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10/氷路炭鉱

「相変わらず氷路炭鉱は寒くて仕方ないな……いつもならファイアエレメントに頼んで【断寒クールシャット】をかけてもらうんだが……」


「かけてもらえばいいと思うけど」


「その肝心のファイアエレメントは今、ドワーフの鍛治職人の手伝い中でいないんだよ……ぅぅ、寒……これじゃあ流石に奥までは行けないか……」


 大炭鉱から伸びる主通路を歩き案内された場所は、主通路と違って明かりがないため暗く、人が横に2人並んで通るだけで通路が埋まるほど狭い炭鉱道だった。その中に入ると吸い込まれそうな漆黒に包まれ、冷たい風が肌を刺す。


 身体を震わせるほど寒い空気。その炭鉱道に入るだけで肌を刺す寒さを感じ、改めて大炭鉱が居心地のよい気温であることを実感する。


 炭鉱道が冷えているのは、冷気を発する氷石が主に生成される炭鉱だからだ。そのため別名、氷路炭鉱と呼ばれている。


 奥に行けば行くほど空気が冷たくなっており、氷路炭鉱の内部の1部は非常時食料保管倉庫として機能している。現に大炭鉱から外への通路が塞がれている今は、ここに保存しているものを取り出し、立ち往生している冒険者たちに配られている。


 そして倉庫を過ぎた奥こそ、彼女たちの目的地。そこは氷石に紛れた上質な石が手に入るのだ。


 ここまでなら、別に適当な石でもいいと思われるものだが、目的とする上質な石は、氷石により僅かに秘める魔力を吸い取られている。言うなればすっかり乾いた布にたくさんの水を含めさらせる状態。そのため魔法を込めやすいらしいのだ。


 しかし、その奥の寒さは異常なもの。持ってきたカンテラで照らしながら進んでいるとはいえ、未だ入り口付近。既に口から出る息は白く、寒さのあまり鼻水が垂れる。


 久々とはいえ肌身を指す寒さは、体温が通常のエルフよりも高いダークエルフの身には辛いもので、既にシールの体が震えている様子。彼女が発する言葉は僅かながら震えており、両腕で自身の体を抱いてる。


 対してシャネアは、口から真っさらな吐息が出てはいるが、寒がっている様子は無い。むしろこの後のことを考えており、氷路炭鉱の奥へと指をさして、寒そうにしているシールに尋ねた。


「シルル。この先の石採ってくればいいの?」


「そうだが……お前、寒くないのか? 私は寒くて仕方ないし、ここら辺の石で妥協しようかと思ってたんだが……」


「あっつあつドリンク飲んだから、極寒の耐性がある。多分私なら行ける」 


「あっつあつドリンク……? いつの間に? そんなものがあるなら寄越してくれよ……」


「そんなものは無い。まんまと騙されたな、ふはは」


 寒くない理由を述べたシャネアだったが、それは紛うことなき嘘である。暖かい飲み物を飲むだけで寒さに耐性を得る飲料などこの世には存在せず、シャネアの中ではゲームの世界だけの産物だと考えている。


「はぁ……嘘を平然とつくな……というかお前を置いて帰るぞこの野郎」


「野郎は男に向ける言葉だよワトソン君。女性ならこのママぁ! って言うんだよ」


「ワトソン誰だよ、ていうか信じるかよこのアマが」


 寒さが肌を刺し心に余裕が無いシール。シャネアの突然の冗談と煽りに溜息を吐いて、周囲の空気の如く冷たくあしらう。


 けれどシャネアは動じることなく、ただ『アマ』という言葉を知っていた事実に悲しんでいた。


「なんだ、アマって知ってたのか無念……それよりも私が寒くないのは、本当は魔王の力で、暖かくしてるだけ」


「魔王の力を使えるのか……でもそんな力があいつに……? だがお前独りでは行かせられないな」


「魔力感じない石でしょ大丈夫。力の詳しいことは今はいいから、待ってて。すぐ採ってくる」


「あ、おい待て! 独りじゃ危――」


 寒さを諸共しないシャネアは、簡潔に寒くない本当の理由を伝えた後、シールの言葉に耳を傾けず軽快に奥へと進んでいく。それも手ぶらで。


 シールが持つカンテラの明かりが無ければ視界は塞がれ、たどり着いたとしてもどの石かわからず、最悪の場合氷石を素手で掴む恐れがある。


 そうなれば最悪、手が使い物にならなくなる。


 シールはシャネアの足を止めようとしたが、肝心のところで声が出ず、ならばと追いかけようとしても足は動かなかった。


 寒さのあまり、身体を動かすことが出来なかったのだ。


 このままでは危険だ。そう訴えても動かない。この先に進めば間違いなくシール自身が戻って来れなくなると、無意識に防衛本能が働いている。


「こんな時に……ファイアエレメントがいれば……」


 後悔してももう遅く、彼女はただ無事に帰ってくることを祈る他なかった。




 一度入り口へと戻ったシール。やはりファイアエレメントを連れ戻して、迎えに行くべきかと考えていると、両手に沢山の石を抱えたシャネアがシールの元に戻ってきた。その手は真っ赤に染まっており僅かだが震えているようにも見える。幸い赤く見えるのは血ではなく、寒さによる霜焼け。それも応急処置を施せば大事には至らない程度。だからとて安心はできない症状のため、すぐに氷路炭鉱から連れ出し大炭鉱へと戻った。


