「な、なぁシャネア……これ本当に地上に出るんか……?」
「私の勘は正しい。はず」
結局地中を進むことにした2人だったが、進めど一向に地上に出ることなく未だ土の中を彷徨っていた。
原因はとても簡単なもの。地上では陸空が見えておりどこへ向かっても何とかなるものだが、地中では空はなく四方八方進むことができる。
即ち進めば進むほど自身が今どこにいるのか、真っ直ぐ進んでいるのかがわからなくなり現在に至る。
一向に外に出ないからこそ非常に心配で困惑した様子のグリフェノル。穴が小さいこともあり、未だ【
その不満を更に増幅させたのは、シャネアの淡々とした声だった。
「ゲームなら簡単に地上に出れるのに」
「げーむ……? ようわからんけど、それがあれば外に出れるんか?」
「あれはフィクションであって、手元にあっても無駄。あとゲームが分からないなんてどこの田舎民」
知らない単語に首を傾げ希望が見えたのかと期待する。
だが、それがあっても出られないこと。そして軽く侮辱され笑みを浮かべて眉間に皺を寄せる。それは我慢の限界を意味していた。
「よくわからんが侮辱されたのはわかったで? まぁ出れんのはわかったけど……ところでもうだいぶ進んだと思うけど、ほんっっとうに地上に出れるんやろうな!?」
破顔し怒りを露わにする魔王。これならばさっさと門の2人を殺してしまえば早かったと後悔しながら、シャネアに問いかけた。
「絶対、必ず、きっと、恐らく、多分、もしかしたら」
「どんどん自信なくなるのやめーや!」
黙々と土を掘り進める少女の言葉は次第に自信が無くなり信用すらできないようなもの。魔王としては真面目に悩んでいるのにそう言われ更に怒りが昂る。
時間の感覚なんてのもあったものでは無いが、地上で夜明けを迎えた頃。2人は地中に眠る空間にたどり着いた。
そこは下水道……ではない。一定の距離を保ちながら明かりが通路を照らしており、水気はあるが汚臭などはなく、鼻をくすぐるのは土の匂いと油の匂い。それもただの油ではなく、鼻に刺さる独特なものだった。
近くには線路がある。なにかに使われていた通路なのが物語っている。仮に今も使われているとするならば人がいないのはいい事だった。
地面から二メートルほど上から観察していたシャネアとグリフェノルは通路へ降り立つ。
「なんやここ、坑道か? とはいえやっぱり地上にでなかったやんけ。おかしいと思ったんや、上に行く言うてるのに下に降ってる気がしてなぁ!」
「ここ狭いから響くうるさい。あとそれならさっさと言うべき。……言ってもバカ声量変わらないしとりあえず進もう」
「お前たまに口悪ぅなるよな!」
「グアーが悪い」
「グアーて! それもう名前というより悲鳴や!」
「残念。豆の名前」
「豆の名前かーい!」
「うるさい」
「お前が始めた物語やろ!?」
グリフェノルの声量は狭い通路の中ではかなり響く。耳を劈く声に目を細め両手で耳を塞ぎながら歩く。
線路が引かれているということはどちらかに行けば必ず何かには繋がる。一体何が待ち構えているのかなど彼らには到底分かるはずもなかったが。
「おい誰だこんな所で喚くバカはって、……お前もしかしてシャネアか!? ハッハハ! 随分とまぁ久しいな! シルルセスタ方向から来たとなると……魔王討伐に成功し……」
暗がりの先から現れたのは、小柄なシャネアよりも更に小さな男。彼の耳は尖り丸々とした肉付き、覇気のある声は渋く、気色一面で放った言葉は堂々たるおっさん臭い口調。それらの条件に当てはまるのはドワーフだ。
そして彼がここにいるということは、この通路は紛れもなくドワーフの炭鉱であることを物語っていた。なにせドワーフはドワーフの炭鉱以外に姿を現すことがないからだ。
とはいえドワーフが暮らすドワーフ大炭鉱はシルルセスタよりも先にある。またシルルセスタの下は地盤が弱く昔から炭鉱通路がない。なのにここでその通路に出くわすなどどういうことなのか。
