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8/シルルセスタの建国者

 怒りを鎮めたモルストに連れられシャネアとグリフェノルはドワーフの集落へとたどり着いた。


 地中ということもあって空はもちろん見えないが、その代わり通路に点々と配置されていた明かりが至る所に設置されており視界は良好だ。


 そのためか先ほどの騒ぎで周囲がざわついているのがよくわかる。中には褐色肌が印象的でドワーフと友好関係を築いているダークエルフもおり、慌てている様子から外に出られないことへの不満が感じ取れる。


「思った以上に荒れてるな……まあ仕方ねえといえば仕方ねえか。おいシャネア俺から離れるんじゃ――」


 集落の様子が予想を優に超えており愕然としていた。


 この騒動の中、仮にシャネアが背負っているのが魔王だと知られれば騒ぎは更に複雑になる。幸い気絶している時は魔力の流れがほぼ感じられないが、集落にいるのはエルフの血を引く者のみ。魔力に敏感な彼らならば万が一の場合がある。そのためモルストは顔だけ振り向かせシャネアへと声をかける。


 だが振り向いた先には誰もおらず、少女の気配も感じない。先ほどまで真後ろにいたのにいなくなった気配は全く気付かず、焦りによるべたっとした汗が溢れ出て、慌てて周囲を見渡す。


 僅かだがシャネアと魔王の魔力痕跡を視界に捉え足早にそれを辿る。


「あ、もるもる」


「モルストだ! じゃなく、て俺のそばから離れるんじゃない! ただでさえ厄介なやつを背負ってるのに見つかったらどうする――」


「なあモルスト。この子と知り合いか?」


 息を荒らげながら魔力痕跡を辿り行き着いたのは集落が騒動の中で物静かな三角家の露天商。集落の中で唯一の『魔法売り』だ。その商店を営んでいるのはエルフ特融の高身長を持ち、淡く煌めく腰まで伸びた長い銀髪と暗い肌を持つダークエルフ。名をと言う。


 シルルセスタ国と同じ名前なのは、建国者であり初代女帝だからだ。現在は王位を継承し、シールという名でドワーフの大炭鉱集落に住んでいるのだ。


 そんな彼女のもとにシャネアが来て、その後直ぐに見知ったドワーフが来たため声をかけてきたのだ。


 その声にはっと見上げシールの顔を黄瞳おうとうに映したモルストは目を点にして言葉を失った。こひゅという僅かな音から、呼吸することを忘れている。


 彼は今は隠居の身とは言え元王族。かつ『魔法売り』という魔法が使えないドワーフ族にとって非常に助かる店を構えているオーナーでもあり頭が上がらない存在なのだ。


 そして『魔法売り』にて売られる魔法は生活の必需品とも言われているもの。集落や通路などで使われている光源も『魔法売り』が提供したものだ。万が一魔王の存在を知られてしまえばそれらの提供がなくなる。そんな考えがありモルストは呼吸をわすれるほど次の言葉すら思いつかない様子だった。


 考えていることを見透かし、言葉を失ったまま黄瞳おうとうを泳がせる彼の姿にがっくりと首を折ると低く凛とした声で訊いた。


「まあ知り合いだろうが知ったことじゃあないが……モルストは今の騒動が落ち着くまでこいつらを匿おうとしていたんだろう? だがこいつならともかく、その気絶している奴はどうするつもりだったんだ? あと息をしな。止まってる」


 その言葉にはっと我に返り、息をしろと訴えかけるように激しく脈動していた心臓を落ち着かせるため小刻みに呼吸を繰り返す。


 余計に汗が滲み、動悸がある程度落ち着いたところでシールの問に目を泳がせながら答えた。


「そ、そいつのことは……」


「何も考えていなかったんだな。全く……集落に入った時からこいつの正体は気づいていたし、気づいたからってどうこうするつもりはない。そもそも私は好きで『魔法売り』を営んで、集落に提供している。ここに隠居できるだけありがたいんだ。だからそこまで考えすぎるな」


 腰に手を当てて嘆息を吐いたシールは先ほど炭鉱通路にてモルストがやったように親指で背中を指し澄みわたった碧色の瞳でシャネアを見つめると、こう言った。


「シャネア。とりあえず騒動が収まるまでここに泊まっていくといい。屋根裏なら空いているし、私の結界で魔力の認識も阻害できる。先にモルストも言っただろうけど、この騒動だ。大炭鉱先のオルゼス港に行くつもりだったんだろうがどうせ暫くは通れないんだからな」


「わかったそうする。ありがとシルル」


 シールの提案をありがたく受け取り、早速三角家の屋根裏へとグリフェノルを運ぶ。


 その間にモルストはふと疑問に残ったものをシールにぶつける。


「……シ、シールさんのことは、シルルって呼ぶんだな……あいつ」


「一度だけ私の従者を契約した持って行った時に無礼すぎるとぶん殴ったからそのせいだろう。まあ全く変わっていないみたいで溜息しか出ないが……他人ひとの名前くらいちゃんと覚えるべきだ。そうだろうモルスト」


「全くだ……」


 2人の息の合う意見が軽い笑いを連れてくる。それだけシャネアの言動に困惑しているのだ。とはいえ笑い話にできるだけまだいいとも思える。本当に困っているのならば笑い話にもならず、モルストはシールのように正しているだろう。


