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13/魔王の右腕

 グリフェノル達がシャネアのことを探し始めた頃。シャネアはある家の中に幽閉されていた。


 グリフェノルが封印されそうになっている所までは、シャネアもシール達と共にいた。だが一瞬にして腕を攫われ、大地駆ける疾風の如く閉じ込められたのだ。


 手を引っ張られいただけなのだから、当然助けを呼ぶことも出来た。しかしそうしなかったのは彼女は自身を攫ったそれの正体を知っていたからだ。


 光が刺さない真っ暗な家の中。コツコツと足音だけが響き、直ぐにぼうっと蝋燭に火が灯った。


 淡く暖かい灯りに現れたのは人の顔。その人は桜が降り注いだかのような淡い桃色の髪色持っていた。その髪は後ろでまとめられているが、アクセントでしかなく、少しだけまとめて他は肩より下まで垂れ下がっている。そして何より印象深いのは、右側頭部に渦を巻くように生えた黒い角。飾りには見えないそれが、魔族だというのを物語っている。


「お久しぶりです。シャネア」


 木製の机に蝋燭を置き、シャネアへと言葉を発した。高くもなく低くもなく、中性的な声色。魔族にしては礼儀正しく思える口調。光が体を照らしたが、シャネアよりも背が高いことと体つきがか細い以外の特徴はあまりなく、男か女かの区別は全くつかない。


 そんな魔族が椅子へと座り、立ち話もと言ってシャネアを向かいに座らせた。


「私のことを覚えていますか?」魔族が言う。蝋燭の火が再び魔族の顔を照らしており、漆黒に包まれた瞳がシャネアを突き刺していた。


 その容姿も声も、目も見覚え聞き覚えしかなく、シャネアの中で浮かんでいた正体は確信へと変わり、冷や汗を浮かばせながら魔族の名を口に出す。


「……ボンソワル」


「ノエルです。相変わらず名前知ってるくせに間違えてくるのタチ悪いですね。まぁいいです」


 目を閉じ呆れる魔族、ノエル。その言葉からノエル自身もシャネアの洗礼を受けたと理解できるのだが、彼女達は指で数える程度しか会っていない。それも魔王と契約する前日と当日。両日ともノエルは敗北の黒星を上げてしまっている。


 しかしこうしてノエルがシャネアの前に現れられるのは、ノエルがアンデッド系魔族、即ち不死だからだ。


 そのため何度やられようとも、どれだけ切り刻まれようとも、1日から2日で元に戻る。そのタフさが故に魔王の右手となり、シャネアの前に立ちはだかってきた。そして今回は自身の失態により攫われた魔王を取り戻すべく、彼女を攫ったのだ。


「さて、シャネア。あの犬……いえ、魔王様を返して頂けませんか」


「やだ」


「キッパリ答えますね。まぁ想定内です……それでは力づくで貴女を倒すまでです」


「今まで、負けてるのに」


「それはそれ、これはこれです。それにこの暗さなら私の方が優せ――」


 案の定断られがたりと音を立てて立ち上がるノエル。闇の中から剣を取り出し彼女に突きつける。


 闇を灯す瞳の鋭さが増す。魔族故の瘴気を帯びた魔力が放たれ、空気がピリピリし始める。


 今までの戦果を棚に上げ、彼女の首を落とさんとばかりに剣を左に振りかぶり、獲物を刈り取るかの如く殺意が篭る眼光を飛ばした刹那、小さな悲鳴とともにノエルのこうべが垂れた。


「ひっさつ、勇者ちょっぷ」


「ふ、不意打ちは卑怯極まりなうぐはっ!」


 蠟燭しか頼るものがなく、見逃していたとしか言いようがないくらいに一瞬でノエルの死角に回り込まれていた。それに気づいたのは脳天に手刀を受けた後。暗く仕方ないとも思えるが、唐突の不意打ちに文句を述べる。しかしその余韻すらなく次に衝撃を喰らったのは額だった。


「ひっさつ、勇者でこぴん」


「ま、待ってすとぐふぇ!」


「ひっさつ、勇者殴り」


「最後のだけ普通の暴力! 待ってくださいよぉ!?」


 額にでこぴんを受けた後、次に受けたのは腹部。手刀とでこぴんよりもタチの悪い拳が腹部に飛んできた。もはや容赦すらない一撃。それを受けてなお気を失わず――痛みはあり、目尻には涙を浮かばせているが――戦意を失い手を振れるのはアンデッド由来のタフが故だ。


