マルティア王国の秋は、金色の光と柔らかな風が交差する季節。公爵家の庭園では、紅葉が舞い落ち、静かな時間が流れていた。
アメリアは、リュカと共に庭園を歩いていた。彼女の笑顔は相変わらず明るく、病の影など微塵も感じさせない。しかし、その瞳の奥には、言葉にできない想いが秘められていた。
「リュカ様、今日は特に風が心地よいですね」
「そうだな、アメリア」
リュカは微笑みながらも、心の中では複雑な感情が渦巻いていた。彼の過去が、今の彼を形作っている。
リュカの生まれ育った家は、貧困と暴力が支配する場所だった。酒に溺れ、暴力を振るう父。男に依存し、浪費を繰り返す母。幼いリュカは、そんな家庭の中で弟妹たちを守るため、早くから働き始めた。
しかし、正当な手段では家族を養うことはできなかった。リュカは、詐欺という道を選ぶしかなかった。人を騙し、金を得ることでしか、家族を守れなかったのだ。
「リュカ様、何か考え事をされているのですか?」
アメリアの問いかけに、リュカははっと我に返った。
「いや、君といると、つい時間を忘れてしまう」
リュカは微笑みながらも、心の中では罪悪感が募っていた。彼女を騙しているという事実が、彼の心を締め付けていた。
その夜、リュカは一人、部屋の中で過去を思い返していた。弟妹たちの笑顔、父の怒声、母の涙。すべてが、彼の心に深く刻まれていた。
「俺は、何をしているんだろうな……」
リュカは、アメリアとの時間が本物であることを願いながらも、自分の行いがそれを壊してしまうことを恐れていた。
翌日、アメリアとリュカは再び庭園を歩いていた。アメリアは、リュカの手をそっと握った。
「リュカ様、私はあなたと過ごす時間がとても好きです」
リュカは、その言葉に胸が締め付けられる思いだった。
「アメリア、俺も君といると、心が安らぐ」
しかし、リュカは自分の過去を明かすことができなかった。彼女を守るため、そして自分自身を守るために。
夜、リュカは再び一人で過去を思い返していた。弟妹たちの未来のため、彼は詐欺師として生きる道を選んだ。しかし、アメリアとの出会いが、彼の心に変化をもたらしていた。
「俺は、彼女を騙し続けることができるのか……」
リュカの心は揺れていた。アメリアへの想いと、自分の過去との狭間で。
アメリアもまた、リュカとの時間を大切に思いながらも、彼の瞳の奥に隠された何かを感じ取っていた。彼女は、自分の病を隠しながらも、リュカとの未来を夢見ていた。
「リュカ様、あなたの本当の姿を、いつか見せてください」
アメリアの心には、リュカへの深い愛情と、彼の真実を知りたいという想いが交錯していた。
こうして、リュカとアメリアの物語は、甘く切ない嘘と真実の狭間で、静かに進んでいく。二人の心が交わるその日まで。