 そうこうしている内にシャネアが屋根裏から戻ってきた。


 どことなく達成感を得て満足しているのか、少しだけ口元が緩んでいるように見える。


 その表情になったのはゴタゴタして漸く安心し落ち着けたからではない。肩の荷(物理)が下ろせたからだ。もはや少女の中では魔王はペットであり荷物と認識している。


「ん。ほっぽり出してきた」


「全くこいつは……いくら何でも契約しているからって魔王を荷物扱いか……」


「ペットだし」


「いやペットでもほっぽり出すって……とやかく言ったところで過ぎた話か……【反転・魔断膜リバース・プロテクションマジック】」


 魔王荷物を放り投げてきた少女に、頭を抱え唖然とするシールだったが、何を言っても殆ど無駄だということは前から知っている。そのためか考えることを放棄して家の壁を手で触れて魔法を行使。屋根裏付近を不可視不感知の結界幕で覆った。


 その結界はシルルセスタを覆っているものと同じものだが作りが少し違う。屋根裏に展開した結界は部屋の中を結界外とみなし、シャネアたちがいる外は結界の内側とみなす通常の結界を反転したもの。そのため魔王は部屋の中に完全に閉じ込められたと言えるだろう。


 魔法を誤ったわけではなく、あえてそうした。結界は内から外はなんでも通すが、外から内は指定されたもの以外何も通さない性質を必ず持っているからだ。


 そのためか結界を張る前はうっすらと感じ取れていた魔王の魔力が、結界が展開されると同時に完全に感じなくなっていた。


 これで一安心だとシールとモルストは安堵の息を吐いて、シールはシャネアの方へと振り向く。


 恐ろしいくらいに口角を上げて企みを働いている嫌な笑み。見ているだけで背筋が凍りそうな顔。


 胸中がざわつき逃げるように足を動かしたシャネアだったが、それすらお見通しで腕を捕まれる。その後腕を掴む手は離れないが、代わりにが話された。


「とりあえず、結界代の金貨2枚、匿い宿泊費の金貨5枚。合計金貨7枚だ」


「え、お金取るの……?」


「誰もタダで使っていいとは言っていないし、タダで結界を張るとは言ってないんだ。だがそうだな、そこまで言うなら結界代金貨3枚、匿い宿泊費金貨7枚の合計金貨10枚にしよう」


「……横暴」


「ふん。なんとでも言え。勝手に勘違いしたシャネアが悪い」


「……もしも払わなかったら」


「払わなかった場合のことを考えるか。そうだな今のあいつは契約している影響で全盛期より力がないからな。そのまま結界で捻り潰そうか。さあどうする?」


「……うぅ……路銀が……」


 口車に乗せられてグリフェノルを屋根裏へと休ませたのがシャネアの運の尽きだった。涙を見せても、上目遣いでも、横暴だと喚いても頑なに料金の話を撤回するつもりは起きず、挙句には値上げさえ起こった。


 このまま駄々をこねれば料金が上がるだけ。そう悟った少女はじわりと熱くなった目頭からぽろぽろと涙を零し、ポケットから金貨10枚が入った小袋を手渡した。


 ちなみにシャネアは転生前の世界と今の世界で比べると、今の世界の方が金貨の価値が少しばかり重いものと言うのをよく知っている。


 銅貨銀貨金貨の順で金額が高くなり、シャネアの転生前で言うと金貨は10000円。異世界ここでの軽い買い物なら大抵何でも買える金額だ。故にその金額の硬貨を何枚ももぎ取られるのは懐が痛い。それでも背に腹は代えられないため懐を犠牲にした。


「金貨10枚丁度だね。じゃあ好きに使うといい。私はこれで遊んでくる。隠居の身には娯楽が必要不可欠でね」


「最低最悪の屑がやるような行動をやめてくれシールさん……」


 路銀を全て渡すほど魔王の存在は大事なのだと悟ったモルストは、黙って見ていたシールの行動に罪悪感を覚え、意外な儲けを得て喜色満面でその場を去ろうとするシールを止める。同犯ではないがバツの悪い顔を向け、騙すのは流石にとでも言いたげにちゃんとした清算を求めた。


 シールは突然足を止められることを予測していたため驚くことはなかったが、止められなければそのまま豪遊散歩へ向かっていた。それを止められたからかあれほどにこやかな表情を浮かべていた顔を崩し、ゆっくりと振り返りモルストの曇った黄の瞳を見つめる。言葉にこそ起こさなかったが「でも、あのバカ勇者にやり返さないと気が済まないだろう?」とアイコンタクトを送る。


 だが聞いたところでシールが予測している答えは変わらない。沈黙が続いたのち銀髪頭をぽりぽりとひっかくと溜息1つ零し表情がすまし顔へと戻る。その後ふっと鼻で笑うと奪うようにして騙し取った金貨10枚が入った小袋をシャネアへと放り投げた。


 その後口角を上げたかと思えばくるりと背を向けて。


「シャネアはいい友を持っているな。モルストに免じてひとつ貸しだ。あと少しの間出かけるから留守番よろしく」


「わかった」


「あとモルストは来い」


「なんでオレ!?」


 いたずらな顔を浮かべ、突然の指名に驚きを隠せていないモルストを、半ば強制的に連れたシールは手をひらひらと振って集落の中心部へと歩いて行った。

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