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18 不可思議な文化祭 2

食堂は、涼介の言う通り開いていた。


いつもより品数が減っているが、その分早く出せるメニューだけにして回転率を上げているのだろう。

お昼時を過ぎたためか、半分以上の席が空いていた。


肉うどんと卵焼き定食という二人分の昼食を涼介がぺろりと平らげるのを、紅雨はのんびりパイナップルを食べながら待った。

涼介が買って持ってきたパイナップルは、きっちり半分もらった。


一息ついたころには、悠真のクラスの出し物が始まる時間を少し過ぎていた。

午前と午後の二回公演で、舞台系は一応全生徒が見られるよう配慮しているらしい。




訪れた体育館は、入った途端に爆音と暗闇とスポットライトで、耳も目も一瞬対応できなかった。

多分、弥魔術で防音をしっかりしているのだろう。


思わず立ち止まった紅雨の手を、涼介が引いた。

後ろから続々と観客が入ってきていたので、紅雨は大人しくついて行った。

流行の曲を演奏したときには、観客も盛り上がって飛び跳ねたり手を振ったりしてノリノリになり、知らない曲になると先生方らしい歓声が上がっていた。


スポットライトが舞台の演者を追い、舞台側からはレーザーのようなカラーのライトが客席をぐるぐると照らしていた。

天井にはミラーボールのようなものも浮いていたので、きっとここにも弥魔術を使っているのだろう。


壁際まで移動すると、少しだけ空間ができてほっとした。

「すごい盛り上がってるねぇ!」

「ん?――で、あ――な―」


音楽がうるさすぎて、涼介の声がとぎれとぎれにしか聞こえない。これは、きっと紅雨の声も聞こえていないだろう。


紅雨は、つないだままの手を引っ張って逆の手を口に寄せた。

意味が分かったらしい涼介は、顔を少し下げてくれた。

「盛り上がってる!すごい人!!」


聞こえたらしい涼介は、こくこくとうなずいた。

しばらく舞台を見ていると曲が終わり、舞台の人が入れ替わった。

練習していたのだろう、入れ替わりはとてもスムーズで、すぐに次の曲が始まった。


知っている曲なら一緒に口ずさみ、知らない曲でも身体を揺らして。

涼介が隣にいて、たまに顔を寄せ合って大きな声で話して、とても楽しい。



悠真のクラスの発表は、三十分ほどで終わった。

「あー、あー。なんか、まだちょっと耳がぼわんぼわんしてる」

「だな。ライブハウスってこんなんなのか?」

「わからへん。行ったことないもん」

「確かに」


今は、クラスの入れ替えの間に観客が外に出ているところだ。

紅雨と涼介は、もう少し入り口付近の人波が落ち着くまで待ってから出るつもりだった。


そこへ、悠真が陸を連れてやってきた。

「涼介!姐さん!見に来てくれたんだ」

つないでいた手は、するりと離された。


「悠真くん。どこにおったん?」

「俺は入り口の上の方で、スポットライト動かしてた。陸は早めに来てたから俺の隣でのんびり見てたんだ」

「広くて良かった」


「特等席!うちらは人ごみの中をうぞうぞ入って壁に張り付いてたのに」

「来るかどうか知らなかったし。涼介も来たんだ?」

「あぁ。うるさかったけどすごかったな」


涼介もやはり楽しかったらしい。

紅雨は笑顔でうなずいた。

陸と悠真も笑顔だ。


「な。なんか、悠真のクラスに、親がクラブハウス運営してる奴がいるんだって。実際こんな感じにすげーうるさいんだってさ」

陸が言うと、悠真がそれを肯定した。


「そうそう。照明はともかく、演奏するやつらはかなり色々扱かれてた。その分あれだけ盛り上がったんだから、まぁ頑張った甲斐はあったよね」

ふと入り口を見ると、一通り出る人は出た後らしく、何人かが入ってきていた。

しかし、出ていった人ほどは入っていない。



「あ、次の演劇見ていくっすか、姐さん。ちょうど『天才少女卑弥呼』やるっすよ」

