中庭の屋台で揚げドーナツを買い、空になったお茶も買い直してから屋上へ来てみた。
涼介は、先ほどと同じ場所で壁の方を向いて寝転んでいた。
「ドーナツ、いる?」
「……いい」
「ん」
紅雨は、涼介の頭側の方に座ってドーナツを食べだした。
選んだシナモン味は、外側に砂糖とシナモンがまぶされていて、しゃりしゃりとした食感が楽しい。
「やっぱ一個」
「はいはい」
爪楊枝で一口大のドーナツを一つ刺し、持ちやすいように渡そうとした。
すると、涼介は寝ころんだまま口を開けた。
「あ」
「……届かへんし。手で持って」
「あ」
涼介は、頭だけ少し上げてずりずりと動き、紅雨が持つドーナツに近づいた。
怠惰だ。
「喉に詰めやんといてや?はい」
近づいた涼介の口にドーナツを近づけると、彼はパクリと食べた。
そして上げていた上半身から力を抜き、ぽてんと寝転んだ。
「ん、うま」
「ぇ、」
涼介は、紅雨の膝を枕にした。
驚きでしばらく固まったが、それ以上涼介は動かないし、クラスの集合までにはまだ一時間ほどあるしで、紅雨は開き直った。
口に放り込んだドーナツは、多分、甘い。
「俺、母親が産んですぐに弥魔国の施設に引き取られたんだ」
涼介は、突然話しだした。
よくわからないが、言いたいことがあるのだろう。
「うん」
「小学校に入ったときに聞いたのは、父親が精子提供者で、母親は俺を産んですぐ弥魔国を出ていったって。父親はよく知らねぇが、母親は父親とは別の男と結婚するために外……弥魔じゃなくて日本のどっかの県に行ったんだと」
「……?ごめん、よくわからへんねんけど、お母さんは結婚したい人とは違う人の子を妊娠して涼介くんを産んだってこと?」
「そうだな」
「なんでそんなよくわからへんことに」
「あぁ、それは、俺の母親が卑弥呼の直系の子孫だからだ」
紅雨は、『ふぅん』と言いかけた口で固まった。
「血筋だ血統だどうのこうのってな。母親はもともと外で育ってて、元々結婚する約束をしてたらしい幼馴染は術力を使えない一般人だったんだ。だから結婚が許されなかった。で、弥魔国の方から指定した男の子どもを産めば解放するって言われて俺を産んで、すぐに去ったらしい」
「指定した男」
「術力の高い奴だったらしいが、詳しくは知らない。俺は、母親に名前だけ与えられて施設に捨てられたんだ」
涼介は、紅雨から顔を背けているのでその表情はわからない。
「俺が一度も外に出たことがないのは、母親が一般人の幼馴染を伴侶に選んだからだ。外に出なけりゃ、少なくとも相手は術師だろうってさ。で、母親は術力が低かったら弥魔国について口外しない術を施されて解放されたけど、俺は無理だ。術力が高すぎるから、弥魔国が手放さない。多分飼い殺しだ」
紅雨は思わず涼介の頭に手を置いた。
さらりとした黒髪は、艶のあるストレートだ。
「今どき?人権とかないんかいな」
「あのおっさんらにとっては、少なくともねぇな。俺のことは、歴史をつなぐための入れ物にでも見えてんだろ」
涼介は、紅雨に撫でられても何も言わなかった。
だから、紅雨は勝手に男子にしては少し長めのキューティクルを撫で続けた。
「なんなんやろね、自分は直接関係ないのに他人の歴史にごちゃごちゃ口出す奴」
「しかも偉そうにな」
「今生きてる人間は全員誰かの子孫やん。他人の祖先やなくて自分の祖先大事にしとったらええのに。まぁ、祖先に有名人おったら自慢したくなるのはわかるで。せやから、涼介くんが自慢するんやったら理解できるわ。うざいやろうけど」
「ふはっ、うざいのかよ」
涼介は、小さく肩を揺らした。
「そらうざいやろ。祖先とか変えようのない要素のマウントやで?『イギリスで生まれてん』とか自慢されてもさ、『へぇ~すごいね、それで?』ってなるやん。イギリスに行ってたんは親やから本人なんも関係ないし。『試験で学年一位になってん』もまぁうざいけどな」
「いや自慢は大体うざいだろ」
「せやな、うざいわ。Zで勝手に叫んどけ」
Zとは、一言発信系SNSアプリである。
今度こそ、涼介は思い切り笑いだした。
楽しそうだったので、太ももにおでこが当たっているのは黙っておくことにした。
二日目は、一日目と比べ物にならないくらい忙しくなった。
キッチンも配膳も、きちんと店を回転させようとしたらろくに休憩を取ることもできない状態になったのである。
お客さんがたくさん来てくれるのは嬉しいことだが、あまりにも忙しすぎた。
テーブルが足りないので、受付のところで持ち帰り用のスペースを急遽作って対応することになった。
文化委員の古屋くんが生徒会の本部まで走り、許可をもらってきたのである。
おかげでキッチンが忙しくなり、紅雨は午後はキッチンに缶詰めとなった。
休憩はほんのに十分ほどで、それも屋台でパパっと食べられるものを買って食べて戻るというくらい。
部活の出し物があるから、と当番に入れない人はものすごく申し訳なさそうに抜けていった。
終わったころには、クラス全員で思わずハイタッチした。
テンションがおかしくなるくらい、くたびれきった。
しかしそれも、紅雨にとっては心地よい疲れであった。