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15/現実は理想を描かない

「ちっ、人間如きが俺の固有魔法を無効するとはな……まぁいい。俺の目的は魔王だ。別にアイツらの支配が途絶えたところで何も変わらない」


「随分と余裕そうだな……1度お前を封印したことがあるんだがなこっちは……」


 自身の固有魔法【支配ドミネーター】がシャネアに通用しなかったのは予想外。しかし絶望している様子は全くない。驚きこそしてはいるものの、まるで無効にされても何も問題ないと言いたげだ。


 シャネアを支配することをに諦めたエゼドは殺意をシールへと向ける。魔王の首さえ手に入れれば『新たな魔王』として君臨できる。全てを我がものにできる。世界を支配できる。その気持ちが心臓の鼓動殺意を昂らせていた。


 しかし魔王を殺すにしても立ち塞がる憎きダークエルフ、シルルセスタという存在が、行先全てに茨が敷き詰められていると感じるほどに邪魔でしかなく、まずはダークエルフを殺すしかないと考えている。


 そんなエゼドからひしひしと威圧感と瘴気を肌に感じるシール。明らかに初めてエゼドを封印した時よりも強く。昔と違い気を許せば、彼が放つ瘴気に飲み込まれてしまいそうだ。


 緊張から生唾を喉に通す。


 警戒する時間は短いのに、静寂の空間に漂う彼のオーラを身体で感じているのが原因か、時間の進みがゆっくりに感じて仕方ない。


 かと言ってこのまま攻めずにいれば、かえって体力を奪われてしまう。故に瘴気に飲み込まれないよう意識しつつ。一歩踏み出すシール。


 刹那、静寂の空間に一閃を引いたのはエゼドの声だった。


「クク……ハハハ! 弱者が一体いつまで警戒しているつもりだ? いや、所詮その程度だったというわけか?」


「はッ……粋がってられるのは今のうちだ」


「ならば俺に一撃でも与えてみろ。まあ無理だろうがな。だが俺も鬼ではない。攻撃を仕掛けてくるまで待ってやろう」


「クソ魔族が……その言葉後悔するなよ……魔のことわりは生を喰らいて御霊を表す。我が命と引き換えに、力を求む我が呼び掛けに応えよ【始祖たる精霊の加護エレメンタル・ルーツ・ブレス】」


 嘲笑うエゼドの言葉で込み上げた怒り。一度は白星を納めているからこそ、相手の煽りはシールにとって致命傷もの。


 今度は封印などせず、力でねじ伏せ二度と復活できないようにする覚悟を決めたシール。杖を大地に突き刺し、祈りを捧げるように手を合わせると、自らの命を代償にして始祖精霊を召喚ならびにその力を自分の身に宿す詠唱を口にする。


 本来始祖精霊は召喚こそできても、魔法に長けたエルフやダークエルフさえ、始祖精霊の手網は引けない。


 その暴れ馬を半ば強制的に自分の力にしてしまうのを可能にするのが、寿命を代償にすること。命を削ればその瞬間だけ短期的な契約を結んだこととなり、身に余るほどの魔力と力を貸してくれる。


 限界を超えた力を行使するのだから命を削るのはその身に宿した瞬間だけではなく、力を使うほどにも寿命は削られていく。そうでもしない限り今のエゼドとの戦いではシールに勝ち目はない。


 詠唱が終わるとともに、腰まで伸びた長生の証である銀髪が肩よりも少し長いくらいでばさりと短くなり、黄金の煌めきを瞳に宿した。


 固く結んだ手を離すと、突き刺した杖を手に取とるとエゼドに向けて突き出して。


「【虚無に帰す終焉の雷鳴ジャッジメント・エル・ライトニング】」


 杖の先に雷を帯びた特大の黄色い魔法陣が現れると、全てを白で包み込む光が発せられ同時に轟音が響く。文字通りの雷魔法だが、【始祖たる精霊の加護エレメンタル・ルーツ・ブレス】の効力により、遥かに威力が増していた。


 当然魔法は目視できない。それでも止まっている敵に当てられないほど彼女は落ちぶれてはなく、その一撃で決着をつける自身しかなかった。


 やがて光が収まり周囲の状況が確認できるようになった。鮮明に映り込む風景。一瞬にしてエゼドとの戦いは終わったかのように思えた。しかし、最終手段ですらある最後の手を使ったシールは、途端に絶望一色の顔色を浮かべていた。


