エゼドが斃されたことにより、気絶していた人が皆目覚め、祭りのことすら覚えていない様子でどよめきが立ち込める。
歩けるほどまでには回復したシャネアが事の顛末を話す。いつもならば率先してやることはないが、半ば強引に力技で気絶させたことに罪悪感があり、せめてもの償いとして我先にと行動していた。
特定の人に対しては自身の手の上で踊り子をさせるが、根は優しいのだろう。
そしてクルエスの活気は正常なものへと戻りつつあった。しかしエゼドに操られていた人が町を壊していたこともあり、住人の被害と合わせて悲惨な状況からの復興に追われている。
シャネアは傷こそ治っていたが、体力回復に努めるべく、クルエスに滞在。その間、シールと魔王、ノエルは町の復興、住人の手当などを手伝っていた。
「――旅の方、ありがとうございました。まさか住民がみな操られていたとは……」
「いや滞在することを許可してくれたのだから、当然のことをしたまでだ。おかげで仲間の容態も粗方良くなったからな」
「元気もりもり、さんくす」
ある程度住人が回復し、復興も住人だけで追いつけるまできたところで、彼女たちはクルエスを発ち、旅の再会を迎える。その際にクルエス本来の長――長に化けたエゼドに拘束され、井戸の下で幽閉されていた――に改めて頭を下げ感恩を示し町を後にする。
離れれば離れるほど自然が溢れかえる大地を踏みしめ、次に向かう場所は――特に決めてなどいなかった。最終的な目的地こそ決まっていても、はじまりの街に待ち受けるのが魔族だと知った今、これからの道中は気の向くまま。
野を越え山を越え。次に向かう場所を話し合いしていると天の恵みと呼ばれる雨に振られる。
まさかここで雨のことを日本の農家的に呼ばれているのかと感心していたが、足元が悪い中で進むのは危険だと、一度空間魔法により強制的に広げられた洞窟の中で暖を取りつつ雨宿りをしていた。
「……そういえば結局契約してないよなお前ら」
女王という高貴な身分ではあったが、とうに礼儀作法など忘れ転け、あぐらに頬杖となんともだらしない格好でぼうっとシャネアと魔王を見つめていたシールが、ふとした疑問を投げつける。
契約を解除してから再度契約するような事は薄らと言っていたがその様子すらなく、特に膝を折り座るシャネアはまるで危機感すら感じてないのか、今にも寝そうな勢いで目を細めたまま首を揺らしているのがどうにも気になってしまった。
このまま放っておけばシャネアは死ぬ。
その
「そーいやそうやな。おいシャネア、お互いもう全快したんやし丁度いいやろ」
「でも戦ってこそだと思うし、一方的はちょっと」
「あんときも一方的やったやろ!? はぁ……そんな戦わんと言うなら本気で勝負しようや。丁度クソエルフのおかげで空間も広いしなぁ!」
「捻り潰すぞお前」
あまりにもナヨナヨしているシャネアの前に立って、指を指し勝負を申し出る。
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、見上げたシャネアは自信げにこう言った。
「無能力状態の私に勝てるとでも」
「無能力ならそんなに自信混み上がらんやろ! てか普通逆! ほぼ我のセリフや!」
「なら覚醒した魔王にこの私が負けるとでも」
「それほぼ意味一緒! 何やねんお前! 自信の塊か! 前向きな姿勢の塊か!」
「それほどでも」
「褒めてな……いや褒めてるわ! くそ、我、敵のこと褒めてた……!」
もはや日々の夫婦漫才は身体に染み付いてしまっているのか、契約していなくともいつも通り魔王が振り回されている。
日常茶飯事のそのやり取りに、契約はしなくてもなんとかなりそうにも見えるが、このままではシャネアが危険でもあった。
なにせあれだけの傷で
もし仮に今の状態で瀕死になりうる攻撃を受ければ、身体の中に取り入れた瘴気がその身を蝕み死が運ばれることになる。そのためこの先何があるか分からない今は、少しでも生存率を高めるために魔王との契約は誰がどう言おうと結ばさせなければならない。
