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12/クルエス

 大炭鉱を出たシャネア。魔王とダークエルフを連れて始まりの町へと歩みを進めていたが、旅をする上での物資や食料が少なくなってきたのを確認して、寄り道をしていた。


「クルエスか……久々に来たな」


「シルル知ってるの?」


「一応元女帝だからな。周辺の集落や町村は大体知っている。それに、女帝時代に一度来た事があるんだ。あの時は確か仕事に疲れてお忍びで数日程いたんだが結局復興だなんだと手伝ったんだ。思い返せば懐かしいものだな……まあたった200年前の話だけどな」


 彼女たちがいるのは平原に囲まれた平和の町クルエス。近くにシルルセスタ国があるためか魔族がらみの事件は滅多に起きずほのぼのとゆったりした時間が流れている。


 ここも過去に魔王が攻撃した場所だが、語り継がれていたとしても、もはや誰も警戒すらしていない。町中を歩く人々の呑気で楽しそうな顔を見れば、なおさら昔のことを気にしていないのが分かる。


「にしてもえらい賑わいやな。こういうの壊したくなるわ」


「そんなことしたらもれなく屠るけどな」


「冗談やて! いまの我そんなことすると思う!?」


「「思う」」


「声揃えて言うなや! てかシャネアはしないって言う方やんけ! 我に味方なんておらんかったん!?」


「「いない」」


「だからハモるなや! なんなん!? お前ら双子かなにかなん!? ハティとスコル並に繋がった何かでもあるん!?」


「ハティとスコル……?」


「例えが伝わらんかったー! いやそれもそうか身内ネタやったわこれ」


 冗談半分で賑わっているこの街を破壊しようなどと言ったがために、シャネアとシールの手のひらで転がされる魔王。


 周りの賑やかさに乗じてか、いつもよりも大きな素振りでツッコミを入れている。しかし最後の最後で例えが伝わらず、悔しそうに頭を抱えて膝から崩れ落ちた。


「まぁ魔王のことは置いておいて、この時期だからエール祭りだろう。クルエスは酒が特産でな。エールの元を収穫した2日後から3日間、エールの質を確かめたり、今回の収穫お疲れ様などの意味を含めた祭りをするんだ。もちろん飲めない人や子供のことも考えてジュースを配ることもあるがな」


 流石元女帝と言うべきか。その知識を持ってして説明した通り、クルエスで開催されていたのはエール祭り。街ゆく人が皆、木材で作られたコップに飲み物を入れ飲んでいる。


 町中が酒臭いほど匂いがきついが、子供たちは何食わぬ顔でジュースを飲んでいるのが見える。


 また飲むのがメインの祭りではなく、それに合う物も売られていたり、商品用として残していたエールの元をエールにする工程を町の真ん中で行っている。


 シールが言っていたとおり、酒が特産品というのも納得できるほどエールに力を入れているのは間違いなかった。


 その様子を見てシールの言葉を聞いたシャネアは、軽く手をポンっと軽く叩いて。


「なるほど……川で泳ぐあいつの祭りか」


「いやそれ、鮭やろ!」


「じゃあ川で泳ぐ魔王の祭り」


「なんで我の祭りになるんや!? てか川から離れーや!」


「じゃあ川で泳ぐ川の祭り」


「余計意味わからんことになってるんやけど!? 何川で泳ぐ川って! 川は既に流れとるから泳ぐことすらできんやろ! じゃなくて川から離れてもろて! というか酒やろ!? 酒と鮭なら分かるけどなんで川だけになってるん!? 普通逆やろ!」


 息を切らすほどに激しいツッコミを入れ、目は殺気に満ち溢れている。それは町を壊す想いではなくシャネアとシールに対してだった。


 確かに敵同士ではあるが、シャネアの契約により強制的に仲間として行動し悪さなど働くことはできないのだ。つまるところちゃんとした仲間なのにここまで信用されていないことに苛立ちを覚えているのである。


