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5/魔王を連れる理由

「……はぁやめろリーダー。争ったところで何も生まれない」


「モンクてめぇ……俺がどうして冒険者になったかとか知ってるだろ!」


「理由はもちろん知ってる。だが仮に今ここで勇者を退け、魔王を討伐したからとして達成感は得れど失われたものが帰ってくる訳でもないだろう? それに勇者の言うことが本当なら魔王討伐後、この世界は勇者を1人、それも歴代の中で最も強いと言われている彼女を失うことになる。それでもいいのか」


「……くそ……」


 魔王を前にしても冷静沈着なスキンヘッドのモンクが剣を握るリーダーの肩を叩き彼の怒りを沈めてみせる。あまりの正論に怒りを向ける場所を見失い、彼は剣を鞘に戻してその場から去っていった。


 流石に1人での行動は危ないと弓を持つ男が追った方がいいかとアイコンタクトを送る。それに対してモンクがこくりと頷いたのを確認し、軽快な足取りでリーダーを追った。


 そして残されたのはローブと三角帽子を身にまとった魔法使いの女と、肌の露出が高いガタイのいい男モンク、そしてシャネアと気絶してる魔王だけだ。


「すまないな。うちのリーダーが無礼なことをして。あいつは魔王に故郷を目の前で滅ぼされて、もう他に同じ思いをする人を作りたくないと冒険者になったんだ。察してくれ」


「へえ」


 申し訳なさそうに仲間の無礼を詫びる。彼の方が余程リーダーらしい。


 だが他人のことなど興味を持たないシャネアは、モンクと魔法使いのことを気にせずに、気の抜けた返事をすると剣を鞘に戻して乱暴にその場に放る。その後気絶しているグリフェノルの近くでしゃがみ、木の枝で突っつき始めた。


 まるで興味すら示さないその姿に苦笑するモンク。ふと頭の中に出てきた疑問を問いかけた。


「……まぁ他人のことはどうでもいいよな。それで聞きたいんだが魔王を連れて何をしようとしているんだ? ああ、別に俺は勇者たちを攻撃する気は無い。どうせ俺は負けるからな。負ける戦はやらない主義なんだ」


「……魔王討伐でも良かったけど、連れて帰ったら元の世界に帰れるの。それにはじまりの街に特殊な病気あって、それ治すのに魔王の力が必要」


「元の世界……ということは転生者なのか?」


「ぶい」


 突くのを止めた少女は立ち上がると据わった目でモンクを見つめ、自分が何故魔王を連れていこうとしているのか、連れていったところで何があるのか理由を述べて、自身が転生者であることを明かした。


 差し出した右手のブイサインから、どことなく自慢げなのが伝わってくるが、自慢していい話ではない。なにせ転生しているということは、彼女は一度死んでいるのだから。


 実はこの世界では転生者は珍しくは無い。轢かれた、飛び降りた、刺されたなど全て死に直結する出来事が起きてからこの世界へと転生を果たす。


 もちろん転生は死者全員ではなく元の世界に絶望した者、もしくは死を受け入れず未練を残した者の中から神が選んだ者のみ。


 少女もまた然りであり、事故でこちらの世界へと来てからのんびりと過ごしつつ、元の世界に戻ることを夢見ているのだ。


「こんな幼子おさなごが転生者なんて世も末だな……リーダーが無礼を働いた詫びも兼ねて、困ったことあれば言ってくれ。協力する」


「こう見えて成人はしてる」


「そ、それはすまない……」


 『転生者』は世界で数少ない固有魔法を必ず持ち、その強さゆえに他者から狙われ命を落としたり、逆に奴隷へと堕ちる転生者も少なくは無い。


 また奴隷へと堕ちるのは決まって女子供。その世の中を知っているからこそ、モンクは同情の目を向け協力関係を築こうと手を差し伸べる。


 だが少女は手を取らず、一つだけ要望を言った。


「困ったこと……なら服欲しい」


「なんで服?」


「今裸」


 要望を口に出した瞬間、裸であることを示すためにマントを上にあげようとする。だが隙間から薄らと見えた無垢な肌にモンクは慌てて少女の手をマントから引き離した。


「わぁぁぁ! 見せるな見せるな! わかったから! というか君は女の子なんだからもう少し自分の身を大事にしろ……とはいえ何がどうしてそうなったんだ? ……まあいい、ウィッチ。明日この子の服持ってきてやってくれ。お前確か服屋やってるだろ?」


