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16/理想の現実のために

 時は戻りシャネアがシールと別れた直後。念の為にと魔法耐性をあげるべく、密かに足を【魔変化イリュージョン】で狼のものに変えていたシャネア。周囲には人の足にしか見えなかったのは、それが魔族のものだと認識を阻害する効力――本来は魔族のうちの1種、人狼種の力である――が働いているからだ。


 そしてそれが幸を制しエゼドの固有魔法を回避できていた。正確に言えば確かに魔法は受けたが、違和感を感じただけで無効にしていた。


「流石に離れた場所から魔法でも使われたら、他の人が危なくて動けなかった。でも来ないならこっちに専念できるから、あとよろしくシルル」


 違和感を辿るように踵を返したシャネア。追撃がこないと悟るやいなや、なるべく精一杯の声でそう言うと再び市民の救出へと足を進める。


 脚力が強化されているため、ある程度殴り合いが始まったクルエスの住民を気絶させることは迅速かつ容易に終わる。幸い、クルエスは町と名につくが人口は少なく、あっという間に眠らせる(物理)ことに成功。もちろん中には抵抗する人もいたが、数十人も操っているせいか抵抗する力は殆ど無く、シャネアの力の前では敵ですらなかった。


 嘆息ついて改めて見渡せば、気絶した人たちが地面に人の川を作り出していた。動き出す様子はなく、シャネアの推測通り、意識さえなければ操られることはないのを物語っていた。また、支配が解除されているのであれば気絶している人たちは今現状において無害。ならばとシャネアはシールのもとに合流するべく、走り出した。


 シール達の方へ注意を向けてすぐ、とてつもないが肌を逆撫でする。背中に虫が這うような激しい悪寒。その正体は既にシャネアの目にとまっていた。


「なにが……起きてるの?」


「我にもようわからん……ただシャネアが離れてすぐ、人形みたいに動かなくなったんや」


「状態から見て恐らくエゼドの固有魔法でしょう。でもエゼドの固有魔法は人間にしか作用しないはず、まさかあのクソエルフはごみのような人間だったと。ああいや、シャネア様は素晴らしき人間様ですよ?」


 急いで姿グリフェノルの元へ走ってきたシャネアだが、魔王たちの先に生気を失い項垂れているシールが立っているのが目に移り唖然としていた。


 離れる直前までは特になんともなく、これからエゼドと対峙するため気が張り詰めていた状態。なのにこの一瞬で戦意すら感じない人形のようになっていたのだ。


「グーさん、シルルのこと治せる?」


「無理や。そもそも結界貼られて近寄れんし」


 グリフェノルが前に出て扉をノックするような素振りを見せれば、何も無い場所から硬い音が薄らと響く。近くにいたノエルも同じように手を動かしたが、魔王と同じ結果で誰もが呆然と立ち尽くすシールに近づくことは出来なかった。


 このままではエゼドに殺されるのでは。そう思い結界越しにシールへと叫ぼうとした刹那、体重をかけようと触れた結界にシャネアが吸い込まれ、意図せず結界の中へと入ってしまう。


 驚いたグリフェノル達は目を点にして言葉を口にしていたが、シャネアの耳には一切届かない。流石シルルセスタを護り続ける結界を作り出せる実力者と言ったところか。


 だがこうなると外に助けなど求めることはできず、軽く触れただけでも、ここから出してくれないのは容易に理解できる。


 その様子を結界内の奥で佇みつつ見ていたエゼドが余裕そうな口を開いた。


「さて、シャネアといったか。おとなしく魔王を渡せば、そのエルフを解放しここから出してやるがどうする? 断れば2人とも死ぬことになるがな」


「あれを引き渡したところで、シルルを放してくれる確証はない」


「ほう? この俺が嘘をついているとでも?」


「私が同じ立場ならそうする」


「クッハッハッハ! お前の方がよほど魔族らしいな! 気に入った、だが交渉は決裂。ならば仲間同士で討ちあい死ぬがいい【服従者ノ輪舞ドミネーション・ダンス】」


 シャネアの言葉を耳にして高らかに笑いを叫ぶと青く染まった大きな手で指を鳴らす。すると突然人形のように項垂れていたシールが操り人形の如く四肢が不規則に動き、シャネアへと大降りに杖を振り回し始める。魔法使いにあるまじき行動だが、突然の攻撃に思わず剣で受け止めるシャネア。