 なにせ彼女の目線の先にはまるで何事もなかったかのように、エゼドが立っていたからだ。


 あれほどの衝撃があったにもかかわらず、大地にも変化は起きていない。まるでかのような。


 いや、実際。【始祖たる精霊の加護エレメンタル・ルーツ・ブレス】により失われた髪が元に戻っているのだから。


 「やれやれ……残念だ。その程度で俺を倒そうなんてな。さて次はこちらの番だ【暴風ノ刃ストームブレード】」


 酷く残念そうに嘆息を吐いたエゼドはゆっくりと巨腕を突き出し、手の指を鳴らした。魔法の詠唱を唱えているが固有魔法のように魔法陣は目視できない。ならばと魔力の気配を察知してみようと試みるが魔力や瘴気も感じることはなく、代わりに風の流れが僅かに肌を撫でた。


 刹那シールの左頬に切り傷が生まれ、静かな痛みと共に血が頬伝い滴り落ちる。


「っ……!」


「ちっ……掠っただけか。魔法陣展開なし、かつここまで離れていると中々当てにくいものだな」


「何を……した」


「どうってことの無い。ただの風魔法だが? どうした? 豆を喰らった鳥のような顔をして」


 じくりと頬を刺したのは痛み。


 頬を伝う赤い雫を手で拭うと僅かながら痛みが増したが、耐えられないほどのものでは無い。


 何が起きたのか疑いながら眉間に皺を作って睨みつけ、状況を理解するために説明を求めていた。


 親切にもエゼドからそれが魔法であることを聞けたが、それを言われるまで魔法であることを理解できずにいた。


 魔法だと知ったところで、まるで魔力の流れを感じないことには違和感しかない。そもそも魔族は人とは違う魔力構造をしているとはいえ、魔族が使う魔法の本質は人間もエルフも同じだ。


 魔法を使うことで消費した魔力は魔力痕跡として残り、放たれた魔法に追従する形で足跡を残す。魔族ならばそれが瘴気となるのだが、本来それらを感じ取れるはずだった。だがどういうことか、エゼドが放った【暴風ノ刃ストームブレイド】からは何も感じない。


 先程シャネアへ【支配ドミネーター】を使用していた際も、シールは魔力を感じていた。ならば今の魔法について考えられるのはひとつ。傷ついた原理は定かではないが、魔法を使っていないということだ。


「確かに私は【虚無に帰す終焉の雷鳴ジャッジメント・エル・ライトニング】を放ったのに、時間が戻った……それに今の攻撃は魔力を感じなかった……」


「ほう、時間の変動に気づくとはな。だが風魔法の仕組みまでは気づかないとは、


 口角を上げて余裕の表情をするエゼド。難しいと口では言っていたが風魔法の【暴風ノ刃ストームブレード】を外したのだと顔で語っていた。つまりは何時でも殺せると言われているようなもので、煽りによる怒りと、無駄に動けば死ぬという恐怖が汗となり彼女の背中を濡らす。


 1度封印した手前、最初こそ舐めていたが、エゼドの強さはシャネアに匹敵するほど。ここまで力量を見せつけられては、魔王でも勝てないのではないかと再び生唾を喉に通す。


 時間変動。エゼドが発したその言葉で、直前の魔法をなかったことにされたのは理解できた。しかし何度も時間変動をされれば当然勝ち目などない。なにか打開策でもあればと、魔王に声をかける。


「グリフェノル、あいつあんなに強かったか?」


「さてな。でもこれだけは言えるで」


 その言葉にぞくりと背筋が凍りついた。何かの視線を感じたからでも、殺気を感じたからでもない。左後ろから聞こえたグリフェノルの声に違和感を感じたのだ。それも下からではなくシールと同じ高さぐらいから。


 グリフェノルは、魔王であることを周囲に発覚され、混乱を巻き起こさないようにという、シャネアの計らいと命令により、シャネアとほぼ同じ小柄な女の子に【魔変化イリュージョン】している状態。


 それは大炭鉱に来た時から実施していたもので、解除される時は気絶した時か、シャネアが命令した時。勝手に姿を変えることはできるが、今の魔王はシャネアに逆らう事はない。そのことについてはドワーフの大炭鉱に数日滞在していたシャネア達を見ていたシールには充分に理解できていた。


