目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話 『サツジンシュッサン』

 ワゼルはまた焚き火を囲んでアザンギに述べた。

「サヤカ・ムラタの『サツジンシュッサン』というお話を知っているか?」

 アザンギは首を横に振る。「お前はいつも、お話の話をするが、いったいぜんたい、どこの国の言語で誰が書いたお話のことを、話しているのだ?」

「まあ、知っていると思って話してはいないんだが」ワゼルは笑った。

 ワゼルは続ける。「『サツジンシュッサン』のことについてなんか、どうでもいいんだ」

「『サツジンシュッサン』ってのについての、話じゃないんだな?」アザンギは付き合う。

「そうだ。今から言うのは、俺の持論だ。笑わないで聞いてくれよ」ワゼルの目は真剣だった。

「一応、聞くには聞くが」

「出産は、殺人だと思わないか?」

「どういうことだ?」

「だから、出産は、殺人なんだよ」

「出産と殺人は真逆じゃないか」

「違うんだ。アザンギ。聞いてくれ。人間は、というか、動物は、生まれてくることさえなければ、死ぬことはないんだ。これは、絶対に言えることだ」

「まあ、それは、事実だな」

「だから、出産という行為によって、いつか必ず死ぬ人間を増やすことになるんだよ」

「それは、ワゼルとしては、ダメなのか?」

「そりゃそうだ。今生きてる人間だけで、黙って死んでいけばいい。死ぬ人間を増やす必要なんてどこにある?」

「わからないけれど。動物の繁殖っていうのは、そういうものなんじゃないのか?」

「でも、2040年にシンギュラリティ(技術的特異点)が起こった」

「そうだな」

「それから、世界は合理主義に支配された」

「うん」

「にもかかわらず、未だに、人間が動物レベルのことをやっていて、それで良いのか?」

 ワゼルにそう問われたアザンギは沈黙した。

 アザンギはよく理解していた。ワゼルにはこういう話をさせたほうが良いのだ。それによって、いくばくかのガス抜きになる。

 ワゼルがいつも言うように、誰かへの報復を考えているというのは確かなようで。

 だからこそ、アザンギは、ワゼルが暴走してしまわないように、彼の話に耳を傾けるのが自分のつとめだと思っていた。アザンギはワゼルが語ることなど、一ミリも理解なんか出来やしない。二人の思想は平行線をたどるばかりであったが、それでも、アザンギは自らを聞き役に徹することにつとめた。

 それにもかかわらず、いつしか、ワゼルは暴力的な話をすることを加速させていく。いつか本当に暴力をしてしまいそうなのだ……。


【つづく】

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?