 その切っ先が僅かにシールの右頬を掠り、一筋の鮮紅色が生まれ、赤い雫を零した。


 通常ならば顔付近に傷ができるだけで、一瞬たじろいでしまうものだ。だが切れていることなどお構いなしに、そして怪我をすることに一切臆することない様子。それどころか生気の感じない死んだ魚のような目が鋭く体を刺してくる。殺気なんてものも感じないのに恐怖の闇に飲み込まれる感覚。


 背筋が凍り付く気配にすぐさまシールから距離を取るシャネアは自然と脈が上がり、小刻みに呼吸を繰り返していた。


「どうして……エゼド、シルルに何をした」


「ハハハ! 『何をした』か! いいだろう、なぜ人間種ではないシルルセスタが操られているのか教えてやる。そもそも俺の固有魔法は、はなから【支配ドミネーター。俺の【支配ドミネーター】はシルルセスタ同様、固有魔法による副産物にすぎない。そしてその肝心の本来の固有魔法は【傀儡トリックマリオネット】。俺から最も近いやつを無条件で完全に服従させ傀儡のように支配、操作ができる。そして操られているやつは、操られている事を知らず|く現実まぼろしに囚われるのだ」


 高みの見物で地面に座り頬杖をついて、自身気に話すエゼド。自分の手を汚さずして相手を痛めつけるその様は、まるで傍観者。強者とは闘いたくないとばかりに、戦意を見せることはないがならばとエゼドに近づこうとしてもシールがそれを邪魔する。


 エゼドの言葉に嘘はないとするならば、彼女はなにかの敵と戦っている夢を見させられている状態で、エゼドを守っている。


 つまるところエゼドを倒すには、まずシールを止める必要があるのだ。しかしシールの能力を持ってすればシャネアの攻撃など簡単に防がれてしまう。


「最初からお前を操るつもりはない。なんならこの時を待っていたんだ俺は! あのエルフを服従できれば、もう怖いものなどないのだからな!」


「その真実を知ったところで……きびしい」


「そうだろうな、俺を殺す為にはシルルセスタを殺さなければならない。だがお前は人間で勇者でありこいつの仲間。俺を倒す為に仲間を殺すなど到底無理だろうな!」


 最初こそぎこちない動きばかりだったシールだったが、時間が経つにつれて動きが自然なものへとなっていき苦戦を強いられる。未だ物理攻撃のみだが、仲間を助けることに精一杯なシャネアは防御一色。恐れを知らない攻撃だからこそ、剣で受け流すのはあまりに危険でひたすらに避けることしかできていなかった。


 傀儡かいらいのように操られているとするならば、クルエスの人たちのように気絶させる行為は不可能。とするとシールを助ける手段はエゼド討伐のみ。


 そうは言っても強敵すぎるシールを前に、たった一人でエゼドのみ戦うのは至極不可能に近い。


 ――どうする。どうすればこの状況を打破できる。


 焦りながら思考を巡らせる。だが、その時間すら与えてくれないのが敵だ。


「…………多重詠唱、【彼を鐫つは光の鑓ライトジャベリン】」


 再び距離を離した刹那、シールが杖を突き出して魔法を唱える。


 杖の先に現れる淡く光る手のひらサイズの魔法陣。それが複製され数が増えていき、一瞬にしてシャネアの逃げ道を塞いだ。


 オリジナルを含め15の光のやりが一斉に轟音とともに射出される。


 シャネアは魔法に対する防御方法を持ち合わせておらず、それらをまともに受けることとなる。幸い致命傷は免れたが体の至る所が裂傷し地面には血の花が咲いた。


 衝撃と共に土煙が舞い上がり、シャネアの無事は全く確認できず、あまりにも静まり返った空気に、誰もがシャネアは死んだと理解する。


 するとシールにかかっていた【傀儡トリックマリオネット】が解け、シールは現実に戻された。けれど彼女は直前まで幻を見ていたこともあり、エゼドの方へと顔を向けると。


「は、はははっ! 私の勝ちだ……! エゼド、お前は私が弱くなったとほざいていたが、どうやら見当違いだったみたいだな! どうだ、お前の同僚であるノエルを殺された気分はッ!」


 とネジがどこかに飛んで、気が狂っているようにも見える程に強がりながら叫んでいた。


 だがそれはエゼドの中では予定通り。誇り高きダークエルフが自身の仲間を殺したと知れば、間違いなく心が折れるだろうとふんで、わざと固有魔法を解いたのだ。


 あまりに予定通り過ぎて思わず顔が綻ぶエゼド。強がる彼女に真実を教えようと口を開こうとした刹那、シールが我に返ったことで結界が音を立てて崩れ、その先に居たノエルが声を出した。