悠真が突然そう言った。

そういえば、彼らのクラスの後は演劇だと聞いていた。


「天才少女?ヒミコ?って、あの卑弥呼?」

「っす。俺は次の舞台って縁で見ていくっすよ。これも弥魔の歴史ってやつっす。多少デフォルメされてますけど、そこそこ史実らしいっす」


「へぇ。それなら、見ていこうかな」

そう言った紅雨を横目に、涼介が悠真に聞いた。

「陸、いくらもらったんだ」

「食堂の食券」

「賄賂!」


なんと、陸は三年生から賄賂を受け取ってサクラをするらしい。

そして何枚かもらったので、分けるから一緒に見ようと誘われた。


少し涼介がごねたが、結局一緒に見ていくことになった。

ライブとは違って床に座っていたものの、涼介は舞台ではなく窓の方を見ているようだった。



弥魔園では定番の物語らしく、文化祭ではどこかのクラスが子ども時代の卑弥呼をテーマにして演劇や展示をするという。

話の内容は、少女だった卑弥呼が術力を発現し、いろんな術を学んで天才と呼ばれるようになり、国を支える立場にまで上り詰めるという物語だった。


弥魔術を学び始めたころ、卑弥呼は九州にいたらしい。

天才少女ともてはやされ、大人でも難しいという大きな術を試すために、人の少ない土地で練習することになった。

そこは、阿蘇山の近くにある山。


そして、彼女は山頂を吹き飛ばした。

「え?マ?え、嘘やん」

「いやこれ、ほんとらしいっすよ」

「阿蘇山のギザギザの山は、卑弥呼が吹っ飛ばしたってこっちでは有名っす」


舞台では、弥魔術を駆使して小道具の山の頂上を吹き飛ばしていた。

上部分が別パーツになっていて吹き飛んだほか、結構な勢いで煙や音が出ていたのにこちらには何も飛んでこないので、かなり制御が綿密なのだろう。

さすが三年生である。


そのほかにも、川を一本増やしたり、日照りのときに雨を降らせすぎて洪水にしかけたりと、弥魔術で豪快に見せながら色々なドタバタを起こしつつも卑弥呼はすくすくと成長。

その弥魔術の強さでもって弥魔の壱国を任され、最終的に若干修羅の国だった弥魔拾国を治めることになるという脳筋系内政チートであった。



「思ってたんと違う」

「それな」

見終わった紅雨のボヤキにすぐ答えたのは駿だった。


「中学生のときには、だから制御をきっちりやろう、って感じで教わったっす」

海斗たちもそれぞれ答えてくれた。


「俺もびっくりした記憶があるな。少しだけ弥魔術を習った後だったから余計に、そんな漫画みたいなことできる奴いんのかよって思った」

「わかる。普通にやってもせいぜいドアが吹き飛ぶとか窓ガラスが割れるとかそういうもんだよな。多い人でも校舎が壊れるくらいじゃねぇか?」


「もっと驚く話があるっすよ!ほとんどみんな知ってることっすけど、実は涼介――」

「言うな。俺が聞きたくない」

海斗が紅雨に何か言いかけたのを、涼介が不機嫌な声で遮った。


「っあー、ごめん」

「……あぁ。行くわ」

涼介は、友人たちも紅雨も見ることなく、さっさと立ち上がって体育館から出ていった。


突然の剣幕に驚いた紅雨は反応できずに置いて行かれた。

座ったままの海斗は眉を下げて頭を掻いており、あとの三人も気まずそうに視線を下げていた。

「えっと、もしかして海斗くんとかには聞かへん方がええ感じのやつ?」


それに答えたのは悠真だ。

「はい、そうっすね。個人的なことなんで」

「わかった。ほな、うちもそろそろ戻るわ。そういや、皆うちのクラスのカフェ来る?招待券持ってるねん。甘いものが苦手やなかったら」


「あ、欲しいっす!」

「俺も」

「明日は少し時間を取れそうなので行きます」

「あざっす!」


四人はそれぞれ答えながら受け取ってくれた。そして、紅雨は体育館を出た。

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