その事実を知るのは治療したシールと、蓄積した疲労により眠りについているノエル。
「シャネア、戦いなんていいから契約すべきだ」
「シルルまでそう言う」
「私は……お前を心配してるんだ。……前に私は仲間を失った辛さを言っただろう?……もう嫌なんだ、仲間を失うのは。……お前の中には大量の瘴気が渦巻いている。今はまだ平気だろうがいずれ死に至る量だ。魔王と契約すればいずれは治るだろうが、そのままでは間違いなく死ぬ。自己防衛手段もないから尚更な」
「知ってる」
「だから契約を……え? 知ってる?」
シャネアの身体に侵されている状態を真っ先に知ったのは確かに回復させた二人だ。しかし自分の身体の変化は自分自身でわかることもある。涼しい顔しているだけで本当は苦しくあり、それの解決策が魔王を契約することだけなのも薄々感じていた。
「うん。自分の身体のことだから」
「ならなんで」
「私は勇者。なら魔王とは戦うのが当たり前」
「でもお前は今、誰とも契約を」
「してない。けど勝てる。ということで……頑張って寝たフリしてるノエル。勝ったら……ご褒美あるから」
グリフェノルを置いてシールと話しながら、重たい身体を持ち上げてノエルの元に近づく。
きめ細やかな淡紅色の髪を掻き分け、露出した耳にやる気を引き立たせる魔法の言葉を囁いた。
寝たフリが最初からバレていたこと、慕っている人に耳元で囁かれたことに小さく唸る。そこまで言うなら仕方ないとばかりに、ゆらりと起きあがると指の間接を鳴らして明らかな殺意を解き放つ。
「……あの犬をぶち殺せばいいんですね?」
「殺さないでね?」
「だそうですので、魂を抜くだけで勘弁してあげましょう」
「いやいやいや! それも死ぬやつやしなんでノエルと戦うねん! 意味ないやろ!? ていうか勇者のくせに仲間に全部丸投げかいな! 勇者としてどうなんそれ!?」
戦わないと云々かんぬん言っておいて、自分自身が戦わないという選択を取ろうとする状況で、思わず声を荒らげる。
世界平和のために送り出される勇者は基本的に仲間と共に行動するが、だからとて自分が戦闘に参加しないなど聞いたことも見た事もない。
そもそも戦ってこそというのならば自らが戦わないと意味は無い。となればいつものようにからかっているだけだが、その事実がなんとも言えない憤りを運んでくる。
「勇者と言えば仲間。仲間は勇者がピンチの時助けてくれるんだよ。ここテストに出るからね」
「出てたまるか! あーもう! こんな茶番劇はええねん! 自分の命は大事にせえや! ほら契約するんならはよしぃ! あとノエルとは戦わんからな絶対に!」
「そこまで言うなら仕方ない。みんなの心配を無下にはできないし……てことでノエルやっぱり戦わないで」
魔王にならともかく、シールも心配しているとなればシャネアは折れるしかない。
文字通りお手上げして、要望通り
「そんな……シャネア様の
褒美目当てでやる気を出したものの、ステイと言われていじけるノエル。どこにもやれない殺気をしまい座って小さくなりながら、ぼうっと元上司と現主――ノエルが勝手にそう思っているだけで魔王の部下なのは変わらない――のやり取りを遠い目で見続ける。
間もなくして契約の鎖は能力の処理のため淡く光るが、ふとした疑問が浮かぶ。――2度目の契約に支障はないのか。
今まで契約はそれぞれ1度しかやっていない。一人旅をする中で再契約という選択肢はなかったからだ。
大抵強大なる力には代償が付き物。1度目は魔力消費で充分かもしれないが、2度目となれば話は別。その思考を巡らせた時には既に遅く、なんともないことを祈るばかり。
心臓を強く早く波打たせ、生唾を飲み込む。
契約の鎖と共に淡い光が無くなり契約完了を知らせる。直後シャネアが苦しそうに咳き込み、抑えた手には血が塗られていた。
ぼたぼたと口からこぼれ落ちるでろっとした血。周りがギョッとしている中で、彼女は顔を青くさせそのまま意識を失った。