「うるさいグスタフ」


「だから我はグリフェむぐっ!」


「シャネアそこまでだ。変な注目を浴びてる。この状況でこいつの名が知られたらまずいだろ」


 いつもよりも派手やかに掛け合いが行われているためか、お祭り騒ぎの町の民が彼女達をじっと見ていた。


 1部は何しているんだと。1部は争い沙汰かと。色んな目が、言葉が、彼女達を舐め回すように静かに飛び交っている。


 それにいち早く気づいていたのはシール。魔王の名を知られては不味いことを、理解すらしていないまま会話がヒートアップする魔王の口を手で抑える。


 まさか今までもこうだったのかと考えると、少しゾッとするシール。しかしよく考えてみればまだ魔王城からはそこまで離れていないことに気づき、1人で安堵していた。


 とはいえ、このまま2人を放置していては、いずれ誰かに刺されかねない。着いてきてよかったと思いながら、彼女は静かに釘を刺す。


「いいか、シャネア。こいつの名はどこに行っても知られると不味い。いつもの漫才みたいなのも気をつけろ」


「フェルトの名前は絶対言わないから安心して」


「そうだった……シャネアはこういうやつだった……とはいえ気をつけることに超したことはないからな。この先旅を続けるなら尚更な」


「ぶい」


 本当にわかっているのか不思議でしかなく、やれやれと、言うことを聞かず暴れ回る面倒な子供を見ている気分を抱えグリフェノルを離す。


「フハハハ! おい、ダークエルフ。我を離していいのか? 今の話しっっかーり聞いておったけど、まさか! この我が! そんな面白いことをしないなんて思ってないやろうなぁ! ってなんやその瓶、どっから出して――」


「――を封ずるは、一雫の依代」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛! ちょ! 封印だけは! いや、ほんとすんませんでしたぁぁぁぁ!」


 魔王の口から手を離した刹那、悪巧みを企てた真っ黒な笑みを浮かべてくる。


 先程は悪さしないなどと言っていたのだが、人の話を聞いて、面白そうだと感じてはこの有様。流石魔王と言うべきか、人々を恐怖に陥れるのがやはり面白いのだ。


 シャネアがいるのだから、シールが手を出さなくともなんとかなる。しかし眼の前で悪さを働こうとするのは流石に放っておけず、異空間から取りだした小さな瓶を押し当て、空間をねじ曲げることにより瓶の中へと封印しようと試みる。


 未だ少女の姿ゆえ、魔王は非力。封印呪文を唱え、瓶の中に吸い込まれるような感覚を覚えるまで、それが封印であることに気づかない。


 しかし、早めに封印だと気づいたためか、悪巧みしていたのを涙目で謝罪し、封印されないように吸引されている方向の反対へと速く足を繰り出していた。無論吸引の方が強く、シールから全く離れられていないが。


「わかればいい。っと、やばいな……今の騒動でさらに人が……」


「ぜぇ……はぁ……だ、誰のせいやと……」


 泣き喚く謝罪により、グリフェノルは本当に解放される。だが、先程のツッコミも相まって、体力が既に限界を迎えていた。


 膝に手を置いて小さな身体で呼吸をする様子から、相当辛いのが見て取れる。本来の姿よりも小さいため、疲労が溜まるのが早いのだ。もっとも自業自得といえばその通りにすぎないが、不憫極まりないものだ。


 だが易々と休憩はできない。なにせシールと魔王のやり取りで、更に人が集まり注目を浴びているのだ。このままでは変に誤解を招き騒ぎを起こされる。そう感じ、その場からそそくさと離れる。


 しかし問題は問題を連れてくるもの。


 ある程度人混みから離れた場所まで来た後、真っ先に異変に気づいた魔王が言った。


「そういえば、さっきからシャネアの気配を感じないんやけど」


 あれやこれやとやり取りをしているうちに、シャネアだけ別行動していることに、今ようやく気づく2人。


 シールはもう疲れたと言わんばかりに頭を抱えて、旅の仲間になって早々に不満をぽろりとこぼす。


「……私、もう、シャネアと一緒に旅したくないって思っちゃってるんだが……」


「奇遇やな、我もや。いや、我の場合最初からやけどな!」


「あー……なんというか、心中お察しするよ……はぁ、探すぞアグナ」


 頭を掻き乱し、この町での混乱を避けるため魔王に新たな名を授け、来た道を引き返す。


「誰やねん! なんか強そうでマグマとかに居そうな名前やな! 特にモンスターとかにつきそうな名前やな!?」


「誰っていうか、何かとこっちの方が便利だろ。それとも何か、グリルチキンとか、グラサンとかの方がいいか? あとお前も一応モンスター側だろ」


 シャネアから出てこなかった新たな名に、小さな身で大きくツッコミを入れる魔王。しかし名前の理由を聞いた刹那すぐに納得していた。


 納得してからはアグナという名を気に入り、グリルチキンやグラサンというヘンテコな名を足蹴にする魔王。


 やる気に満ち溢れた顔を浮かべ、颯爽と来た道を走っていった。

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