「シャネアお前な……頼むから無茶はしないでくれ」


「でも私の責任でもある。シルルは困ってるし、やると決めたらこのくらい我慢しなきゃだから」


 大炭鉱に充満する暖かな空気は、鍛治職人ドワーフ達が扱う幾つもの工房からの熱気。その暖かさゆえか身に襲いかかった寒さは消え失せていた。


 シャネアの手の震えも収まっていたが、石を抱えている腕は未だほのかに赤く染まっていた。石自体が冷えきっており、多少の熱では帯びた冷気は消えないのだ。


 すぐさまそれらを取り上げるようにして、収納空間へと放り込むと、自慢げに呑気な顔を浮かべ我慢すれば余裕と言い退けるシャネアに、平手を食らわせる。


「責任……? 我慢……? だからって自分の身を滅ぼす馬鹿がいるかっ! 確かに責めたり、対策してくることを忘れてた私も私だが、誰も身を滅ぼしてまで手伝えとは言ってない! 命は絶えれば無くなるのと同じで、身体も無くなれば何もできなくなるんだ、命と違って工夫をすれば四肢の替えはあるかもしれないけど、自分の身体が確かに無くなるのは辛いことなんだぞ!」


「そこまで怒らなくても」


「いいや、怒る。お前は少し自分の身を大切にしなさすぎだ! 自分の責任だの、自分がやらなきゃいけないだのと理由つけて、必死になって、それで身を滅ぼしたら本末転倒だろうが!」


「……なんか、ごめん」


 熱くなり叱咤するシール。その身に秘めた想いは、彼女を心配する気持ちでいっぱいだった。


 シールは過去に仲間を失っている。その原因は責任感によるものだった。


 かつてはシールも仲のいい二人の人間の仲間とともに世界を冒険していた身。主な活動と言えば魔王討伐ではなく魔物や魔族の討伐だった。


 外に蔓延る魔族をたおす毎日。そんなある時、敵のことを一段と警戒していたはずの仲間が珍しくも油断してしまい、もう一人の仲間が魔族に攫われてしまった。


 無論直ぐに助けに向かったが、魔族の元へとたどり着いた時には、連れ攫われた仲間が力無く倒れており、身体の痣や血が全てを物語っていた。


 以来、残った仲間は自分の責任だと、油断したからだと、自分を責め始め、遂にはたった一人で魔王討伐へと向かった。


 その後、1人では無力なシールは何日も何年も待ったが、仲間は帰ってくることは無かった。


 エルフの寿命は長く、人の寿命は短い。帰ってこなかった時点で仲間を失ったと悟ったシールは、1人で寂しく仲間の死を弔い、今後1人でも多く魔族から護れるようにと、シルルセスタ国を建国した。


 故に、冗談こそ言うが、他人の生命ですら大切に想うため無茶をしたシャネアに、悲しみに溢れる顔で怒りをぶつけたのだ。


「……わかればいい。だが本当に責任を負って無茶だけはするな。私の仲間でそうやって死んだ奴がいるからな。まぁそれがきっかけで国を作ることになるとは今でも不思議に思うけどな」


 しおらしくなったシャネアを見て、落ち着きを取り戻したシール。軽く息を整えて、過去のことと国を作った経緯を他人事のように簡潔に言うと、店へ向かって歩き始めた。


 彼女の隣に並ぶように歩きながら、シャネアは会話の輪を広げるように返事を返す。


「それであの国ができたんだ」


「そういうことだ。まぁ勢いって怖いぞ、うん」


「まさかの勢い建国。でもシルルはその国から抜け出して今ここにいるよね、なんで?」


「あー……普通にクーデター起きて、逃げてきたんだ」


「なるほど、シルルはクーデターに負けるくらいの、ざぁこざぁこと」


「やっぱりお前凍ってこい今すぐに」


 まさか自分が作った国の民からクーデターを起こされ、逃げてきたなど建国者にとっては恥ずかしい話。だが隠すようなことでもなく、隠したとていずれバレるという観点から、目を泳がせて事実を述べる。


 刹那、無表情で棒読み感必死な煽り文句が横から聞こえてくる。ピタリと足を止め、心配した心を返せと言わんばかりに、先程とは違う怒りを乗せた笑みを浮かべる。


 同時に殺気も放たれ、危機感を覚えたシャネアは額に脂汗を浮かべながら、猛ダッシュで駆けた。

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