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6/ラスダン前の街

「上手くできるかは分からへんけど……【魔変化イリュージョン・シャネア】」


 シャネアの提案に不満そうな顔を浮かべていたが固有魔法を証明でき、かつシャネアの姿へと【魔変化イリュージョン】することができれば、今後不利な状況を作ることは無いと悟る魔王。物は試しにとシャネアの身体を頭の中で想像し【魔変化イリュージョン】を行使する。


 煙が彼の身体から吹きでると一瞬にして彼の容姿が少女の姿へと変わり、次第に煙は消えていった。しかし、煙中から現れたその姿は背丈こそ同じだが、紅に染まるボブヘア、そしてアシンメトリーの前髪が印象的でシャネアにはまるで似ていない。


「こんなもんか? うーんちっさなるから違和感しかないなぁ」


 自分の姿を見下ろして確認する魔王。目の前にいるシャネアと少し違うことには気づいていない。それどころか視線が低くなったからか違和感しかないと、不機嫌そうな顔を浮かべていた。


 とはいえこれで正真正銘魔王であることは証明できた。他人には使えない――シャネアは除く――固有魔法を間近で見ていたモンクは右手で顎を触ると感心の声で言った。


「これが自称魔王の【魔変化イリュージョン】……使い所によっては確かに脅威だな、それに魔力の流れも……ただ全然勇者に似てないな」


「私の印象そうなってたんだ」


 二人が今の魔王の姿にあっけからんとしていることに鼻を鳴らし、不満そうな表情を浮かべるグリフェノルは容姿が違う言い訳を述べる。


「違ってもいいやろ。ていうか完全に似てたらめんどいやろ、双子じゃああるまいし! なんか癪にも触るしなぁ! それに実質的にお前に囚われとるけど、本来我らは敵同士なんやぞ!?」


「敵になったらまた縛るだけ、それでまた契約する」


「それはやめて!? 毎回縛られてたら我の尊厳なくなる気がするから!」


「なら私に従うがいいグラッチェ」


「グリフェノルやぁぁぁぁぁ! ていうかグラッチェって誰やねん!」


「名前じゃない。“ありがとう”て意味の外国語」


「感謝される筋合いないし聞いたことないわそんな単語ぉ!」


 身体が小さくなったからか、体全体で動揺を表す様が俊敏になりなんとも可愛らしく見えてくる。


 そんな姿にときめく顔を浮かべたウィッチはわきわきと手を動かして、今にも襲いそうな雰囲気を醸し出していた。


 だが小さい体で動揺していてもまるで隙のない魔王にその衝動は自然と抑えられる。


「……ともかく、これで不自然な魔力の流れの正体はわかった。だが魔王という情報は流さない方が良さそうだから適当に誤魔化しておく。リーダーにもそう言っておくが……まぁ経緯が経緯だからな、期待はしないでくれ」


「ん、さんくす」


「さんくす……?」


「これも通じないのか異世界……ありがとうって意味だよ」


「そ、そうか……それじゃあウィッチ。俺たちもそろそろ帰ろうか。あまりリーダー達を待たせるのも悪いからな」


 少女から発せられた謎の言葉とその意味に苦笑を浮かべるモンクは、少女達の事情と魔王グリフェノルの脅威は無いことを知ると、少女達の旅路の邪魔をしないように、そして応援するとばかりに報告を偽ること心の中で決める。


 魔王到来を隠していることがバレれば世界を滅ぼす手助けをしているとして罰せられる可能性が大きいのだが、それを承知の上でそう決めていた。


 仮にバレたとしても、魔王に敵意というものはまず感じられず、勇者が近くにいる。そして何よりグリフェノルの威厳の無さに未だ魔王という実感を得られておらず魔王とは言えないという理由もあるからだ。


 もしその理由が使えず罰せられたとしても良くて冒険者資格剥奪、ならびに冒険者資格取得不可になる。悪くても国外追放。モンクは昔放浪旅をしていたこともあり、自身の身を守る術はある。それを身につけている彼にとって処罰はどうとでもなるため、迷いはなかったのだ。


 もちろんそんなことなど知らないシャネア達はモンク達に手を振り見送る。


 彼らの姿が見えなくなると、シャネアは再び眠りに……はつかず何故か彼らの後ろを追いかけ始めた。その行動に魔王も驚き、置いていくなとばかりに追いかける。


「シャネアお前何がしたいんや……急に人間どもを追いかけるなんて……」


「ついて行けば街がわかる。それに今のグッチなら街とか入れると思うのと、どうせ寝るならふかふかベッドで寝たい」


「ほんとほぼ毎回グしか合ってないのなんなん……? てか街に行くなら最初からそう言えば良かったやん。こんなコソコソせぇへんでも」


 時折木陰や岩陰などに隠れながら話す2人。こうしてバレないようにモンク達の後ろをついていくのには、勿論理由がある。無ければシャネアは最初からモンクに頼んでいただろう。しかし初めましての仲でそこまで信用が持てないのだ。


