ワゼルはまた焚き火を囲んでアザンギに述べた。
「サヤカ・ムラタの『サツジンシュッサン』というお話を知っているか?」
アザンギは首を横に振る。「お前はいつも、お話の話をするが、いったいぜんたい、どこの国の言語で誰が書いたお話のことを、話しているのだ?」
「まあ、知っていると思って話してはいないんだが」ワゼルは笑った。
ワゼルは続ける。「『サツジンシュッサン』のことについてなんか、どうでもいいんだ」
「『サツジンシュッサン』ってのについての、話じゃないんだな?」アザンギは付き合う。
「そうだ。今から言うのは、俺の持論だ。笑わないで聞いてくれよ」ワゼルの目は真剣だった。
「一応、聞くには聞くが」
「出産は、殺人だと思わないか?」
「どういうことだ?」
「だから、出産は、殺人なんだよ」
「出産と殺人は真逆じゃないか」
「違うんだ。アザンギ。聞いてくれ。人間は、というか、動物は、生まれてくることさえなければ、死ぬことはないんだ。これは、絶対に言えることだ」
「まあ、それは、事実だな」
「だから、出産という行為によって、いつか必ず死ぬ人間を増やすことになるんだよ」
「それは、ワゼルとしては、ダメなのか?」
「そりゃそうだ。今生きてる人間だけで、黙って死んでいけばいい。死ぬ人間を増やす必要なんてどこにある?」
「わからないけれど。動物の繁殖っていうのは、そういうものなんじゃないのか?」
「でも、2040年にシンギュラリティ(技術的特異点)が起こった」
「そうだな」
「それから、世界は合理主義に支配された」
「うん」
「にもかかわらず、未だに、人間が動物レベルのことをやっていて、それで良いのか?」
ワゼルにそう問われたアザンギは沈黙した。
アザンギはよく理解していた。ワゼルにはこういう話をさせたほうが良いのだ。それによって、いくばくかのガス抜きになる。
ワゼルがいつも言うように、誰かへの報復を考えているというのは確かなようで。
だからこそ、アザンギは、ワゼルが暴走してしまわないように、彼の話に耳を傾けるのが自分のつとめだと思っていた。アザンギはワゼルが語ることなど、一ミリも理解なんか出来やしない。二人の思想は平行線をたどるばかりであったが、それでも、アザンギは自らを聞き役に徹することにつとめた。
それにもかかわらず、いつしか、ワゼルは暴力的な話をすることを加速させていく。いつか本当に暴力をしてしまいそうなのだ……。
【つづく】