少しだけだがドワーフ炭鉱に足を踏み入れたこともあるシャネアはその意味を理解していた。
目的地をだいぶ過ぎていたことを死んだ魚の目を浮かべると、突然顔色を青ざめたドワーフの事など気にもしていない様子でグリフェノルに言う。
「……まおー。多分いまシルルセスタじゃない。すまぬ」
「腑抜けた声で魔王言うな」
「じゃあぐんたまで」
「ぐんたまってなんやねん!」
「注文が多いおおぐんたま」
「クソこいつ……」
「はっはっは」
場所が変わってもなお意味不明なことを口走り、それに翻弄される魔王。振り回されている自覚はあるのか唇をかみ締めており悔しそうだ。
目の前で何が起きているのか理解できず、無視されたこともあり口を開けて放心しているドワーフは直ぐに我に返ると彼らの話を切り裂いた。
「シャネア……まさかそいつ魔王か?」
「そう」
「なんてこった……とんでもねぇの連れてきやがって……」
シャネアに似つかない少女の顔を持つ魔王の顔を見た瞬間ドワーフが頭を抱えしゃがみ込む。この世の終わりだと言わんばかりに落胆している様子だ。
声色も先ほどより低く、怯えているのが良くわかる。
これこそ本来魔王と相対したときに見せる正しい反応だ。
ドワーフが初めて魔王を見て真っ先にその存在が魔王であることに気づいたのは、ドワーフの
そもそも彼らドワーフ族は別名地下エルフと言われている存在で、エルフ同様に魔力の流れに敏感。エルフの血を引く証拠に耳が尖っているのだが、引き継いだのは耳と魔力感知、そして一つのものに対してこだわるプライドだけ。エルフ特融の高い魔力は失われ時間とともに地下で生活できるように背が小さく変化したという歴史がある。
「そういえば貴方誰?」
「はぁぁぁぁ!? おま、忘れたのか!?」
「知らぬ」
「……なんというか……お前、薄情なやつだな……いや元からそうだったな……」
カタカタと震えるドワーフの前にシャネアがしゃがみ込み、指先で彼の額を突っついてから誰だと尋ねる。
ドワーフの口ぶりからして以前会ったことがあるようだったが、少女は何一つ覚えていないらしく、先ほどからやけに親しく話してくることに少しだけ不快感を覚えていた。
そんな少女の言葉に絶望から一転して、目を点にしていきなり顔を上げるドワーフは昔のことを思い出して嘆息をつく。
「……いや、そ、それどころじゃないぞシャネア……なんでここに魔王が……ど、どうか命だけは……」
「フッハッハッハ! お前の恐怖は我の糧や! もっと怖がゴファ……」
魔族は生のあるものの恐怖心がご馳走であり力の糧。鋭い目つきで見下し
だが魔王の頭上まで飛び上がったシャネアが怖がらせてどうすると言わんばかりに強烈な脳天チョップを繰り出して沈黙させた。
刹那、人を欺くために使用していた【
「もう大丈夫」
「ま、魔王を一撃……そ、それに姿を変えていたなんて……」
目の前の衝撃的な光景に呆然としており、地面に伏せ口から泡を吹きだしている魔王を一瞥してはシャネアの強さに汗を垂らしている。
「どやぁ。それで誰」
表情こそ変わっていないが、腰に手を置いて威張っている当たり少女的にはドヤ顔を浮かべているつもりなのだろう。
傍から見ていても掴みどころのない少女の行動はまったく理解も読むこともできず、ドワーフはツッコむのを辞めて質問に答える。
「……ま、まあ……俺がショックを受けてようがなにを言おうが思い出せないなら仕方ないか……改めてオレぁモルストだ。いい加減覚えてくれ」
「もるもっとか」
「モルしか合ってねえ……モルストだ」
「モ……モ……モコモコクウネルトコロニスムアブラカタブラ――」
「オレの名前をややこしく長くするな!」
人が変わっても歳を重ねても少女の性格や名前の呼び方に個性があるのは変わらない。
それはつまり、いつ何時少女の言動で振り回されるのは魔王だけではなく少女に関わる人全員が振り回されるということ。モルストも例外では無い。
「こほん……まあなんて呼ばれようと別に構いはしないが……そうだ、せっかく来たんだし集落で休んでいけ」
