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18 不可思議な文化祭 1

高校の文化祭は二日間ある。


一日目は前夜祭で高校の生徒だけが参加する。

午前中だけで終わる、予行演習に近いものだ。


二日目は土曜日なので、小・中学に加えて大学からも人が来る。

小学生たちは、先生に引率されて遠足気分で来るらしい。

さすがに保護者は呼ばない。

学園には娯楽が少ないので、二日目はわりと皆が文化祭にやってきて大混雑するらしい。



今日は一日目なのに、すでに見たことがないほどに校舎の中も外も人があふれていた。


弥魔国の象徴である八重の梅、十枚の花弁をデザインしたエプロンを着けた紅雨は、カラフルに飾り付けたテーブルの間をすり抜けながら注文された商品を運んでいた。


黒板には白い布をかけてメニューを掲げ、天井は弥魔術を使って暗くしたうえでキラキラと星を光らせている。

普段と違う教室は、全く別の場所に見えた。


お祭り特有の賑やかさとせわしなさに、夜天は早々に空の散歩に出かけ、黒朱までもが寮で留守番していると逃げ出してしまった。

呼べば来るだろうが、無理をさせることもないだろうと考えた紅雨は、久しぶりに一人で動き回っていた。


クラスのドリンクメニューは、緑茶、レモン緑茶、りんご緑茶。

食べ物は、ライスペーパーを使った和風クレープだ。

クレープの中身は小豆餡、生クリーム、カスタードクリーム、いちご、キウイ、バナナから三つまで選べる。


まだまだ暑い日が続く中、提供しているのが冷たいお茶と冷たいスイーツとあって、かなり盛況でひたすら動き続けていた。


午前の担当が終わったときには、紅雨はくたびれて座り込んでしまったほどだ。

ゆえりも午前担当だったが、午後からは弓道部の屋台の担当があると言い、交代してすぐに行ってしまった。

春乃と南柚は午後の担当なので、一緒には回れない。


「……とりあえず、なんか食べよっかな」

紅雨は、まずは軽く屋台を見てみることにした。


クラスの屋台のほかに、運動部や文化部が出している屋台もあり、中庭はとても賑やかだった。

焼きそばやたこ焼きといった定番のものから、おにぎり、ポテトフライ、揚げドーナツ、チョコバナナに冷やしパインなど、色々あって目移りしてしまう。


「あ!つきちゃん!こっちこっち」

手を上げて紅雨を呼んだのは、先ほど別れたばかりのゆえりだ。

制服ではなく弓道の道着を着て、看板を持っている。


「あ、冷やしパイン?美味しそう。一個もらうわ」

「はーい!ありがとう!一本こっちにお願い!じゃあ、チケット一枚な」

文化祭では、金銭ではなくチケットでやり取りをする。

紅雨は、ポケットに入れていた財布からチケットを取り出してゆえりに渡した。




紅雨は、焼きそばと冷やしパインを手に入れて、どこで食べようかと逡巡してから校舎の階段へ向かった。

たどり着いた屋上は、遠くから喧騒が聞こえる程度で静かだった。


ゆっくり食べるなら、人が少ない方が良い。

そしていつもの日陰に向かうと、いつも通りの光景が見えた。

「涼介くん、もうなんか食べた?」


ごろりと寝転んでいた涼介は、閉じていた目を開けて顔だけこちらに向けた。

「なんで今日もここに来るんだよ。文化祭行ってこいよ」

「食べたら行くけど、とにかく人が多かってん。お昼ごはんくらい、ゆっくり落ち着いて食べたいやん」


言いながら、紅雨は涼介のそばに腰を下ろした。

少し影が短いが、庇の下なのと涼介の結界があるので涼しい。


「あ?蛇は?」

ちらりと紅雨の腕を見て、涼介が聞いた。

「黒朱は、うるさいからって留守番してるわ。夜天も散歩ってどっか行った」

「あぁ……。大河も外に出たな」


「うるさいの嫌いな物の怪って多いんかなぁ?」

「それぞれだろ。駿の物の怪は出し物に参加してるぞ」

「駿くん?何するんやったっけ」


「展示」

「展示に参加してるってこと?」

「物の怪を展示してんだ。種類ごとにわけて見せるとか言ってたな。あいつの物の怪は鳩だから、鳥類とかそんな感じだろ」


「ふぅん。それも面白そうやね。そういえば、焼きそば買いに行ったけど陸くんはいてなかったわ」

うなずいた紅雨は、冷やしパインの入ったカップをシートの上に置いてから、膝の上に焼きそばのパックを乗せた。

まだ温かい。


「あー、あいつは野菜切る係だとか言ってたな。海斗も物の怪がやる気だとか言ってクラスの出し物に出てる。あいつのはウミガメだから、まぁある意味ホラーだな」

「んん。ウミガメ?大きそうやねぇ」


紅雨は、焼きそばを咀嚼してから言った。

お茶のペットボトルをホルダーで首から下げていたので、キャップを開けた。


「大きさは教科書くらいだ。ただ、歩くのが大変だとかいって空中を泳いでる」

「空中を泳ぐ亀……ふぁんたじーやね」


「だからお化け屋敷にも向いてるだろうな。あ、俺にも一口くれ」

「ん」

ベルトを外してペットボトルを差し出すと、涼介は起き上がって受け取った。

焼きそばは、鰹節がしっかりかかっていて美味しい。


「涼介くん、暇やったら一緒に行く?面白そうやから、悠真くんのクラスのバンド見に行こうかなと思ってんけど」

「あ?なんかライブハウスみたいにするって言ってたぞ」

「へぇえ。うるさいかもやけど、楽しそうやん」


ぱくぱくと焼きそばを口に運んでいると、それを涼介がじぃっと見てきた。

「これはうちの昼ご飯やから、さすがにあげられへんで」

「……別に取らねぇよ。俺も腹が減ったから、なんか食いに行く」


うなずいた紅雨は、遠慮なく残りの焼きそばも口に入れた。

涼介は、置いてあった紅雨のペットボトルを開けてもう一口飲んだ。


「屋台、たこ焼きとかおにぎりもあったよ」

「あっちはうるさそうだから、食堂に行く。今日も開いてるからな」

「そうなん?知らんかった」


「中学んときもそうだった。屋台だけじゃあ全員が食べれないだろ」

「なるほど」


うなずいた紅雨は、プラカップに入ったパイナップルを取り出した。

皮をむいて、大きめの串に刺してあるのでそのままかぶりつける。

少しぬるくなっていたが、瑞々しくて美味しい。


「ん!これめっちゃ甘い。涼介くんも食べる?」

食べかけのパイナップルをひょいと差し出して、それからすぐに考え直した。


「いや思いっきり齧ってるからさすがに――」

終わりまで聞かず、涼介は紅雨の手ごと掴んでパイナップルを引き寄せた。

あーんと大きく開いた口に、残りのパイナップルの半分以上が齧り取られた。

そのままもぐもぐと咀嚼して、涼介は満足そうにうなずいた。


「ん、うまいな。これだけ買って食堂に行くか」

「ちょ、これ、酷いぃ。うちのパイナップルがぁ」

「悪い悪い。一本奢るから」

言いながら、涼介はシートから立ち上がった。


「ぬぅぅ。奢らんでもいいけど、一口にしても大きすぎやん」

「ごめんって。ほら、行くぞ」

紅雨も涼介を追って立ち、ごみを袋に入れた。

その後で、涼介がシートをたたんだ。


「涼介くんのやつ半分貰うから!」

「わかったわかった」


残りのパイナップルを齧りながら先に歩く紅雨は、涼介の耳が赤くなっていることには気付かなかった。

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