夕暮れの空は茜色に染まり、館の屋根を優しく照らしていた。アメリアは窓辺に腰掛け、指先でカーテンの裾を撫でていた。今日もまた、彼女の胸の奥には言葉にできない何かが重くのしかかっている。
「本当は、全部話したいのに……」
秘密を抱えながらも、彼女はいつも通り元気なふりを続ける。それが、唯一周囲を傷つけない方法だと信じていた。
その時、部屋のドアが静かにノックされた。リュカの声が柔らかく響く。
「アメリア、少し散歩しないか?」
彼の言葉には、いつもとは違う温かみがあった。アメリアは少し迷ったが、すぐに微笑みを返した。
「はい、行きましょう」
庭園の小道を二人はゆっくり歩く。秋の風が頬を撫で、木々の葉がカサカサと音を立てた。リュカは時折アメリアの顔を覗き込み、その表情を探るように見つめた。
「君は、いつも明るくて強いね」
彼の言葉に、アメリアは小さな笑みを浮かべながら答えた。
「そう見えるだけ。私も怖いこと、寂しいこと、いっぱいあるんだから」
リュカはその言葉に少し驚いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「君の秘密、教えてくれる?」
アメリアの胸はドキリと跳ねた。けれど、彼女はすぐに目を逸らし、そっと言った。
「まだ、言えないの……でも、いつかは」
その声には、隠しきれない切なさが滲んでいた。リュカは胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
二人は歩みを止め、満天の星空を見上げた。アメリアの瞳も星のように輝いている。
「星は遠くても、私たちはこうして同じ空を見ているのね」
彼女の言葉に、リュカは静かに頷いた。
「そうだな。だから、俺は君の側にいたい」
その言葉は、彼の偽りの心の奥底から溢れ出た本音だった。
その夜、アメリアは日記に向かってペンを走らせた。
「リュカ様は、私のことをどう思っているのだろう? 騙されているのは私のほうかもしれない。だけど、この気持ちは本物。嘘でも、偽りでも、彼といる時間は幸せだから」
彼女の文字は震えていた。心の葛藤と、初めて感じる恋の痛みが交錯している。
リュカもまた、自室で独り言のように呟いた。
「詐欺師の俺が、こんなに心を乱されるなんて……。彼女は俺の嘘に気づいているのかもしれない。でも、今はまだそれを認めたくない」
闇の中で彼の目がわずかに揺れた。
翌日、館の図書室で二人は偶然出会った。アメリアはリュカに向かって微笑みかける。
「昨日の星空、とても綺麗でしたね」
リュカもまた、優しい笑みを返した。
「うん。君と一緒に見る夜空は、特別だ」
その言葉に、アメリアの胸が温かくなる。けれど、彼女の中にはまだ疑念もある。
アメリアはふと尋ねた。
「リュカ様は、故郷を離れてまでここに来た理由は何ですか?」
リュカはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「それは……君に会うためさ」
彼の瞳が真剣で、偽りの影はそこにはなかった。アメリアはその言葉を信じたいと思いながらも、胸の奥の不安は消えなかった。
日々の交流を通じて、二人の距離は確実に縮まっていた。しかし、その裏でリュカは計画を進めている。彼が抱える偽りの鎧は、徐々に重くなっていくばかりだった。
その夜、アメリアは窓辺に立ち、星空を見上げた。
「私の秘密も、いつか話せる日が来るといいな……」
彼女のつぶやきは、静かな風に溶けていった。
甘く切ない嘘と秘密の中で、二人の心は少しずつ繋がり始めている。だが、その繋がりは脆く、いつ崩れ去ってもおかしくないほど繊細だった。
この物語は、まだ始まったばかり。次に訪れるのは、真実か、それともさらなる偽りか。