「ほんっと……私こんななりですけど女性なんですよ? なのにこんな暴力行為を3回も……いや、今までの合わせたら6回? どうしてくれるんですぎゃふっ!」


 先ほどと打って変わり雰囲気が変わったことで、シャネアの攻勢が止まる。そのことにより、攻撃を喰らった腹部を摩りながら自身のことと、傷つけられた回数を述べる。刹那再び攻撃を喰らう。今度は最初と同じく脳天チョップ。一瞬こそ止まったがシャネアは止まることをあまり知らない。マイペースなのだからやりたいことをやるだけだ。


 それに先程から冷や汗をかいていたり、過剰なほど攻撃を繰り出していたのは、シャネア自身ノエルのことを嫌っているため。


 正確にはアンデッド系の魔物が大の苦手なのだ。慣れてしまえばいつも通りに過ごせるものの、苦手なものは苦手なのは変わらず、容赦すらしない。


「これで7回目ぇ……ぐう……」


「これで魔王を返したくないってわかった? あとお願いだから死んで」


「わ……わか……」


 目を細め涙を流すノエル。もう勘弁してと言いたげに、眉も下げ小さく唸っている。そして澄ました顔を浮かべるシャネアの問いに口を動かし、彼女の真意を理解する旨を――。


「わ、わからないから……もっとなぶってください……これを、楽しみにここまで来たんですっ! あの犬なんて本当はどうでもいいんです! 貴女に痛めつけられるのが癖になっちゃって……!」


「え、ぇぇ……」


 彼女の真意を理解している様子はあった。しかしノエルは自分の欲を満たすためにここまで追ってきたのだと、荒い息を吐きながら彼女の近くへじりじりと近づいていく。魔族とは思えないほど情けない顔で、彼女の猛攻を求め、挙句には魔王のことを探してきたわけじゃないと話す。


 本日2度目となる突然の豹変ぶりに、流石にシャネアは冷静になり距離を取っていた。それも苦手なアンデッドに迫られているため、今まで魔王にも、シールにですら見せたことのない嫌悪感溢れる引きつった顔を浮かべて。


「ああ……なんと、良い嫌悪感……それで見つめられるのもまた、ぞくぞくします……もっとその目で私を舐め回してください! してくれないなら、私……私!」


「あ、え、その……わ、わかったから……そ、外に出たらしてあげるから出して」


「シャネアがそういうのであれば……出口はこちらです」


 いつの間にか間合いを詰められ、荒く吐かれる息が顔を擽り、歪んだなにかをぶつけられている気分に陥るシャネア。マイペースが取り柄の彼女ですら危機を感じるこの状況から、どうにか脱出しなければと考えた結果、素直に逃げてみることを決意した。


 冷静に考えればシャネアの言葉は逃げるための口実だとわかるもの。出られない可能性もあり、最悪の場合身動きを封じられる心配もあったが、冷静さを失ったノエルは、素直にその言葉を受け取ったことに安心して、静かに息を吐いた。


 ノエルが指を鳴らすと、蝋燭一本で淡く照らされていた部屋に光が入る。外の光だ。窓が普通に壁にあるのにどうして今まで闇に包まれていたのか、疑問を抱くほど不思議な現象。魔法の一種であることは少し考えればわかることだが、今は考えることよりも真っ先に逃げることを選び、ノエルが案内した扉を半ば強引に開けて逃げた。


「あ、逃げないでくださいよ~!」


「ごめんだけど、付き合ってられない……!」


「そんなこと言わずにお願いしますよ~。というか責任取ってください。シャネア様のせい……なんですよ?」


 全速力で走り逃げるのだが、さも当たり前のように全速力のシャネアと並走するノエル。別にシャネアの足が遅いわけではない。むしろ転生してきた日から暫く、魔物から逃げるために鍛えられた脚力は強い方で、全速力となれば軽く走る馬になんとか追いつけるほどだ。


 それを余裕の表情で並走し、顔を火照らせ誤解を招くような言葉を吐き捨てていた。


 もはや手に負えない。初対面からのイメージが砕け散り、ヤバいのが付きまとってくる、どうしよう。と悩んでいると、聞きなじみのある声がわずかに聞こえる。魔王とシールがシャネアのことを探している声。その声を辿るようにしてシャネアは走り続けた。


