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17 不可思議な二学期開始 2

「弥魔国って、え?邪馬台国ってもしかして」

グループに分かれて作業をする段階になって、紅雨はやっと頭が回りだした。


ちなみに、事前準備で担当になったのは衣装係で、当日は配膳である。

本当はキッチンが良かったのだが、衝撃でぼんやりしている間に配膳係になってしまった。


「ん?あれ、歴史でやるやん。よくある大和やまと弥魔拾やまとの当て字で、邪馬台国っていうのは弥魔拾国のことがちょろっと漏れたのをどうにか誤魔化した結果やって。あ、でも邪馬壱国説もあるから、あっちも漏れてるな。完全には誤魔化し切れてへんらしいわぁ」

同じ衣装係になったゆえりが不思議そうに言った。


さらに新事実である。


「常識が覆されすぎる。うち、全然知らんかったんやけど。衝撃が激しすぎてキッチンの希望で手ぇ上げられへんかったやん酷い」

くてり、と机に腕をつけて伏せると、一緒のグループになった岡梨衣菜りいな野村秋のむら あき、瀬川莉名など女子たちが集まってきた。


「あっ。弥魔国の十国の歴史って中学で習うやつやん。そら星無つきよさん知らんのんちゃう?」

「まぁ、外の常識がひっくり返されるもんなぁ。あたしも初めて聞いたときは先生にそれほんまなんかって質問しに行ったもん」

「分かるー。でも、弥魔国にはちゃんと資料が残ってるらしいやん」


どうやら、クラスメイトたちにとっては当たり前の知識だったらしい。

「歴史?歴史かぁ。中学のは弥魔術しか勉強してへんから盲点やったわ」

紅雨が顔を上げてそう言うと、彼女たちは一様に慰めてくれた。

そして、ゆえりが持っているその手のことをまとめた本を貸してくれることになった。


ちなみに、衣装は袴の制服でも浮かないようなギャルソンエプロンをお揃いで作ることになっているので、比較的簡単な型紙を使うことになった。

複雑なものだと作るのが大変なのだ。

デザインを考えて、発注する布を決めるなど、紅雨はとにかく衝撃を忘れるように努めて目の前のすべきことに集中することにした。




数日経ち、エプロンを縫い終わると少し余裕ができたので、紅雨は久しぶりに屋上へ行って弥魔術の勉強を進めることにした。

涼介のおかげでもう中学三年の範囲に入っている。

図書館で借りてきた教科書をチラッと見たところ、かなり応用的な使い方が増えてくることがわかっていた。


もちろん紅雨も自分で頑張ってみるつもりなのだが、涼介の助けを借りる気満々であった。

彼に弥魔術の使い方を感じさせてもらうと、ものすごくわかりやすいのだ。


ほかの人にしてもらうことも考えたのだが、涼介から「相性の悪い人だと気絶することもある」と聞いた。

どうやら、腕だけとはいえ他人の術力を体内に通すのはとても難易度が高いらしい。

その点、涼介ならすでに相性が良いとわかっているので安心だ。


「あぁ、文字そのものを届けるやつか。水と火をうまく使うんだよ」

「教科書にも屈折率を変えて透明な文字を作るってあったけど、透明はどこまでいっても透明やん。さっぱりできんくて」


実践しようとしていたのは、空中に浮かぶ文字を特定の人に届けるという術だ。

水と火を細やかに使って、屈折率の違いで文字を浮かばせるらしい。

紅雨は、その文字を出すところで躓いていた。

届けるだけなら、声や手紙を届けるものと似ているので難しくはない。


「空気中の水分を利用すると色々楽なんだよ。まずはそのへんから水分を集めて、思い通りに動かして形を作ったらこういう感じに……わかった、こっちに来いよ」

「ありがとう!」

紅雨は、いつも通り座った涼介の足の間に陣取った。


そんな二人の様子を久しぶりに見た海斗たちは、一度視線を向けてからふいっとそらした。

もう、からかう気も起きないらしい。


しっかりと実践の見本を見せてもらい、なんとか紅雨も文字を送る弥魔術を習得できた。

