文化祭が無事に終わり、放課後の練習を再開した。
涼介たちのほか、友人たちにも質問し、皆の協力を得て、なんとか中学三年生の範囲まで弥魔術の発動ができるようになった。
少し寒くなった頃に中間テストを経て制服が冬服に変わり、特にイベントもなく期末テストが終わった。
紅雨はもちろん、一緒に勉強した涼介たちも誰も赤点を取らずに済んだ。
黒朱と出会ったときにも活躍した上着は、真冬でも暖かい。
「黒朱は、冬眠したりせぇへんのん?」
『いや、ワシ普通の爬虫類ちゃうし。物の怪やから、気温とか関係あらへんで』
そう言われたので、紅雨は思わず涼介の猫又、大河を見た。
その猫又は、屋上の日向で目を閉じて丸くなっていた。
「でも猫は猫っぽいやん」
『あれは、そう見せた方が色々サボれるからや。あとは単に昼寝が好きなだけやろ』
『サボりじゃにゃい。術力を溜めているだけにゃん』
このところ、大河も一緒に屋上にいることが多くなったのだ。
「あー、でも寒くなってきてるのに外にいてるから、やっぱり関係ないんか」
『にゃいにゃい。紅雨がいると面白いからここにいるんにゃ』
「ふぅん?うちおったら猫又さんは楽しいん」
『そうにゃ』
大河は、四本の尻尾をふわんと揺らした。
目を細めて涼介を見たが、彼は猫又を無視した。
確かに、紅雨が涼介に頼んでくっついて弥魔術を実演してもらうとき、大河は興味深そうにこちらを観察している。
そういう方法で術を学んでいるのが面白いのかもしれない。
「みんなは、もう明日から帰省?」
「うん、年末年始って混むから、冬休みになってすぐ行った方がマシ」
「それな」
「俺は明後日。明日のうちにお土産買ってから帰る」
「俺も明後日。明日は生徒が多いからちょっとだけずらす」
みんなそれぞれらしい。
紅雨は、やはり実家が近いのと勉強を続けたいこともあって、十二月三十日に学園を出て一月四日に帰ってくる予定だ。
「涼介くんはずっと寮?」
「あぁ。大みそかには蕎麦が出て、正月の三が日には各地の雑煮とかミニおせちが出るから、一応年末年始感はあるぞ」
「クリスマスは?」
「それはない」
涼介は、真顔で首を左右に振った。
それを聞いた紅雨は両手を口に当てて目を見開いた。
「え、ないん?うそやん、うちターキーとケーキ食べられへん……?」
「一応ここは弥魔国の管轄なんだぞ。あんまり大っぴらに他宗教持ち込まないようになってんだよ」
「マ?どうしよ、ターキーとケーキめっちゃ楽しみにしてたのに」
「てか、なんでターキーなんだよ。そこはチキンだろ」
「『チキンなんかいつでも食べれる!年に一回やったら本格的にターキーや!』ってお父さんが言うて、お母さんが任せるからクリスマスはお父さんの料理の日やねん。さすがにケーキは買ってくるけど」
「姐さんのお父さん、料理男子っすか」
「クリスマスだけな。そんなに欲しいなら言い出しっぺが作れってお母さんが」
「尻に敷かれてる系だった」
「それそれ」
すると、黒朱がにょろりと首を上げた。
『ケーキだけやったら、送ってもろたらええがな。あの手紙送るやつ、大きさの指定はないんやから、箱一個とか送れるやん。配送と違って揺れへんしな』
「それや!帰ったら手紙書こ。あ、涼介くんも一緒に食べよな」
「なんで俺が」
「さすがにホール一個は一人で食べきられへんで」
「姐さん、二人でも厳しいっすよ」
思わずといった風に海斗が突っ込んだ。
しかし、紅雨はきょとんと首をかしげた。
「え、二人やったらホールいけるやろ。足りへんまであるかもしらん」
「小さいホールなんすか?」
「いつものんやったらこれくらいかな」
紅雨は、三十センチくらいに手を広げた。
それを見た後輩たちは、お互いに顔を見合わせてから紅雨を見た。
「姐さん、悪いことは言わないので一番小さいホールにした方が良いっす」
「学園は寒いっすけど、冷蔵庫はないんで。小さいのにしてください」
「涼介の胃が死ぬっす」
「さすがに食べきるのは厳しいと思いますよ」
口々に言う友人たちの言葉に、涼介も被せてきた。
「俺、あんまり甘いのは好きじゃねぇんだよ」
「ほな、チーズケーキのやつかレアチーズケーキのやつにしとこか?」
「そこじゃねぇ」
涼介はうんざりしたように言った。
ふと思いついた紅雨は、それならと提案してみた。
「チーズはあかんのん?ほな気をてらってお好み焼きケーキにしよか?」
「なんだよそれ。普通のでかまわないから、でかいのにすんなって言ってんだよ」
「そう?お好み焼きの見た目のケーキ、面白美味しそうやってんけど」
「それ、売り物なんすか?」
駿が話に入ってきた。
「そうそう。えっとな、確かスマホのショップサイトで……あ、ほらこれ!」
終業式が終わり一度部屋に戻っていた紅雨は、スマホを持ち歩いていた。
実は、学園内では電波が通じているのだ。
「うわ、え、これケーキですか」
「見た目はお好み焼きっすね……」
「俺は無理っす。普通に見た目からケーキっぽいケーキがいいっす」
「お土産には良さそう」
「マ?駿、すげえな」
何故か駿にはウケたお好み焼きケーキだったが、多数決で却下となった。
そして、一番小さい四号サイズのケーキにすることを約束させられた。
『よかったなぁ紅雨。一人クリスマスやなくて』
「ほんまやわぁ」
「あっ……」
雪がちらつく寒空の下、後輩たちは友人のうかつさを笑ったのだった。