 難が去り長く息を漏らしたモンクは無言で後ろに立ち、今のやり取りを他人事のように見つめる魔法使いウィッチに声を投げた。


 しかし返答はなく、振り返ってみれば彼女の姿がなかった。


 ――まさか1人で別の場所に……?


 冷や汗が背筋を襲い、生唾を飲み込む。胸がざわつくが夜の森の中を探しても見つかる可能性はない。


 モンクは驚愕したまま、助けを求められないかとシャネアの方へと振り向く。


 その瞬間。


「えと……服取りに……行っただけだよ。転移使えるの知ってる……よね?」


「あ……あぁ……そうだったか……いやそれなら何か言ってくれ……リーダーとアーチャーは離れていないからな……」


 消えたと思っていた魔法使いウィッチがシャネアの隣に立っていた。一体何が起きたと目を見開いて言葉を失うモンクだったが、服を抱えるように持ち、それで口元を隠す彼女の言葉で転移魔法の存在を思い出して安堵しつつ頭を抱える。


「勇者さん、えと……これ、どうぞ。多分サイズ合う……と思う」 


 そんなモンクを後目に自身のアトリエへと転移して持ってきた服を、怯えながらシャネアに差し出す。


 広げてみれば村人が着ていそうな簡素な服だった。

早速マントを脱ごうとしたのだが。


「ひっさつめつぶし」


「まっ……! すぐ着替えるならそう言え! というかさっき見せようとしてただろお前……!」


「それとこれとは別」


 夜とはいえ男のモンクに着替えを見られる予感がしたのか、数刻前に魔王にお見舞いした物理的目潰しを繰り出す。


 しかし相手は格闘家。勇者の機敏さを持ってしても、現役で相手の動きを見切り行動する職には目潰しなど通用しない。


 連続で繰り出される目潰しを避けるモンクは身が持たないのと、身の危険を感じ一旦離れることにした。ただあまり離れすぎるとかえって自分の身が危うくなるため、少し離れた場所で耳を塞ぎ気配だけを感じる手段にでる。リーダー達も近くにいれば状況が掴めるため一石二鳥なのだが、リーダーとアーチャーの気配がないことから既に森から出ているのは間違いない。


 一方でシャネアは奪い取ったローブを適当に脱ぎ捨て、ウィッチから貰った服に手を通す。


 サイズなど測っていないのに、あたかも少女専用と言わんばかりにピッタリでショートパンツだからか非常に動きやすい。以前に着ていた服よりも全然物は良く、1人で感動している。


 すぐさま気絶している魔王に近づいて肩をめいいっぱい揺らす。


「起きてグローブ」


「……はっ! ここは誰……我はどこ……」


 気絶してから時間が経っているからなのか、すんなりと目を覚ましたグリフェノル。ぼやっとした目を擦り周囲を見渡し、記憶が無くなったかのような変な言葉を呟いている。


 彼を気絶させた本人の少女は、その様子に心配など向けることはなく、魔王の前でくるりと回ってみせる。


「どう似合ってる?」


「いやちょっとは心配……はお前のことだからせんとして、ちょっとはツッコんでや!? って我、お前に乱暴されて気絶してから記憶ないんやけど……」


「当たり前」


「当たり前なんはわかっとるから! じゃなくて、我が気絶してる間に何があったんや? 確か愚か者が我を討伐しようとしてたのは何となく感じてたけど……って2人とも魔物に襲われとるやんけ! ざまぁないな、我に歯向かってきたバツや! フッハッハッハ!」