「あのですね、勝手に殺さないでくれます? あと魔王の右腕としての尊厳を汚されたような気がしますよ私。くそエルフの中では私はどれだけ弱いイメージがあるんですか」


 嘆息を含む呆れた声色で突き刺し、蔑む目で見つめるノエル。彼女も結界の外のため中の会話など聞こえてはおらず、結界が壊れる前のシールの言葉など知る術は無い。


 だが直前のシールの言葉をあたかも聞いていたかのように言葉を繰り出しているのは、【大地鳴動リビングアプローチ】という探知魔法を使い、地面から伝わる僅かな声を聞いていたからだ。


 無論そのことはこの場にいる人物、誰もが気づいていない。あの魔王ですら会話が成立していることを不思議に感じ、シールとノエルのことを何度も見ている。


「は……? なんで……? なんで……?」 


 シールは倒したはずの相手が生きている事実、満身創痍で剣を杖代わりにして何とか立っているシャネアの姿に息が上がっていた。


 その『恐怖』『絶望』の感情こそ、エゼドが求めていたものであり、力の糧となる。


 そのことを思い出したノエルは、遠くで力を増し屈強なオーラをさらけ出すエゼドに不快な眼差しを向けつつ、現実を受け入れられていないシールに事実を突きつける。


「無能エルフにわかるようにいいますけど、あなたエゼドに利用されて操られてたんですよ。それでシャネア様を攻撃してたんです。おかげであいつは力を手に入れましたし、それに気づかないなんてバカもいい所ですね」


「だ、だがあいつの固有魔法は人間にしか……シ、シャネア……! 大丈夫か!? いや大丈夫じゃないよな……待ってろ今回復魔法を――」


「だい、じょーぶ。……は……悪くない」


 シールの言葉を遮り彼女を励ますシャネア。激痛に意識が飛びそうになり、息も上がっている。見るに堪えない生傷を負い、もはや戦える余裕は彼女に一切ないように見えるが、彼女の目は諦めを知らずにやる気の煌めきが満ち輝いている。


「そんなこと言っても、見るからに重症だろう!?」


「だいじょうぶ、だから……離れてて……つっ……」


「大丈夫じゃないだろ!」


 大丈夫と言い、心配するシールにまた操られる可能性を考慮し、その場から離れるように言う。しかし聞く耳を持たないシールは、今にも泣きそうな声色で逃げるならばと手を引こうとするが、シャネアの細い腕がそれを拒絶した。


「いい、から……シルルセスタは下がってて、お願い……あいつをいっぺん殴らないと、気が済まない……から」


 その覚悟の言葉を受けてか、2人に聞こえるほど大きく舌打ちをしたノエルが、何も言わずシールの腕を強引に掴んでその場から離れた。


 とは言ってもシャネアのことを見捨てた訳では無い。シャネアを崇拝しているからこそ、彼女の意思を尊重しているだけだ。


 痛む体に鞭を打ち、ノエルとシールを追うように見て離れたのを確認した後、今まで崩れることのなかった澄ました顔が憂いで瞳を濡らし、精一杯の優しい笑みを浮かべ、声には出さず後はよろしくと告げる。


 もちろんシールには聞こえてない。それでもまるで別れを告げるようなその仕草に、シールは嫌な予感を感じる。なんとしてでも彼女を止めなければと思っても、シールにできるのは伸ばした手で虚空を掴むことのみ。


 そして掴んだ虚空の先にいるシャネアは、エゼドへと視線を戻しており、浅くしかし深く息を吐いて。


、契約は解除する。貴方に死なれたら村どころかこの世界は終わる……そんなのは嫌だ……だから逃げて。それまで……私が何とかする」


 シャネアが抱く目標のために魔王を死なせる訳にはいかないと、魔王の名を口に出し【契約の鎖コントラクトチェーン】の効果を抹消。深手を負い回復手段もない今、仮に魔王の力である【魔変化イリュージョン】を使ったとしても、力を増したエゼドに勝てないとその決断を行動に移したのだ。


 それにより、シャネアは再び【契約の鎖コントラクトチェーン】を使用することが可能にはなった。しかし行動を封じるためにエゼドと契約したからとて、魔王が狙われる状況が変わらない。ならば魔王を逃がし、村を助けるという目標を知るシールに意志を託し、自らを犠牲に時間を稼ぐしか方法はなかった。

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