 そして。


「シルル! ぐったらぽん助けて!」


「なんやねん、ぐったらぽんって! もはや言葉に意味すらないやろそれ! って……シャネア、おま、ノエルを連れてきよったんか!?」


 必死に声を辿ると、シャネアを探す2人がおり、すぐさまグリフェノルの背後に隠れるシャネア。


 少女化した魔王の小さな体の後ろで、今までにないほどがくぶると体を震わせて、怯えている様子にシールは酷く驚いた顔を浮かべていた。一方で、魔王はその変化には気づいていないが、シャネアとともに走ってきたノエルの存在に驚きを隠せていない。


 シャネアを追ってきたノエルは、突然の障壁に歩みを止めて魔王のことを見下ろす。


「……ああ、ちびすぎてわかりませんでしたが、この娘の気配……なるほど我が魔お……いえ、犬ではありませんか。お無事でなによりです」


「今我のこと2回侮辱しよった!? いや、ちびなのは……訳があるが、我のこと侮辱しよったよね今! それに魔王って言いかけて犬って言い直しよったよね今!?」


「さて、何のことでしょうかくず犬っころ」


「もっと酷くなった! ノエル、貴様、我の右腕やろ!」


「あー、そうでしたね。別に気にもしてませんでしたが」


「気にして!? 我のこと守る努力して!?」


「犬を守る……? ハハハ。何をおっしゃいますか。それは飼い主の仕事ですよ」


 魔王の言葉に、短く息を吐き乾いた笑いを発するノエル。この短いやり取りだけで、ノエルが魔王グリフェノルに対して良く思っていないことが伝わってくる。


「だから我は犬やなくて! 飼い主もおらんやろ! てかそれで言うならノエルがその立ち位置……なのはおかしいから、やっぱり飼い主はおらんわ!」


「なるほど。今はシャネア様が飼い主と」


「そうは言ってないやろ!? いや、あながち間違いじゃないし、的確に関係性みたいなん当ててくるのビビるけど、我服従したわけちゃう!! というかここまで来たなら助けて!?」


「それは無理な命令ですね。私は犬を連れ戻しに来たわけでもありませんし、第一犬野郎には少しも興味がありませんから。今興味があるのは、そこのシャネア様だけです。私を痛ぶってほしくて……」


「こいつマゾやった! 我の部下なのになんも知らんかったわ! じゃなくて! 貴様右腕としてちゃんと働け! そもそも様つけよって! 貴様はシャネアの配下やないやろ!」


「黙りやがれください泥棒犬。そして私のシャネア様を早く渡しやがれくださいクソ犬。さもなくば貴方というゴミのような犬を屠るために闇に堕とします。なんなら問答無用でこの町ごと」


「話せば話すほど我に対して暴言増えとらん!?」


 事実話せば話すほど、魔王への侮辱は増えている。更には町ごと魔王を殺すと宣言する始末。ノエルの頭の中にはシャネアのことしかなく、主として認めたシャネア以外何もいらないという思想なのだ。


 最も、主として認めたと言っても歪んだ欲情を一方的にぶつけているだけだが。


「気のせいですよミジンコ。さて、渡してくれないようですし準備を進めましょうか」




「我犬以下になった!? いやいやそんなことよりなノエル! シャネアは貴様のじゃないんやわ! どちらかというとシャネアはシャネアのものやわ! あと我、死んだらもれなくシャネアも死ぬんやわ!」


「そん……な……」


 漫才のようなやり取りが激しく繰り広げられ、魔王が最後に放った言葉で絶句し膝から崩れ落ちるノエル。


 町ごと闇に堕とし、生命を消し去ろうとしていたが、魔王が死ぬ事でシャネアも死ぬという事実絶望を前にやめるしか無かった。


 あと一歩のところで自分のものにならない悔しさで、ぽろぽろと涙を零し始めるノエル。だがやろうとしてたことや反乱したことなど、色々相まって誰もノエルのことを慰めることはない。


 とはいえ、激しい口論が終わり、ノエルが勝手に絶望したところで、つかの間の静寂が訪れる。


 その瞬間を見過ごさず、周囲の住民のどよめきが始まる。馬のように町中を走る人物が2人もいて、急に漫才が始まったのだから当然、傍観する野次馬が現れたのだ。


 先ほどよりも注目は多く逃げ道はない。ならばとこの状況を打破する声を発したのはシールだった。

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