 気絶している間のことをやけに気にしているかと思えば、急に笑い出すグリフェノル。


 うるさいとばかりに小さな手で彼の頬を両手で鷲掴みこねくり回すシャネアは、彼が言った言葉になにも反応を示していない。


 何せそれは人を欺くための嘘だと見抜いているからだ。


「嘘はよくない」


「嘘ちゃうわ! 我は嘘つかない! そもそもここにいないのが物語ってるやんか! てか頬をこねくり回すな! 喋りにくいわ!」


「2人とも仲間に説教されて帰っただけ」


「いだだだだだだ! 頬を引っ張るなぁァ! わかったからぁぁ! 頬肉取れるぅぅ!」


 嘘をついた罰と言わんばかりに、ぐいっと彼の頬をめいいっぱい引っ張る。心做しか顔が横に伸びているように見え、痛さのあまりかグリフェノルの目が細くなり、涙が溢れていた。


 かなりの強さなのか、辛そうに頬を引っ張る少女の腕を叩いている。だが辞めることなく引っ張られ続ける。


 そこに何をやっているんだと言いたげに、困った様子を浮かべたモンクが戻ってきた。


 耳を塞いでいても騒動が聞こえ、戻ってきたら魔王が虐められている。なんとも言えない状況。困るのは仕方ないことだ。


 気にしたところで無意味なのは先程からのシャネアの言動から予想はついており、まずはとシャネアが魔王へ言った言葉を訂正した。


「……正確にはリーダーが不貞腐れて、ここから離れたんだけどアーチャーも一緒に行ったんだ……ていうか本当に魔王なのか……? 威厳も何もあったものじゃないようにしか見えないんだが」


 声が聞こえてすぐ、頬から手が離れ無理やり引っ張られた痛みだけが頬に残り無意識に摩る魔王。シャネアを睨み小声で「容赦なさすぎやろ……」と呟くと。


「正真正銘、われが魔王グリフェノルや。いやほんとに。我自身なんでこんなことなったかわからんけどな……なんなら固有魔法見せてもええんやけど、他の人も飛んできよるだろうしなぁ……その度に説明してたら我死んじゃう! こいつに殺されちゃう!」


「グが死んだら私も死ぬ契約だから殺しはしない。死ぬ寸前で止めれば魔族の回復力でだいたいなんとかなる」


「我の命軽すぎん!? それに契約内容初耳! ていうか我の名前もはや一文字だけなん!?」


「あんな長ったらしい名前、贅沢だからグでいいかなって」


「良くないわ! そもそもグリフェノルだけでも充分短いやろ! いい加減覚えてぇなぁ! ……いや、長ったらしいってことはしっかり覚えてるんちゃうか!?」


「知らぬ、シラーヌシラーヌ。亡年多分昔」


「死んどるし誰やねん! てかなんで我の名前言わないんや、名前で呼んでくれないと我悲しい!」


「お口チャックばってんじるし。もう私は何も言わない言えない」


 目を細めて魔王の名を絶対に言わないとばかりに、知らないと繰り返すシャネア。言葉的にもグリフェノルの名は間違いなく覚えているのだが、中々どうしてちゃんと名前を言わないのかまでは謎のまま。


 例え悲しそうにしていたとしても意地でも名前を言うことは無いようだ。


 まるで芸でも見ているかのようなその光景に、茫然とするモンクとウィッチ。もはや2人の中では彼が魔王だという確証は全く持てていない様子だ。


「そうだ【魔変化イリュージョン】は想像できるものは大抵変身できるなら、私になってみて。それなら証明できると思うし面倒にならないはず」


 このままではやり過ごすことはできてもモンクたちと協力関係にはなれず、相手は疑問を抱えたままになると勘づいた勇者は唯一の解決策を魔王に提案した。

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