ユキオ・ミシマの『キンカクジ』を読めばわかることだけれど、人を殺害することになど何の意味もないのだ。放っておいても、そのうちに人は勝手に死ぬのだから。
だから、もし、報復をしたければ、対象の象徴を破壊しなければならない。象徴とは、尊厳のことだ。
対象の愛するその肉体を拷問し、そして対象の愛する家族にもひどい仕打ちをおこなって、その様子をまざまざと対象に見せつけてやることだ。
つまり、逆説的にいうと、こういうことになる。自分のことを愛さず、愛する人もいない者に、報復を加えることなど出来ないのだと。
ワゼルがこの話をするのは何回目だと、アザンギは思った。
アザンギは問う。「そんなに報復をしたい相手がいるのか?」と。
ワゼルは笑った。「報復をしたい相手など、数え出したらきりが無いさ。この世のすべての人間の尊厳を破壊しつくしても、まだお釣りがくるくらいだろう」
アザンギは笑えない。「報復の対象には俺も含まれるのか?」
「まあ、いずれはな。お前のことは後回しにしてやる。最後のお楽しみにとっておくよ」
アザンギは、そうは言ってもワゼルが暴力で誰かを痛めつけるなんてところを上手く想像することが出来なかった。
【つづく】