 詳しい理由は流石に掴み取れていないが、仮にちゃんと主従関係が築かれているとすると、高身長のシールと同じ高さから声が聞こえるのは有り得ない話ではある。


 その嫌な予感から生まれた危険な直感を信じ、直ぐに身体を翻し、収納用の空間魔法から杖を取りだして警戒。


「はは……こりゃあ、やってくれたな……」


 突然、彼女は笑みを浮かべた。笑うしかないほどに、勝ち目がないと気づいたのだ。なにせ相手はエゼドだけではなく、魔王とノエル。つまり仲間として行動していたグリフェノルが寝返り、敵意を向けているのだから。


 魔を統べる王、そして魔王の右腕と左腕。その3人が揃ってしまった今。勝ち目などない。だからとて負ける訳にはいかず、そっちがその気ならばと、シャネアが駆けつけるまで耐え着る覚悟で、強く杖を握りしめた。


「時間操作といい、魔王といい……厄介なものばかりだな……纏めては流石にきついからな、分断させてもらうぞ……【絶対空間ディススペース】!」


 敵が三人になり焦りを見せるシール。先手を打たれる前にと杖の先を地面に叩きつけて固有魔法を発動。背景とほぼ同化しているがうっすらと膜状の壁が即座に生成されノエルとシールの二人が隔離された。


「へえ、魔法にしか興味のないバカダークエルフの噂は聞いてましたけど、たかが薄っぺらい膜で完全に分断できるなんてすごいですね。向こう側の音なんて全く聞こえませんし、触れただけで私には破壊できないってわかりますから。ですがなぜ私と一騎打ちを?」


「右腕だが、今の状況じゃあ一番戦いやすいのはお前だからな」


「なるほど、良い考えです」


 生成された結界の内側にいるノエルとシール。魔王の右腕という実力を持つ魔族だからこそ、一体一の状況を瞬時に作りあげられたことに関心を浮かべていた。


 緊張を浮かべているシールなど眼中にはなく、結界の強度を確認しているノエル。彼女の瞳の先には何かを喋っているグリフェノルがいるが、至近距離でも声は全く届いておらず結界の完成度にも感動していた。


 傍から見れば油断しているようにしか見えないが、全く隙は無い。何もせずとも一目瞭然な力の差に生唾を飲み込むシールは、口角を上げて杖を突き出した。


「はは、お褒めにあずかり光栄だ。でもこっちは素直に喜んでいるほど余裕は無い! 多重詠唱、【彼を鐫つは光の鑓ライトジャベリン】!」


 突き出した杖の先に淡く光る手のひらサイズの魔法陣が描かれる。それを複製したかのように周囲の空中にも同じ魔法陣が出現した。その数15。


 多重詠唱ならではの光景だが、エルフほどの魔力となれば攻撃魔法を十数個も複製するのは容易いこと。魔法を最大限に使える魔法使いでも最大5つが限度だ。


 そして彼女が唱えたのは魔族に対して最も効力があり、なおかつ発動までの隙がほぼ無い光のやり。実態のない光を収束させて解き放つ攻撃魔法だ。


 通常よりも遥かに多い光の鑓は、その場を明るく照らし視界を奪う。刹那にしてそれは放たれ、ノエルの身体を貫いた。


 視界を奪う煌めきはやがて消息し、倒れ込むノエルを瞳に映すシール。魔王の右腕だったそれはピクリとも動かず、体の至る所からゆっくりと、しかし瞬く間におどろおどろしい赤色が大地に咲いていく。


 常人ならば致命傷もの。あまりに呆気のない終戦。


「は、はははっ! 私の勝ちだ……! エゼド、お前は私が弱くなったとほざいていたが、どうやら見当違いだったみたいだな!」


 エゼドが弱くなったと煽っていたのは全くの誤りか、いとも簡単にエゼドよりも実力が上のノエルを討った。その喜びで目を見開き哄笑しながらエゼドへと顔を向ける。


 一瞬にして不利な状況下にあるという不安が、勝算の自信に置き換わる。


 このままエゼドと魔王を分断してしまえば確実に勝てる。遥か彼方にあった星を掴む感覚に溺れ、勝つことだけが頭の中を埋めつくす。しかしここまで彼女が描く現実は、音を立てて崩れ落ちた。


「あのですね、勝手に殺さないでくれます? あと魔王の右腕としての尊厳を汚されたような気がしますよ私。くそエルフの中では私はどれだけ弱いイメージがあるんですか」


 結界の砕け散る音が耳を劈いた刹那。ノエルの呆れた声が空を走り抜ける。さあっと全身の血の気が引く感覚を覚えながら振り向けば、光の鑓で蜂の巣の如く貫かれたはずのノエルが立っていた。

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