「そうする」
「っておいおい、そいつも連れていくのかよ……あとそっちは行き止まりでこっちだが、そいつは集落には入れられん」
「それは困った」
モルストの提案を受け、気絶させた魔王を背負い歩き始める。
シルルセスタには入れなかったが、集落でも充分身体を休められると判断してのことだった。
しかし急いで歩く少女を引き留める。原因は魔王。彼女と魔王の関係を知らないからこそ、気絶しているとはいえ集落には入れられないと引き留めるしかなかったのだ。
「そいつは魔王だ。何でここにいるのかは知らないが、そんな奴が集落に入ると周りが狂っちまう。だから連れて行くな。というか魔王を討伐せずになんで野放しにしているんだ」
モルストは親指で背後に続く道を指を指したが、集落に招き入れられない理由を述べてから魔王がここにいる理由を尋ねた。
魔王は世界を征服した魔族の頂点。本来ここにいてはいけない存在が目の前にいるのが納得いかないのだ。いつも何を考えているかわからない少女にもそれくらいは感じ取れていたのか。
「……魔王は周囲に危害を与えないよ。今は私と魔王は契約状態にあるからそんなことは絶対にさせないし、最悪また気絶させるし、私が保証する。どうしてもだめならせめて大炭鉱の先に通させて。お願い」
「……魔王と契約って……本当に他人にはできないことを平然とやってのけるなお前は……それになにか訳ありって感じだろ」
表情筋をどこかへと置いてきたかのように表情の変化がない少女だが、魔王に敵意はないこと、あったとしても止めることを約束するその姿は凛としていて、覚悟を決めた雰囲気があった。
先ほどまで雲の上の存在としか思えない少女から一転したその雰囲気に訳ありだと察したモルストは追い返すことをやめて、シャネアの目をじっと見つめる。
その目に映るは諦めないという心。ここまで覚悟をしている少女を前に力を貸さない訳にはいかず一息吐いた。
「……わかった。通るだけならオレから話してみるが……」ここまで言ってある疑問を続けて投げた。
「所で結局のところなんで
「なんか来れた」
「なんか来れたって感覚で来れるものかここ……それもシルルセスタ方面って地盤が緩いから通路も入り口もないのに……」
「掘ってきた」
「今地盤緩いって言ったよな!? ってことは、さっきこっちから変な感じがしたのは……」
少女の無垢な言葉にどこかで自身の噂でも話されているような悪寒を感じ胸中が騒ぎ始める。
刹那、大地の悲鳴とも言える地鳴りが響いた。
狭い通路に響く地鳴り。モルストの顔色が青く染まり、慌てて行き止まりの方向へと走る。
追いかけなくともモルストは直ぐに止まり文字通り大の字でどっしりと構えている。まるで何かの侵入を防ぐような。
「【
地鳴りはやがて地動を連れ、大量の土砂を流してきた。地盤が緩いところを掘り進めたのが原因で無理やり押し固めていた土が崩れたのだ。
急斜面状はないが、崩れ落ちた衝撃で勢いを増し猛烈な速さで襲ってくる。このままでは集落にも被害が出るのは目に見えていた。
その変化をいち早く察知したモルストは被害を拡大しないように魔法で土の壁を創造し通路を塞いだ。
次第に地響きが大きくなり異常なほどの衝撃が踏みしめる地面から伝わってくるが、直ぐに勢いを無くし地響きはぴたりと終息した。どうやら土砂を塞き止めることに成功したようだ。
「……あとは……よっこらしょいっと、【
一息ついたドワーフはおっさん臭く独り言を呟いて焦りを我慢しながら屈むと地面に手を添える。目を閉じて静かに違う魔法を唱えた後、安堵の息を吐いて立ち上がった。
「全く余計なことしやがって! 危うく集落が壊滅するところだったぞ!」
「すまぬ」
「謝ってすむなら苦労しねえよ……ったく、この騒ぎだと暫くは集落の外には出られなくなるからな!?」
「そんな……」
「自業自得だッ!」
こうなった原因はシャネア。嫌な予感が的中し危機的状況になりかけたにもかかわらず呑気な少女の声にモルストが怒声を放った。