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9/シャネアの身に宿る呪い

「シャネア、ちょっと頼みたいことがあるんだが」


「店の手伝いなら任せて」


「お前に任せたら店が爆発するからやめておく。まあとりあえずついてきてくれ」


 通路崩落事故から2日。着々と復旧作業がドワーフの手で行われている。


 そんな中、復旧が終わるまで店の手伝いを任されたシャネアだったが、初日で店を爆発させて以来、今の今まで部屋でくつろいでいた。グリフェノルもまた部屋の中にいるが、あまりにも暇すぎて目を開けて放心している様子だ。


 人形のようになった彼を突くくらいしか暇を潰すことしかできず、シャネアもまた退屈な時間を過ごしていたのだがそこにシールが顔を出し、突然シャネアを指名しては部屋から連れ出した。


「それでシルル。私に何の用?」


 外へと出たシャネアは、どこかへと歩き始めたシールの背中を追いつつ、結局のところなぜ自身を連れだしたのか、その理由を改めて尋ねる。


 質問に理由を述べていないことを思い出すと、綺麗な銀髪が流れる頭を掻いて自分の職のことを今一度詳しく話し始める。


「ああ……そういえば連れ出すだけ連れ出してちゃんと言ってなかったな。私の仕事が魔法を物に込めて売ることなのは知っているだろう? ここでは石に魔法を込めているが、紙とか道具にも込めることもある。そしてそれらを売って食ってるわけだが……」


 そこまで言ってシールの歩みが止まり、ポケットから炭を右手に取り出した。すぐに拳を丸めると、小さく砕ける音が鳴り再び拳を広げてみれば、炭は粉となりてのひらに収まっていた。


「御覧の通り、お前が爆発させて大炭鉱ここで売る分の物が全部炭になった。家自体は結界で包んでいたからなんとかなったけど、媒体がこれじゃあ商売ができない。さて、ここで問題だ。私がお前に頼みたいことってのは一体何だと思う?」


「……材料調達」


「そういうことだ。それも採掘だから体を動かす」


 一夜にして商売道具全てを炭に変えられたことに、怒りを通り越して呆れ顔でシャネアを追い詰める。


 シャネアは自分がやりたいことを行うマイペースな性格。だからこそ、働いたら負けだという思考を持ち合わせており、それは勿論商売歴の長いシールには筒抜けだった。


 故に悪戯な顔であとから連れ出した理由を述べたのは、忘れていたのではなく意図的によるもの。


 しかし、何とか忘れていたと思わせ外に連れ出せたが、重労働のことを話せばシャネアの身体は止まることしかできなくなる。


「解せぬ。店ならともかく採掘は解せぬ。人類は働いたら負けなのに……体を動かさないならいいけど、肉体労働断固拒否」


 せめて楽な店番ならともかく、重労働となれば別。今まで見せてこなかったツンとした表情――乏しい表情筋を動かしているため、ほぼ変化は見受けられないが――を浮かべ、重労働をすることを拒むシャネアは踵を返して帰ろうとする。


 もちろんそれをシールは許すことなく。


「楽したいだけだろ。まぁ私はいいんだぞシャネアが手伝ってくれなくても。その代わり大炭鉱から出られないようにして死ぬまで働いてもらうことになるが」


 呆れた眼差しを向け、シャネアの本心を暴いた後、再び悪戯な顔を浮かべては彼女の嫌なことをつらつらと並べる。


 だがシールには彼女をこの炭鉱に留める権限は無い。旅で数日間滞在ならともかく、ずっととなれば住居や申請など様々な問題が出てくるからだ。


 とはいえ、今後も労働を強制させるという脅しをふっかければ、自ずと気持ちは変わるのではと思い試したのだ。


 すると、やる気に満ちた声色で「どこに行ってどれだけ取ればいい?」と詳細を尋ねる。働いたら負けだという気持ちはまだあるのだが、彼女には、はじまりの町に行き、流行り病を終わらせること。そして元の世界に帰るという目標、目的がある。そのためならば多少の労働も構わないと考えているのだ。


 実際、先日も魔王を監禁されそうになった際、シールから苦渋の決断を強いられ承諾したほど。それだけ自身が決めた目標を大事にしているのだ。


 しかしその目標のことをシールは詳しく知らない。呆れて頭を下げシャネアの態度の変わりように疑問を抱く。


「本当に自分のやりたいこととかに支障でそうだと感じたら直ぐに手のひら返すよな」


「目標は大事だから」


「まあ大事だが……そういえば、お前の目標ってなんなんだ? 初めて会ったときは魔王あいつを仲間にするってのは聞いたものの、なんで仲間にするのか全く知らないんだが。魔王を仲間にしてなにか目的があるのか?」


 魔王と契約する前にもシールとシャネアはあったことがある。その際に、シャネアは魔王を契約仲間にすることをシールに話していた。だが話したのはそれだけで、詳しくは伝えていない。それでもシールが従えていたダークエレメンタルとの契約を快諾してくれていた。


