、高校の文化祭が開催される。
二学期に入ってすぐにアンケートを取り、希望の出し物を生徒会に提出した。
するとカフェや喫茶店を希望するクラスが多くなったらしい。
文化祭なんだからクラスごとに違う出し物をするべきだということで、教室を使って食べ物を提供するのは各学年一クラスとなった。
その狭き門を潜り抜けてくじ引きで当たりを引いてきてくれたのである。
クラスメイト達は、わっと歓声を上げた。
第二希望は屋台で、第三希望は展示系の発表だった。
クラスメイトの多くはカフェが良かったらしく、まだ決まっていないときからレイアウトや提供する商品、コンセプトを考えていたので希望が通って良かった。
「はーい!では前からいろいろ考えていたコンセプトを発表します!まとめてあるので、意見のある人は後で挙手してくださーい!」
古屋くんと湯谷さんは、模造紙を持ち出して黒板にマグネットで留めた。
昼休みに二人が何かを書いているのは知っていたが、このためだったらしい。
「今回のカフェのコンセプトは、文化を学ぶということで弥魔国の十国にちなんだものでーす!」
二十台ある机を二つずつくっつけてカフェテーブルを十セット用意し、一セットずつ国のイメージカラーや特徴で飾る。
受付に使う教卓は弥魔国の本島のイメージにするらしい。
弥魔国の十国とは、長崎の
それぞれにイメージするカラーや特徴があるらしい。
紅雨は、クラス委員が語ることによって襲ってきた新事実に思考がショートしていた。