お礼を言ってから何度か繰り返し、帰る前にふと思い出した紅雨が口を開いた。


「なぁなぁ、うちのクラスカフェするんやけど、コンセプトが弥魔の十国やねん。あの十国のことって、中学で習った?」


「あぁ、壱から拾までのあれ?へぇ、あれコンセプトって頭良さそう」

「カフェやったら、姐さんメイド服とか着るんすか?」

「メイド喫茶ちゃうし。制服にエプロン着けるだけやで」


「そういえば、十国のあった場所って、一応日本が開国するときに国が把握しておくためってことで、府になってたんじゃなかったっけ?」

「なんかそういうのあった気がする」

「全然覚えてねぇ」


それは、ゆえりに借りた本にも書いてあった。

明治政府が県と府を決めたときに、色々な区別のためにという理由付けをしながらも弥魔の国があった場所は府としたらしい。

色々な大人の事情も書かれていたが、弥魔国と日本を分けつつもつながりを持たせて国を守ろうとしたのが根本的な理由のようだった。


「うち、そのへんの話、クラスの出し物のこと聞いたときに初めて知ってん」

遠くを見ながら紅雨が言った。


「マジっすか」

「あー、それは驚きますよね。まさかの事実がそれかよっていう」

「俺たちもかなり混乱したよなぁ」

「小学校のときに習ったのがまさかの誤魔化した結果だったとかな。ほんと純粋な俺たちをよくも騙してくれたなって思った」

「金印は表向きの国の話だから、こっちは関係ないとか言ってなかったっけ」


海斗と勇人、陸、駿がそう言って共感している中、涼介は他人事とばかりに寝転んでいた。

「涼介くんは、びっくりせぇへんかったん?」

「……俺は、小学校から弥魔拾だったから十国のことは小学校で習った。むしろ、中学になってから外では違う歴史を教えてるって聞いて驚いたな」


「逆にそっちやったんや。ていうか、それやったらどっちにしてもみんなすでに驚いたしもう覚えてるってことやん。やっぱり知らんかったんうちだけやん」

「まぁ、今わかってるならそれでいいんじゃないすか?」

「そうっすよ。ある程度知ってりゃいいんす。歴史学者でもないし」


「てか、俺のクラスって何やるんだっけ?」

ころりと話題が変わった。

「いや違うクラスのことなんて知らんし。俺んとこはなんか展示」

「壱組は焼きそばの屋台だ。参組は?」

「俺らはお化け屋敷。物の怪たちも出るから多分面白い感じになるかも」

「ふぅん。涼介も大河を出す予定?」


海斗と涼介が同じ参クラスで、ほかは皆バラバラなのだ。

寝転んでいる涼介は、軽く頭を振った。

「わからん。大河に聞いたら、その日やる気になったらって出るかもって言ってたから、ほぼ出ないだろうな」


「あ、思い出した。俺のクラス確かなんかバンドやるって言ってた。ベースは出ずっぱりで、ギターは曲ごとに毎回変わって、キーボードとドラムは二人が交代で、ボーカルも毎回変わるんだったかな。俺はよくわかんないから照明係」

照明係になったのは悠真だ。


陸は焼きそばの屋台で、駿は展示らしい。

皆クラスですることは知っているがあまりやる気がなさそうだ。


「バンドだったら、体育館使うやつ?」

「そうそう。三年生の劇の前にやるって言ってた。なんか、弥魔術使ってドライアイスの演出とか防音とかするらしいよ。分野はバラバラ」


「へぇ、楽しそうやなぁ。うちのクラスも弥魔術とか札とか使うんやろか」

「そりゃ使うでしょう。文化祭っすからね。主役は弥魔術の文化の主力ともいえる術っすよ」

「なるほどぉ」


どうやら、文化祭では弥魔術を駆使していろんなものを発表するらしい。

紅雨は衣装係になったのでほかはよく覚えていないのだが、もしかするとカフェスペース設営係は弥魔術を使うことにしているのかもしれない。

なんにせよ、あと一週間ほどで本番である。


紅雨は、六人が入っても余裕のある、涼介が張った熱遮断の結界越しに、まだまだ秋が遠そうな青空を見上げた。

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