 その借りもあり、シールの問いに歩きながら答える。


「はじまりの町で流行り病に終止符を打つのにぐりりの力が必要。それと元の世界に帰るために必要」


「流行り病?」


「瘴気病。ゆっくりと魔物になっていく病。それもただの病じゃなくて感染するし一度感染したら治らない。でも瘴気を操れるなら別だから、ぐりもと契約したかったの。それに……あの町には私をこの世界に転生させた自称神さまもいて、その人の病も治さないと私は帰られないから」


「なるほどな……って、自称神……?」


「『私は神だ。貴女で10人目……この世界を救うことに協力してグボァッ!』って血を吹き出しながら言ってたから多分神」


「最後! 変な悲鳴入ってたし、血を吹き出す神がいてたまるか! シャネア、嘘はついてないんだよな!?」


「もちもちのろん。嘘はつかない。あと騙されてもいない。試しに脅したら、自称神が吐きながら、私の体と固有魔法に呪い的なデメリットつけてきたし」


「神にしては貧弱すぎるだろ! もっとこう、威厳みたいなのなかったのか!? 吐きながらデメリットを吹っ掛ける神なんて聞いたことないぞ!?」


 乏しい表情を使い、渾身の演技でシャネアが転生してきたときのことを話した。神といえば、人目に絶対つかない場所にいるもの。そして人々に知恵や力を授けるものとして崇拝されているものだ。だからこそシャネアの言うはじまりの町にいる神というのは、いささかおかしいものでもある。事実今でも勝手に神と名乗る人物がおり、人々から金を騙し取る、いわゆる詐欺があるのだから、シャネアが騙されているという仮説を考えることができる。


 それに彼女の説明が中々信じがたいことばかりで、なおさら騙されているのではと疑うしかない。一度、肺にいっぱいの空気を取り込みゆっくりと吐き出して、興奮で激しく脈を打っている心臓と、高ぶった気持ちを落ち着かせて、もう一度尋ねた。


「……本当に嘘はついてないんだよな? 傍から聞いてれば騙されているとしか思えないんだが」


「こう見えて騙そうとしてる人はわかるし、偽物ならデメリットの説明がつかない」


「デメリット……もしその話が本当ならデメリットってなんなんだ?」


「【契約の鎖コントラクトチェーン】の解除方法追加と、固有魔法以外の魔法を封じること」


 神は血を吐いたり嘔吐することもない威厳のある存在。シャネアから話を聞けば聞くほど、威厳とは程遠い貧弱な神の姿が、頭の中で像を結んだ。


 流石にダークエルフという長寿の種族であるシールは、神にあったことはなく、信仰教徒の話からでしか神の姿を想像できなかったが、どれもこれも威厳のあるものばかり。故に疑うしかない。しかしシャネアが魔法を使えないのは、神の業という以外説明できない。


 そもそも魔法は誰もが使える力。生物が持つ魔力をその人の想像力で形にし、行使できる。無論想像できるからとて、誰もが難しい魔法を使えるというわけではないが、初級魔法であれば子供ですら扱える。それは転生者も同じこと。つまりシャネアは魔法を使えるはずなのだ。それが使えないのはシールも確認している。


 このことから嘘を吐いているとは思えず、となればシャネアが言うそれは本当に神であると信じるほかない。


「……もしかしてだが、お前がちゃんと他人の名前を言わないのと関係してるのか?」


「バレてしまっては仕方ない。しんでもらおう。ひっさつ勇者のしゅとう」


「ふざけてる余裕があるなら私のことは殺せないな。でも、それで名前がちゃんと言えないってわけか」


 シャネアの身を蝕んでいる神からの呪いデメリット。詳細を聞き、もしやと尋ねてみれば緩い口調で言うと手刀を繰り出してくる。だが殺意がないのは目に見えており、それが図星によりふざけているものだと見破り腰あたりに向けて軽く繰り出された手刀を受け止める。


 シールにとっては初見そのもの。にもかかわらずそれを見ずに受け止めたものだからシャネアの頬が風船のように膨れていた。しかし手を引っ込めるとすぐにそれは無くなり、いつも通り澄ました顔で感情の籠っていない声色に乗せて、シールの言葉に対する返答を発した。


「うん。ちゃんと言うと契約が解除される。だから適当に言ってるの。でも一人だけそれだとどうしても違和感覚えられちゃうから、他の人も敢えてちゃんと言わない。ちなみに本名じゃなくて名前だけでもいい」


「そういうことか……それで毎回適当に言ってるってわけか。バレたら言わせに来るかもしれないしな」


「そゆこと」


 シャネアが名前を間違える理由をちゃんと知り、グリフェノルだけでなく他人も敢えて適当な名前で呼んでいるのが、魔王にばれないようにするためだと言い当てたシール。嘆息ついてなんで早く言わないんだと言わんばかりに肩を下げる。


「そういうのは先に言っておけ。こちとら初めて会った時からそれだから名前も覚えられない子供かと思ってた」


「こう見えて成人済み、どや」


「どやるところではないだろ……っと、着いたぞ」


 シールの中にあるシャネアの第一印象が酷いものであることを言うと、自信満々に返答するシャネア。その態度に呆れるほど何度見てもその背丈から成人とは思えず、また子供っぽく話すため大人には見えない。


 そうしてシャネアのことを知りながら歩くこと数分。気づけば大炭鉱から延びる炭鉱道の前にたどり着いていた。

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