 考えすぎだとは本人も思っているが、仮に案内を頼み、町に到着した途端に手のひらを返される可能性があったのだ。そして信用できず、リーダーが何を言うか分からない以上、同じ場所に居座ることも危険であり、場所移動も兼ねて追いかけるしか無かったのだ。


「バレたらどうすんねん……」


「問題無い。私も魔王と同じ【魔変化イリュージョン】があるから」


「いやそれ使って魔力の流れ云々で大事になったやろ」


「あれは大きなものになったから。多分身丈に合ったのでやればなんとかなる」


「いや我の【魔変化イリュージョン】は周囲の魔力で構成するから何とかならんよ」


「真顔で夢を壊された気分」


「それはわるうございましたな!」


 バレる前に対策をと策を練るがそれらは全て無駄だと知り、ついには口喧嘩じみた雰囲気になる。しかしすまし顔でしょげるシャネアと小さく腕を振り唸るグリフェノルの喧嘩は見ていても微笑ましいもので、嫌な雰囲気よりもほのぼのとした雰囲気が強い印象だ。


 それもこれも、グリフェノルの姿が今現在シャネアと同じ子供の容姿だから、ゆるい雰囲気が立ち込めてるのだろう。


 だが、気付かれないようにしているためお互いの声は小さく、未だ木々が並ぶ森から抜けておらず声は響かない。故か前方を歩く2人には気付かれていない。


  しばらくすると森を抜け目の前に城壁が拡がっていた。


 森林に包まれた街シルルセスタである。


 その街は魔界にも近く、週に2回の頻度で魔族との攻防戦が繰り広げられるほど。だが毎回のように街に被害を出していないのは、その街が誇る結界あってこそだった。


 最もその結界は一度だけ魔王に破壊されているのだが。


「ラスダン前の街……相変わらずガードが硬い」


「ラスダン前の街……? シルルセスタやろ? にしても魔界から割と近いの忘れとったわ。ちゅうか一度壊滅させたのにもう直っとるんか、いやぁ人間ってすごいもんやな。こんな無駄な物ばかり建てて」


「私が知る限り、その歴史は50年は経ってるはず」


「嘘やん……そんなに月日流れとったんか……」


「気にしなかったらそんなもの」


「つうかなんで知ってんねん、世代ちゃうやろ」


「この大空と大地と大海から聞いた」


「お前は自然の精霊か何かなん!? あと海なんて見えへんやろここ!」


「グアニル酸煩い」


「なら一々名前を間違えないでもろて!」


 一度モンクを追うのを止め、近くの木に身を隠す。


 2人が見つめる先はシルルセスタの城門。モンクが向かう先でもあり、そこには見張りがいる様子だ。


 2人体制の為隙はなく、交代も交互に行われるため見つからずに通り抜ける死角はない。また城壁も高く上にも見張りが存在する。ならばとぐるりと回り入る隙を見つけようとしても入口はひとつだけで、点々としている見張りが不正侵入を許さない。


 しかし問題はそれだけではない。


 シルルセスタには魔族に反応する結界が張られている。たとえ姿を人間にして見張りの目を掻い潜ったとしても、魔族の王であるグリフェノルの正体は隠せない。


 回避するために結界を破壊してしまうのもありだろう。しかしそんな事が可能なのは魔王しかおらず無駄である。


 魔族が本当に結界の中に入りたいのなら、結界を一時的に解除してもらい入る他ない。


 もっとも結界を解除してもらうことは不可能に近いのだが。


「やむを得ない……最終手段にでるしか」


「おま、まさか……」


「うん。そのまさか」


「そうか……確かにここから先に行くにはあれしかないもんな」


 勇者は今まで人の味方をしていた。魔王を捕らえたのも人を助ける理由があるからだ。


 そんな彼女がここに来て人に手を下すと、強行突破するしかないと言い始めた。


 一度ふかふかベッドで眠りたいと思ってしまったからこそ、その欲望により冷静な判断を失っている状態。それならば何かの間違いで手を出してしまっても仕方ない。


 一方魔王は、元々人間を敵対視している。勇者が人間を攻撃するのならばそれに協力せずして魔王は語れぬと、不吉な笑みを浮かべている。


 しかし、やる気満々な魔王をよそに、勇者は突然地面を無我夢中で掘り始めた。それもか弱い手で堀るのではなく、土を効率よく掘れるように【魔変化イリュージョン土龍モグラ】をいつの間にか手だけに施し、大きな手で掘り進めている。


「え、あそこの騎士共を殺すんちゃうん?」


「え、土の中を進むっていう最終手段だけど……地下と中までは結界の効果ないから」


「なんやねん……期待して損したわ……」


 魔族として人々が蹂躙され血の雨が振ることを期待していたが、全く殺意すらなく非合法的に街の中に入ってしまおうとしているシャネアを見て酷く気抜けしていた。

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